大阪龍馬会

1987年に創立して2017年は創立30周年。龍馬好きの集まった大阪龍馬会が龍馬会の活動をお知らせします。

脱藩祭:龍馬の思いを後世に--高知・和霊神社

2008-03-27 23:26:16 | Weblog
 たいまつを手に掲げ、ゆっくりと石段を下りる人たち。しとしとと降る春雨が足元をぬらす。厳かで決意を秘めた坂本龍馬の脱藩を再現したものだ。

 ひっそりととたたずむ高知市神田の和霊神社。坂本家の屋敷神で、文久2(1862)年に龍馬が脱藩する際に訪れ、水杯で成就祈願したとされる。脱藩後の龍馬は、国家体制の基本指針「船中八策」を構想するなど、本格的な活躍を見せた。その龍馬の思いを後世に伝えようと、氏子らでつくる実行委員会(山村寛代表)が毎年脱藩祭を開き、今年で24回目になった。

 23日にあった脱藩祭では神事の後、地元の市立鴨田小6年の村岡大輝君(12)と、市立朝倉第二小5年の金崎兼大朗君(11)が脱藩を宣言。「龍馬の心意気を今に受け継ぎ、新しい時代をつくります。私たちは龍馬のようにここから飛んでいきます」。

 その横では、たいまつに火がともされ、脱藩場面の再現へ。雨が降り、木々の陰で暗い石段を下る。脱藩する龍馬の悲壮な決意に思いをはせるように、引き締まった表情の子どもたち。人々の手に掲げられたたいまつの火が、ゆらゆらと揺れていた。


毎日新聞 2008年3月27日
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高知に墓地公園完成

2008-03-27 23:24:44 | 幕末ニュース
 坂本龍馬の親族や、明治維新で活躍した勤皇の志士ら計約70人をまつった墓地公園の完成式が26日、高知市山手町の丹中山(たんちやま)で開かれた。

 公園は、龍馬の姉の乙女ら親族の墓20基が頂上に並び、周辺には、龍馬に学問を教えたとされる楠山庄助や、所属した土佐勤王党員らの墓が、▽勤王志士▽文人▽戊辰(ぼしん)戦争参戦者などに分けられ、54基配置された。

 式には、龍馬の子孫にあたる土居晴夫さん(84)ら親族や、地域住民ら約100人が出席。岡崎誠也市長が「墓地山としての歴史がある地で、多くの人の努力がようやく実った」とあいさつした後、土居さんらが記念植樹をし、坂本家の墓に菊を手向けた。

 土居さんは「きれいに整備されたうえ、高知市が見守ってくれる。県外から多くの人にお参りに来てほしい」と喜んでいた。

(2008年3月27日 読売新聞)
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備前遊奇隊の笛と認識票 岡山の民家で保管

2008-03-27 09:07:05 | 展示会・イベント
幕末、岡山藩が農兵で編成 岡山城春季特別展29日開幕、初公開

備前遊奇隊の隊士が使った笛(手前)と身元を示す認識票
 幕末、岡山藩が農兵で編成した「備前遊奇隊」の隊士が使った笛と身元を示す認識票が、岡山市の民家に保管されていることが分かり、29日に岡山城天守閣(同市丸の内)で開幕する春季特別展(同市、山陽新聞社など主催)で初めて公開される。

 保管していたのは、西大寺村(現岡山市)出身で同隊の指揮官だった歳森喜兵衛さんを曾祖父に持つ同市内尾、歳森拓也さん(75)。

 笛は、小指大で「東海道官軍」と刻まれ、指揮官が集団行動の合図に用いたとされる。認識票は、戦死傷者の身元確認のための文書で、幅約25センチ、高さ約9センチ。「先鋒(せんぽう)備前遊奇隊歳森喜兵衛源忠廣之屍也」と記され、明治新政府の命を受け、岡山藩からの東征軍派遣が決まった幕末の「慶応四年」の年号がある。

 備前遊奇隊は慶応2(1866)年、岡山藩が領地を守るため、農兵で組織。耕戦隊と呼ばれていたが、68年に改称した。その活躍は2006年11月から1年あまり、本紙夕刊の連載小説「備前遊奇隊」で描かれた。

 春季特別展は「明治維新百四十年 山陽道諸藩の幕末、維新」と題し、坂本龍馬の書簡など約100点を展示。会期は5月18日まで(午前9時―午後5時)。入場料は15歳以上800円、5歳以上400円。

