大阪龍馬会

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楠葉台場、関所も兼ねた 「攘夷派阻止」緊張感物語る 石垣出土/大阪・枚方

2008-12-19 11:00:43 | 幕末ニュース
◆石垣など出土


 幕末に外国船を打ち払うため各地の海岸線に設けられた台場(大砲陣地)のうち、大阪府枚方市の淀川沿いに築かれた楠葉(くずは)台場跡で、南正面の出入り口である「虎口(こぐち)」の石垣や、大阪と京都を結ぶ京街道を台場内に引き込んだ跡などが出土し、市教委と市文化財研究調査会が17日、発表した。1997年に発見された設計図通り、尊皇攘夷(じょうい)派の京都入りを阻止する関所としての役割を併せ持っていたことが裏付けられ、専門家は「幕末の緊迫した情勢を物語っている」としている。


 京都府立総合資料館(京都市)所蔵の設計図などによると、楠葉台場の規模は東西、南北とも最大約230メートルで、面積は約3ヘクタールとされる。発掘の結果、設計図通りの位置で、虎口(幅5・75メートル)の石垣の基礎部分や門の支柱とみられる柱、堀(推定の深さ約5メートル)などが出土。京街道の盛り土や、街道が台場内を通るための土橋跡も確認された。


 楠葉台場は、京都守護職だった会津藩主・松平容保(かたもり)の提案で、1865年に完成した。北海道函館市の五稜郭と同様、西洋の築城技術を採用。鳥羽・伏見の戦い(1868年)の際、砲撃戦が行われたとの記録が残されている。現地説明会は20日午前10時~午後3時。


 千田嘉博・奈良大准教授(城郭史・考古学)の話「石垣などは丁寧な造りで、幕府の威信を象徴していたことがわかる。台場内に街道を通す特異な構造が明らかになり、坂本龍馬らの志士や新撰組の隊士が往来した当時の様子をほうふつとさせる」

12/18  読売新聞社


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