ringoのつぶやき

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特集――検証年金消失、AIJ偽りの10年、リーマン後、好成績うたい「急成長」。

2012年03月01日 22時30分47秒 | 社会経済

日経より

 約2000億円の企業年金資産の大半を消失させたAIJ投資顧問。当局が現時点で残高を把握できているのは約40億円の現預金にとどまる。残りの年金資産の行方は分からず、謎は深まる。同社の取引先の約9割は厚生年金基金で、その大半が中小企業が集まってつくる「総合型」だ。投資元本は大幅に目減りし、財政問題が深刻になる恐れもある。年金消失はいつから、どのように起きたのか。なぜ誰の目にもとまらず、取引拡大を続けたのか。AIJ問題の経緯を検証する。
 大手証券会社の熊本支店長を務めていた浅川和彦社長が、東京都中央区のビルでひっそりと運用を始めたのは、2002年6月だった。浅川社長はその前に米運用会社の日本拠点だったシグナ・インターナショナル・インベストメント・アドバイザーズという投資顧問を買収していた。04年8月に現在のAIJ投資顧問に商号変更して投資顧問業を本格的に展開する。
勝率「9割」
 同社は企業年金の受け皿とするためカリブ海に浮かぶ英領ケイマン諸島で少数のプロ投資家を対象にする私募投資信託を3本設定した。柱の「エイム・ミレニアム・ファンド」の運用成績は一見すると驚異的だ。
 11年12月に取引先に配布した資料に、02年6月から11年11月までの毎月の運用実績が掲載されている。この間、月次の運用実績がマイナスになったのは7カ月だけ。月次の勝率は90%を超える。運用開始後の収益率は累積で実に245%に達するとしていた。
 AIJが90を超える企業年金に広まったのは、見かけ上の運用実績に加えて営業力の強さもあった。全国の企業年金に売ったのは、AIJと同じビルに入居するアイティーエム証券(東京・中央)。「株式相場や債券相場の下落局面でも安定的に収益を獲得できます」。営業マンはこんなセールストークで企業年金の運用責任者を訪ね、ファンドの効果を説いて回った。
 彼らが主なターゲットにしたのは、運用体制が手薄な総合型の厚生年金基金だ。厚生労働省によれば、11年3月末時点でAIJのファンドに投資した84の企業年金のうち73がこうした総合型厚年基金だった。
 営業は中小基金が他基金の動きを気にする点を巧みに突いた。「ほかの基金さんにも当ファンドを採用していただいております」。営業マンは契約の可能性がある基金に既存の取引先に無断で顧客の一覧表を渡していた。西日本のある基金の役員は「最初はうさんくさかったが、話を聞いているうちにだんだん真実だと思うようになった」と語る。AIJが高利回りを偽装し続けたため、企業年金基金の間でAIJの評判が定着するのにさほど時間はかからなかった。
不信の目
 転機が訪れたのは、08年秋のリーマン危機だった。AIJは08年度に基幹ファンドの収益率は7・45%だったとしている。同時期の東証株価指数が約35%の落ち込みを見せていたにもかかわらず、である。相場が不安定だった08年からAIJは受託残高をさらに積み増していった。
 09年1月には、AIJの高い収益率への不信感から、関西圏の年金基金などがAIJ側に情報開示を求めるようになった。当局はAIJへの関心を強めた。
 09年2月にAIJの販売部隊だったアイティーエム証券に当局の検査が入った。この時は大きな問題が出てこない。そして12年1月下旬、証券取引等監視委員会がAIJ投資顧問に検査に入る。04年の商号変更以来、初の当局検査だった。外部からの情報に基づいた動きだったという。
エース検査官
 通常、関東の投資顧問会社への検査は関東財務局が担当する。ところが、AIJへの検査は監視委が直接乗り出す。監視委幹部は「エース級の検査官を投入した特別検査だ」と明言する。浅川社長ら会社関係者は当初、監視委の調査に対して不正を認めていなかった。
 「200億円くらいしか残っていない。資産の状況は説明できない」。浅川社長らは2月中旬に一転して約2000億円の年金資産の大半が消失している事実を認めた。実際には運用開始後すぐに損失が生じていたとも説明しており、年間で最大500億円の損失を出していた可能性もある。監視委の報告を受けた金融庁首脳は監視委の検査途中にもかかわらず、異例の業務停止処分を2月24日に発動した。2月末に解約する予定の大口顧客があることが分かり、ほかの企業年金の保護を最優先した結果だ。
 金融庁と監視委はAIJの年金資産が消えた経緯や資金の流れなどの実態解明を急ぐ。市場環境の急変などで運用に失敗したのか、最初から運用せずに資金を流用したのかなどが焦点になる。重大な刑事事件に発展する可能性も残る。
 金融庁は投資顧問、信託銀行、大手生命保険会社を対象に運用実態の調査にも動いている。
企業年金
 公的年金の厚生年金に上乗せする会社員向け私的年金。年金額が決まっている確定給付型と運用次第で変わる確定拠出型がある。確定給付型には、公的年金の一部を代行運用する「厚生年金基金」と、代行のない「確定給付企業年金」がある。
投資顧問会社
 年金資産などを運用したり、顧客に投資助言したりする専門会社。日本証券投資顧問業協会によると2011年9月末の投資運用業者(246社)の契約資産は146兆円余。年金運用では、企業年金との間で投資判断と投資の実施に必要な権限を委任される投資一任契約を結ぶことが多い