山陽新聞 3月26日
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幕末の「パン祖」江川坦庵にちなみ 東部の6店で /静岡

2008-03-25 09:35:33 | 幕末ニュース
◇3種で伊豆をアピール
 伊豆の国市(旧韮山町)で兵糧パンを作り「パン祖」と称される幕末の伊豆韮山代官、江川坦庵(たんあん)にちなんだ「パンフェア」が、県東部のパン店で行われている。素材にイチゴを使った3種のパンで伊豆をアピールする。
 レシピは、昨年と今年、同市で開かれた全国高校生パンコンテストの優秀作をプロの観点でアレンジ。伊豆の国、伊豆、三島市と長泉町の4市町の計6店で発売した。
 石渡食品(本社・三島市)は三島市安久、伊豆村の駅の「ベーカリー朝日屋」など直営4店で「イチゴメロンパン」を販売。外見はメロンパンに似ているが、中身はイチゴジャムとカスタードクリームを合わせてあり、甘みたっぷり。4月末まで販売する予定だ。問い合わせは伊豆の国観光協会(055・948・0304)へ。【安味伸一】

毎日新聞 3月25日
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榎本武揚のそっくりさん募集 小樽で6月コンテスト つけひげや仮装OK

2008-03-24 10:27:23 | 幕末ニュース
 北海道開発に寄与した明治の政治家榎本武揚(1836-1908)の没後百年を記念し、記念事業小樽実行委員会は6月21日に行う「そっくりさんコンテスト」の出場者を募っている。

 実行委は今夏、武揚ゆかりの龍宮神社のみこし行列を拡大、小樽をついのすみかにした新撰組の永倉新八など明治維新前後の人物を模したパレードを行う計画。コンテスト出場者も仮装姿で参加、途中の審査会場で一分間アピールをしてもらう。

 対象は中学生以上で男女不問。定員20人で、つけひげや仮装などは自由。大賞賞金は10万円。小樽・都通り商店街の商品券3000円分を全員に贈る。実行委は「記念行事を機に、明治のスーパー技術官僚で、欧州仕込みのセンスの持ち主だった武揚の再評価を」と期待している。

 一次締め切りは4月30日。詳細は事務局(電)0134・32・6372へ。

北海道新聞(03/23 07:11)
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靖国神社で幕末維新展

2008-03-20 09:55:10 | 展示会・イベント
 今年は安政の大獄が始まって150年、明治維新から140年。これにちなんで、20日から靖国神社遊就館で「幕末維新展」が開催される。祭神でもある坂本龍馬、橋本左内、吉田松陰ら幕末の志士の生きようや功績を、遺書や史料、絵巻などの展示で描き出す。

 12月8日まで。拝観料は大人200円、大学生100円、中高生と常設展拝観者は無料。問い合わせは同神社(TEL03・3261・8326)へ。

産経ニュース 3月19日
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淡路・塩尾港近く 明治末期建立石像と碑 市など対応に苦慮

2008-03-19 09:54:00 | 幕末ニュース
 淡路市の塩尾港改修に尽くした高田屋嘉兵衛(1769-1827)をたたえ、明治末期に同港近くに建立されたとみられ、現在は国道28号沿いに移された嘉兵衛の石像と碑の周辺が、無残に荒れ果てている。長い年月を経て誰が管理してきたか不明になり、石像の一部を囲む石垣は崩れて雑草が生い茂り、放置されたままに。地元住民らは気をもむが、市も「市有地ではなく、対応しにくい」と苦慮している。

 塩尾港はかつて水深が浅く大型船が停泊できなかったため、嘉兵衛が工費の約7割を寄付するなどして改修に協力。1831年に完成した。嘉兵衛は完成を見ずに亡くなったが、功績をたたえ、地元住民らが「高田屋港」と呼んでいたこともある。

 嘉兵衛の出身地・洲本市五色町の高田屋顕彰館・歴史文化資料館などによると、感謝した住民らが「港之修築 遺徳百年」などと刻んだ碑(高さ約1・8メートル)や石像(同約2メートル)を建立。だが、これまでに数回移転し、清掃などに携わってきた地区の人も亡くなって、次第に顧みられなくなったようだ。

