「ドル高前提」の日本株上昇の危うさ
「申酉騒ぐ」といわれる酉年がスタートした。2017年酉年の金融市場が昨年同様、騒がしいものになるかは、トランプ次期大統領にかかっている。
昨年11月の米国大統領選挙以降のトランプラリーで、NYダウが史上最高値を更新し、日本でも日経平均株価が年初来高値を更新したこともあり、市場関係者の2017年の見通しは総じて楽観的なものになっている。
主要証券会社の2017年の相場見通しは、FRB(米連邦準備理事会)による利上げがドルを押し上げ、円は上昇しにくい地合いが見込まれことからドルは110円以上のドル高水準で推移し、円安による企業業績回復によって、日経平均も2万円台で推移するという、いたってシンプルなものになっている。
トランプ氏が実際に政策実行ならリスクは消えるのか?
しかし、2017年の金融市場はそれほど単純な展開とはならず、これまで以上に悩ましい展開になる可能性を秘めている。
市場関係者の多くは、トランプ次期大統領が掲げて来た政策の実効性をリスクだと認識している。確かに、大統領就任初日にオバマ大統領が実行してきた政策の多くを廃止する計画であることを明らかにしているトランプ氏が掲げる政策の実効性が失われれば、政策的漂流状態となってしまう。これは金融市場に混乱を招く大きな要因となるだろう。
ここで言いたいのは、日本の投資家が認識しておかなければならないことは、トランプ次期大統領が掲げる政策の実効性が高まることもリスクだということだ。
「Make America great again」
トランプ次期大統領が掲げるこのスローガンは、平たく言えば、米国で生まれる利益、米国が得るべき利益は米国が独占するというものだ。
つまり、トランプ次期大統領が掲げる政策が実現し、米国経済が力強い成長を見せたとしても、これまでのようにその「おこぼれ」を頂戴しにくくなり、日本お得意の「コバンザメ作戦」が通用しなくなる可能性があるということだ。
また日本人が描く、ドル高を背景とした輸出企業の業績回復によって日本経済が潤うというシナリオが現実のものになるということは、トランプ次期大統領にとっては政策的失敗を意味することであり、ラストベルト(さびた地帯、斜陽化した中西部や北東部の工業地帯)を中心とした熱狂的支持者たちからの支持を失いかねないことだ。
トランプ次期大統領の政策パッケージがうまく機能すれば、米国企業と日本企業の業績には差が出て来るはずである。トランプ次期大統領の政策パッケージが実現し、米国経済に恩恵が及ぶということをファンダメンタルズ面でのメインシナリオに据えるのであれば、投資面でのメインシナリオは、米国の株価と日本の株価に乖離が生じて来るということになるはずである。
したがって、トランプ次期大統領の政策パッケージの実現性とその効果に期待する投資家にとって、日本株を持つ動機は、トランプ次期大統領の政策パッケージが期待する効果を生まなかった場合のヘッジということになる。
レーガン元大統領との相違点とは?
また、トランプ次期大統領に関しては、過去の新政権誕生とは異なった固有のリスクがあることも認識しておくべきだ。それは、トランプ次期大統領が掲げる政策の実現性が高まっても、実体経済が政権の思惑どおりに動くか定かではないというリスクである。
通常であれば、政権の政策にそって実体経済は動いていくものである。しかしそれは、政権と政策の持続性があるという前提があっての話である。
過去米国大統領の就任時の支持率を見てみると、少なくとも50%程度の支持はあった。トランプ次期大統領と比較されるレーガン元大統領の支持率も6割近い数字であった。
これに対してトランプ大統領は、就任時から支持率よりも「不支持率」が高くなるといわれている。不支持が支持を上回るという異常な状況が続き、トランプ政権が短命で終わるという見通しが強まれば、トランプ政権の思惑どおりには動くものと動かないものに分かれていくことになる。
動きやすいのはおカネであり、動き難いのは実体経済である。多国籍企業が海外に持つ利益を米国に還流させる際の税率を10%に下げるという政策が実現すれば、資金が米国内に還流し、投資や自社株買い、配当金などに使われる可能性はある。
しかし、中国やメキシコに対して高い関税をかけるということが決まっても、それによって中国やメキシコにある生産拠点がすぐに米国内に移されるものではない。こうした投資は長期にわたる計画にそって行われたものであり、税制や金利によって直ちに動かせる資金とは違う。
低支持率が常態化しトランプ政権が長くても4年だという見方が強まれば、実物投資は簡単には動かない。なぜなら、オバマ政権が掲げて来た自由貿易を否定することで誕生するトランプ次期政権が短命に終わるとしたら、トランプの次の政権はまた自由貿易を標榜する政権になる可能性が高くなるから。トランプ政権が短命で終わり、4年後に再び大きな政策転換があるとなれば、直ぐには動かないというもが賢明な選択の一つになる。
また、トランプ次期大統領が掲げる政策の成否には、為替も重要な要素となって来る。現状は、トランプ政権に対する期待自体がFRB(米連邦準備理事会)の利上げを催促し、さらなるドル高を招きかねないという構図になっている。
次期政権を従来と同じ物差しで計るべきではない
トランプ次期政権に対する期待とFRBによる利上げ観測を背景に、足もとのドル指数は、14年ぶりの高水準にある。だが、米国企業活動に逆風となるドル高をFRBと次期政権が指をこまねいて放置するだろうか。次期政権からどのような発言が飛び出すかを想像するのは難しいが、最近のイエレンFRB議長の発言の中で気にかかるのは、米国の自然利子率がかなり低い水準にあるというたぐいのもの。利上げは穏やかなものになるという発言も、こうした認識に基づいたものだともいえる。
そうだとすると、今後FRBの政策の軸足は、ドル高を誘発しかねない利上げから徐々に保有債券の再投資の縮小、停止の方に移っていく可能性があると思われる。利上げも保有債券の再投資の縮小、停止も金融引き締め政策であることには違いはないが、FRBの利上げを前提として動いている市場がどのような反応を示すかはかなり不透明だ。
これらのことを総合的に考えると、トランプ次期政権に対する期待とFRBの利上げ観測を背景としたドル高によって企業業績が回復し、日経平均株価が堅調に推移するというシナリオは、次期政権をこれまでと同じ物差しで評価したうえでのものだといえる。
少なくとも過去8年の政策の多くを大幅に見直すと表明している次期政権の影響を、これまでと同じ物差しで測ろうとしていることこそが、2017年最大のリスクだといえそうだ。