特集――検証年金消失、AIJ偽りの10年、外部チェック機能せず。

AIJ投資顧問による年金運用の問題は、事業立ち上げから10年近くも発覚しなかった。実態が見ぬかれずに巨額の年金が消えた背景には、運用の専門家に乏しい年金基金の脆弱な体制に加え、外部からチェックする機能の欠落があった。
 格付投資情報センター(R&I)が発行する「年金情報」誌が2008年11月に実施した、全国の企業年金などに運用委託先に対する満足度を評価してもらうアンケート調査では、AIJが全体の人気ランキングで「首位」となった(回答数805件)。
 だが、編集部がAIJの情報を集めると不自然な点が目立った。運用資産の増加に見合う収益が財務諸表に計上されず、海外の私募投信を通じて資金が流出しているように見えた。AIJの私募投信を設定する関連会社エイム・インベストメント・アドバイザーズの住所は英領バージン諸島の「私書箱957」。問題企業の不透明な増資の引受先に使われることが多いと金融庁が問題視していた住所と同じだった。
 09年2月に「年金情報」は「消えない『日本版マドフ』の影、金融庁も関心」との記事を掲載した。AIJの社名は伏せたが、米国の巨額の金融詐欺事件に例えて警告を出した。報道を受け、多くの基金が解約に動いた。
 AIJ問題の表面化まで時間がかかったのは、企業年金の実態を外部からチェックする仕組みが乏しかったことが大きい。

 

特集――検証年金消失、AIJ偽りの10年、中小の厚年基金、9割が積み立て不足。

高利回り追う背景に
 AIJの顧客に多い総合型の厚生年金基金は財政状況の深刻なところが多い。積み立て不足を埋める資金がないため、解散も難しい。AIJの高利回り投資に走った背景には、袋小路を抜け出すには運用で逆転を狙うしかなかった年金基金側の事情もある。
 企業年金連合会によると、総合型の厚年基金のうち年金給付に必要な積立金を持っていた基金は9%だけ。9割強が積み立て不足だった。厚年基金は公的年金の一部を代行運用するため、運用で損失を抱えると公的年金部分も穴埋めせねばならず、母体企業の負担は重くなる。負担を逃れようと、2000年代に入ると企業が厚年基金を解散したり、代行運用のない確定給付企業年金に衣替えしたりする動きが広がった。
 だが、解散も代行運用のない年金への衣替えも、まず積み立て不足の穴埋めが必要。中小企業の集まる総合型の厚年基金は企業側にそんな余裕のないところが多い。積立金が大幅に足りないため「財政危機」と厚労省が指定した「指定基金」の大半は総合型だ。
 昨年12月7日時点でAIJ投資顧問に資金を委託していた81の厚生年金基金でも、14基金は厚生労働省の監視下にある指定基金だった。14基金はすべて総合型だ。総合型は参加する企業間の意見統一が難しいという構造問題も抱えている。

 

特集――検証年金消失、AIJ偽りの10年、厚労省と金融庁、監視連携乏しく。

1997年、旧厚生省は企業年金の運用で債券50%以上、株式30%以下といった資産構成に関する規制をなくし、運用先の配分は企業年金が独自に決めるようになった。代わりに分散投資を求める指針を定めたものの、踏み込んだ指導や監督はしなくなった。
 投資顧問は07年に認可制から登録制になり、ある程度実績を積めば年金運用を受託できるようになった。90年以降の金融自由化の流れもあり、長く信託銀行と生命保険に限られていた企業年金の運用の担い手は、一気に増加。年金運用を一任される投資顧問は数百に達し、当局の目が行き届きにくくなった。
 規制緩和後でも、行政の監視に代わる外部チェックの仕組みを整えれば、AIJのような問題は防げたかもしれない。だが、厚労省も金融庁も枠組み作りには動かなかった。「運用のプロ」とは言い難い総合型厚年基金の実態について厚労省が投資顧問を所管する金融庁と情報交換したフシもない。年金基金の運用問題を認識していなかったか、見て見ぬふりをしていたか。真相はまだ闇の中だ。
(R&I「年金情報」深沢道広)



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