 石像と碑を囲む石垣は現在、約3メートルにわたって崩壊。一帯にはススキなどが生い茂り、数年前のがけ崩れの影響で周囲の雑木がなぎ倒され、伸びた枝が碑の近くに迫っている。

 そうした現状に、存在を知る住民らは「見るに忍びない」「嘉兵衛さんも泣いているのでは」と嘆く。嘉兵衛の子孫や歴史愛好家らでつくる高田屋嘉兵衛翁顕彰会は「心苦しいが、誰が管理すべきなのかはっきりせず、勝手に手を加えるわけにもいかない」。

 行政に修復を求める声もあるが、淡路市は「費用もかかり、機運が盛り上がらないと動きにくいが、資料を集めて何とかできれば」としている。

(2008年3月19日 読売新聞)
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赤報隊相楽総三処刑から140年 4月3日に記念講演

2008-03-18 09:57:06 | 幕末ニュース
 慶応4(1868)年3月3日に下諏訪町魁町で赤報隊の相楽総三らが偽官軍の汚名を着せられ処刑されてから、今年で140年がたつ。毎年4月3日に、関係する維新の志士らの遺徳をたたえ現地で相楽祭を開く相楽会(伊藤孝勇会長)は、今年の例祭に併せて同町の下諏訪総合文化センターで記念講演会を開く。開会は午後3時。参加自由。

 処刑された場所は魁塚”町文化財”として、赤報隊員8人や同志らの供養塔が建立されている。大正時代には地元の有志らが相楽祭を行っており、現在は相楽会を組織して遺族や血縁者の関係者も招き慰霊祭を続けている。

 今年は140年祭に当たり、魁塚で午後1時半から式典を行った後、会場を同センターに移し明治維新の志士の研究者らを講師に記念講演会を企画した。

 講師は高木俊輔、西沢朱実、岩立将史の3氏。
 高木俊輔さんは立正大学文学部教授。「『偽官軍事件』から学ぶ-相楽祭140年祭を記念して」を演題に、最近分かったことなどを中心に、この事件から学ぶことを話す。
 西沢さんは法政大卒。「箱館戦争と旧幕軍箱館病院」で新人物往来社第14回郷土史研究優秀賞受賞。演題は「慶応2年の相楽総三について」。
 岩立さんは中央大大学院生。演題は「近代における赤報隊の顕彰活動」。

 伊藤会長は「多くの関係者が高齢になってきた。今後も歴史を伝えていくためにも、多くの人に講演を聞いて魁塚や相楽総三について理解を深めてほしい」と来場を呼び掛けている。

◆赤報隊「偽官軍事件」 
 相楽総三率いる赤報隊は慶応4年、新政府軍の東征の先鋒として江戸を目指し中山道を進軍した。下諏訪に到着すると維新の魁とされていた赤報隊は、一転、政府側から「偽官軍」とされ処刑された。明治になって処刑地に墓碑が建てられ、大正から昭和にかけて復権運動が展開された。昭和3年、隊を率いた相楽や渋谷総司が志士として名誉を回復した。

長野日報 3月18日
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春の霧島路、2200人満喫 龍馬ハネムーンウォーク

2008-03-17 11:17:11 | 幕末ニュース
霧島の山を背にゴールに近づく温泉コースの参加者ら=15日、霧島市牧園町高千穂 第12回龍馬ハネムーンウォーク(実行委員会主催)が15日、霧島市で始まった。初日は温泉コース(約10キロ)、犬飼・中津川コース(約23キロ)に当日申し込みの600人を含む2200人が参加。春の霧島路で湯の香り、花の香りを満喫しながら歩いた。16日まで。
 「春を満喫するぞ!」「これぞ青春!」。参加者らは、それぞれ名前と思いを書き込んだ紙のゼッケンを付け、のんびりムード。薩摩川内市の病院勤務仲間5人で参加した児玉三恵子さん(26)は「いくつかのウオーキング大会に出たが、ここのボランティアスタッフは皆温かく最高。マイナスイオンもたっぷり吸いました」と満足げ。
 高校時代の友人2人と歩いた鹿児島市星ケ峯1丁目の日高みつえさん(67)も「いろんな花も見られて楽しかった」。熊本県八代市の高村精嗣さん(71)星野実さん(69)は坂道がきつかったようだが、「達成感はありました」と笑顔だった。
 16日は菜の花コース(12キロ)高千穂登山コース(10キロ)隼人・天降川コース(20キロ)があり、計1400人ほどが申し込んでいる。登山コース以外は当日参加可。事務局=0995(57)1340。

