(1)バッコスの名声がテーバイで広まると、バッコスの母かた(セメレ)の叔母にあたるイノーはところかまわずに、この新しい神の偉大な力を口にした。
《参考1》テーバイの創建者カドモスは、ハルモニアと結婚し、イノー、セメレ、アガウエ、アウトノエなどをもうけた。
《参考2》大神ユピテルの子を宿したセメレ(カドモスの娘)は、ユピテルの天の雷火で焼け死んだ。その胎内からバッコスは救い出され、父親ユピテルの太腿に縫い込まれて、通常の胎内期間を過ごし生まれ出た。セメレの姉妹イノーが、バッコスをこっそりとゆりかごで育てた。
《参考3》ユピテル(ゼウス)の后(キサキ)ユノー(ヘラ)は、カドモスの娘セメレが、大神ユピテル(ゼウス)の子を宿したことに怒り、セメレがユピテルの天の雷火で焼け死ぬように罠を仕組んだ。
(2)ユピテル(ゼウス)の后(キサキ)ユノー(ヘラ)は、今やバッコス神についてのイノーの自慢・慢心を目にして、我慢がならない。「イノーを狂気に陥れよう」と女神ユノーは思った。そもそもイノーはユノー(ヘラ)の恋敵セメレの姉妹なのだ。
(3)ユノー(ヘラ)は、不気味ないちいの木の生える下りの坂道を進み、冥界へ向かう。冥界に着くと、「復讐の女神」たちを呼んだ。彼女らの髪の毛は黒い蛇たちだ。
(4)ユノー(ヘラ)はアタマス一家を憎んだ。「富裕(ユタカ)な館(テーバイのカドモスの王城)に住み、妻のイノーとともに、バッコス神を讃え、いつも私をないがしろにしている」と「復讐の女神」たちに訴えた。「復讐の女神」たち(姉妹)の中でも残虐なティシポネが「まわりくどい長話は要りません」とすぐに復讐を承諾した。
(5)残虐な「復讐の女神」ティシポネが血に浸した松明を持ち、血潮で赤く染まった長衣をつけ、よじれた蛇を腰に巻き、冥界の家を出た。道中のお供は「悲しみ」「わななき」「怖れ」「狂い」だ。
(5)-2 ティシポネがアタマスの家に着くと門柱が揺れ、日輪もこの場をよけた。驚愕したイノーと夫アタマスが逃げようとしたが、忌まわしい「復讐女神」が立ちはだかった。女神は頭髪の真ん中から二匹の蛇をもぎ取り、それらをイノーとアタマスに投げつけた。蛇は二人の胸を這い廻り、毒気を吹き込んだ。
(5)-3 そして「復讐の女神」ティシポネは「人を狂わせる毒」をイノーと夫アタマスの胸に注ぎ、心の奥まで撹乱した。こうして敵を打ちのめし、ユノー(ヘラ)の命令を果たし終えた彼女は、偉大な冥王の「虚無の国」へ帰り、からだに巻いた蛇を解く。
(6)アタマスは狂い、妻と二人の子を「二匹の仔をつれた雌獅子」と呼び「つかまえろ!」と追いかけた。息子レアルコスをつかまえ、空中に振り回し、幼い顔を無残にも岩にうちつけ殺した。この時、母親(妻イノー)も気がふれた。イノーは、いとけないメリケルテスを抱え、吠えるような声をあげ、錯乱状態で崖から海に飛び込んで死んだ。
(6)-2 孫娘イノーの苦難を憐れんだ女神ウェヌス(ヴィーナス)が、叔父の海神ネプトゥーヌスに「どうか、あれたちを、あなたの配下の神々にお加えください」と頼んだ。ネプトゥーヌスはこの願いを承諾した。イノー母子から、死すべき部分を抜き去り、威厳を帯びさせ、神なった息子をパライモン、母親をレウコテアと呼んだ。
(7)イノーの仲間であったバッコス神を讃えるテーバイの女たちが、カドモスの家(アタマスとイノー)を嘆き悲しんだ。そして「女神ユノー(ヘラ)は正しくなく、恋仇(セメレそしてその姉妹イノー)にたいして残酷すぎる」と悪口を叩いた。