南日本新聞 3月16日
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あなたも時代劇スター

2008-03-17 11:15:57 | 幕末ニュース
 テレビや時代劇の主人公に扮(ふん)して練り歩く第2回「八幡時代劇まつり」(開催委員会主催)が6月1日、八幡市の石清水八幡宮周辺で開かれる。東映京都撮影所の協力で坂本龍馬や土方歳三、花魁(おいらん)らに変装し、スター気分を味わえる。開催委は参加者を募集している。

 昭和40年代に一世を風靡(ふうび)した時代劇俳優・栗塚旭ら有名人が着た衣装も10着程度用意。カツラや衣装の着付け、化粧は同撮影所のスタッフが担当する。見学者が飛び込みで忍者などに扮装できるほか、畳めがけて手裏剣を投げる体験コーナーも設置する。

 当日は午後1時、馬8頭を先頭に、参加者が京阪八幡市駅近くの約800メートルのコースを約30分かけゆっくりと歩く。開催委の片山和麻会長は「全国区の祭りにしていきたい」と話している。

 5月31日には前夜祭があり、屋台約20店が出る。扮装料金はカツラ、化粧代などを含め1人3万円以上。対象は小学生以上。飛び込みの扮装料金は1人約5000円。

 申し込みと問い合わせは八幡時代劇まつり開催委員会事務局(075・972・3201)へ。

(2008年3月16日 読売新聞)
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大坂城:幕末の写真原版6点、天守閣で公開 10日間限定

2008-03-14 11:19:11 | 展示会・イベント
 幕末の大坂城を撮影した写真原版6点が15日から、大阪市中央区の大阪城天守閣で公開される。明治維新で焼失する前の姿が分かる現存最古とみられる貴重な写真。光で劣化するため、今回が10年ぶりの公開で、展示は10日間に限定する。

 原版(縦約9センチ、横約11センチ)は、感光剤に浸したガラス板に被写体を投影、定着させる「湿板(しっぱん)写真」。正面玄関にあたる大手門、本丸を囲むやぐらなどを写した図柄で、日本に湿板写真技術が伝わった直後の1865年ごろに撮影されたという。

 当時、大坂城にいた江戸幕府14代将軍・徳川家茂(いえもち)や側近が、長州戦争や外交問題に備え、軍事資料を作るために城の外周の撮影を命じた際、「番外編」として写されたものとみられる。同時に撮影された原版49枚は宮内庁が保管。やぐらは天守閣などとともに1868年の明治維新の際、幕府側によって焼かれた。

 第二次世界大戦末期の写真や、約400年前に城を描いた屏風など計126点も展示。大人600円、中学生以下無料。問い合わせは大阪城天守閣(06・6941・3044)。

毎日新聞 2008年3月14日
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彦根市文化財:新たに3件 明治天皇の巡幸小休所・赤玉神教丸本舗など

2008-03-13 11:21:25 | 幕末ニュース
 彦根市教委は12日、同市鳥居本町の「赤玉神教丸(しんきょうがん)本舗」など3件を市文化財に指定したと発表した。他の2件は、八幡神社(同市田附町)の「銅造男神鏡像(だんしんきょうぞう)」と、勝鳥神社(同市三津町)の「金銅阿弥陀如来懸仏(こんどうあみだにょらいかけぼとけ)」と「金銅観音菩薩(ぼさつ)懸仏」のセット。これで同市文化財は63件になった。

 同本舗は、旧中山道鳥居本宿の北端にあり、万治元年(1658)ごろの創業。宝暦年間(1751~64)の建物とされ、間口23メートル、奥行き32メートル。幕末の皇女和宮降嫁や明治天皇の北国巡幸の小休所になった。外観や機能的な建物構成が江戸時代の大店舗の姿を良好にとどめている。今も腹痛や食傷などに効く妙薬「赤玉神教丸」を製造・販売しており、多賀大社の神教によって調合したため、この名が付いたという。

 銅造男神鏡像は平安後期の作。直径17・8センチ、厚さ3ミリ。上部に釣り手が付き、鏡像から懸仏に移る過渡期の形状を留める。

 金銅阿弥陀如来懸仏(直径23・6センチ)と金銅観音菩薩懸仏(同23・4センチ)はヒノキ材の地板に銅製の鏡板をかぶせている。永正元年(1504)の制作時期が明らかな奉納品で、中世の民衆信仰の実態がうかがえる。

毎日新聞 2008年3月13日

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龍馬ゆかりの地、46枚の写真で紹介--30日まで

2008-03-12 10:13:48 | 展示会・イベント
 ◇現在と大正時代、昭和初期を対比

 高知市立龍馬の生まれたまち記念館(高知市上町2)で、第9回企画展「龍馬ゆかりの地を巡る」が開かれている。30日まで。同記念館は4月から指定管理者制度が導入されるため、同市直営では最後の企画展となる。

 企画展は、龍馬ゆかりの地を写真で紹介。桂浜や龍馬誕生の地、龍馬の妻・お龍の銅像など46枚の写真が展示されている。

 それぞれの写真は、現在と大正時代や昭和初期のものを対比させて展示しているのが特徴。高知城の大正末期の写真では、戦火で焼失した藤並神社の鳥居が追手門の隣に写っている。また、1928(昭和3)年の龍馬像除幕式の写真には、その雄大な姿を見ようと集まった多くの人が写っている。

 同記念館は「龍馬ゆかりの地の写真を見て、実際に足を運んでほしい」としている。

毎日新聞 2008年3月11日

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井伊直弼の正室、昌子の肖像写真が京都で見つかる

2008-03-09 11:21:12 | 幕末ニュース
 桜田門外の変で暗殺された幕末の大老、井伊直弼(なおすけ)(1815~60)の正室、昌子(1834~85)の肖像写真=写真=が京都井伊美術館(京都市東山区)の保管資料から初めて見つかった。

 昌子は丹波亀山藩藩主松平信豪の二女で、12歳のときに直弼と結婚した。発見された写真は縦10・5センチ、横6・3センチで、36歳だった1870年ごろに撮影されたとみられる。

 髪にはかんざしもつけず、質素な和服の昌子の姿に、井伊達夫館長は「若くして夫と死に別れ、歴史の陰でひっそりと生きた悲劇の女性の姿が伝わってくる」と話している。

(2008年3月9日 読売新聞)
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大半は役人不正の訴え…江戸期の目安箱、内容まとめた資料発見

2008-03-09 11:19:47 | 幕末ニュース
 「夫を殺害した犯人を捜してください」「役人を更迭してほしい」――。8代将軍徳川 吉宗が1721年、広く民意を聞くために始めた「目安箱」への直訴内容を将軍の側近が簡潔にまとめた「訴状留(そじょうどめ)」が徳川宗家文書から発見された。江戸時代の民意の実態を解明する資料として注目される。

 将軍に直接意見が届く目安箱は、現在の裁判所にあたる江戸の評定所(東京・丸の内)前に設置され、原則的に毎月2日、11日、21日の3日間だけ受けつけられていた。宗家文書を調査していた徳川記念財団が、幕末の1858年(安政5年)から1864年(元治元年)までの訴状留の存在を確認した。

 同財団が安政5年分の225通を分析したところ、同じ内容の再投書をのぞくと1年間の総数は84件にのぼった。多くは幕府直轄領や旗本領での役人の不正を訴えるものだった。

 目安箱の実態については、江戸に住む医師の投書によって貧しい病人の窮状を知った吉宗が小石川養生所を設置したケースなど断片的にしかわかっていなかった。

 磯田道史・茨城大准教授(近世史)は「政策に役立つ知恵を集めるという第一の目的よりも、民衆側は不正の告発など個別的な案件を訴える場として使っていたことがよく分かる」と話している。23日まで江戸東京博物館(東京・両国)で展示されている。

 安政5年(1858年)の目安箱の主な投書

 ◇旗本領内の村の農民一同です。(旗本から)たくさんの金を要求され難儀しております。知行替えしてください。

 ◇某村の周りの村々が申し上げます。この村の人たちはバクチをすすめるので困っています。おただしください。

 ◇水路の工事に乗じて村々の代表たちが私欲で大金を詐取したために困っております。厳重にお調べください。

 ◇今蔵の娘うらです。父は年貢の未納分を完済したのに翌年になって勘定が合わないとして呼び出されて困っております。担当の役所を吟味してください。

 ◇わが村の寺の僧侶は出家者とは思えない所業で一同迷惑しています。お調べください。

(2008年3月8日03時06分 読売新聞)
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