(7)-2 ユノー(ヘラ)はこの非難に我慢がならず、「そうら、ほかならぬおまえたちを、私の残酷さの最大の記念碑にしてあげよう」と言うと、たちまちことが実現した。イノーに尽くしていた女たちは崖にくっついて石となり、あるいは胸を打って悲しむ格好のまま、また海の方へ手をさしのばしたまま石となった。ほかに鳥に変じたテーバイの女たちもいて、今もこれらの鳥が、テーバイの海の面を飛んでいる。
★ミケーレ・A・ミリャリーニ『アタマス』(1801年)
《参考1》テーバイの創建者カドモスは、ハルモニアと結婚し、イノー、セメレ、アガウエ、アウトノエなどをもうけた。
《参考2》大神ユピテルの子を宿したセメレ(カドモスの娘)は、ユピテルの天の雷火で焼け死んだ。その胎内からバッコスは救い出され、父親ユピテルの太腿に縫い込まれて、通常の胎内期間を過ごし生まれ出た。セメレの姉妹イノーが、バッコスをこっそりとゆりかごで育てた。
《参考3》ユピテル(ゼウス)の后(キサキ)ユノー(ヘラ)は、カドモスの娘セメレが、大神ユピテル(ゼウス)の子を宿したことに怒り、セメレがユピテルの天の雷火で焼け死ぬように罠を仕組んだ。
(2)ユピテル(ゼウス)の后(キサキ)ユノー(ヘラ)は、今やバッコス神についてのイノーの自慢・慢心を目にして、我慢がならない。「イノーを狂気に陥れよう」と女神ユノーは思った。そもそもイノーはユノー(ヘラ)の恋敵セメレの姉妹なのだ。
(3)ユノー(ヘラ)は、不気味ないちいの木の生える下りの坂道を進み、冥界へ向かう。冥界に着くと、「復讐の女神」たちを呼んだ。彼女らの髪の毛は黒い蛇たちだ。
(4)ユノー(ヘラ)はアタマス一家を憎んだ。「富裕(ユタカ)な館(テーバイのカドモスの王城)に住み、妻のイノーとともに、バッコス神を讃え、いつも私をないがしろにしている」と「復讐の女神」たちに訴えた。「復讐の女神」たち(姉妹)の中でも残虐なティシポネが「まわりくどい長話は要りません」とすぐに復讐を承諾した。
(5)残虐な「復讐の女神」ティシポネが血に浸した松明を持ち、血潮で赤く染まった長衣をつけ、よじれた蛇を腰に巻き、冥界の家を出た。道中のお供は「悲しみ」「わななき」「怖れ」「狂い」だ。
(5)-2 ティシポネがアタマスの家に着くと門柱が揺れ、日輪もこの場をよけた。驚愕したイノーと夫アタマスが逃げようとしたが、忌まわしい「復讐女神」が立ちはだかった。女神は頭髪の真ん中から二匹の蛇をもぎ取り、それらをイノーとアタマスに投げつけた。蛇は二人の胸を這い廻り、毒気を吹き込んだ。
(5)-3 そして「復讐の女神」ティシポネは「人を狂わせる毒」をイノーと夫アタマスの胸に注ぎ、心の奥まで撹乱した。こうして敵を打ちのめし、ユノー(ヘラ)の命令を果たし終えた彼女は、偉大な冥王の「虚無の国」へ帰り、からだに巻いた蛇を解く。
(6)アタマスは狂い、妻と二人の子を「二匹の仔をつれた雌獅子」と呼び「つかまえろ!」と追いかけた。息子レアルコスをつかまえ、空中に振り回し、幼い顔を無残にも岩にうちつけ殺した。この時、母親(妻イノー)も気がふれた。イノーは、いとけないメリケルテスを抱え、吠えるような声をあげ、錯乱状態で崖から海に飛び込んで死んだ。
(6)-2 孫娘イノーの苦難を憐れんだ女神ウェヌス(ヴィーナス)が、叔父の海神ネプトゥーヌスに「どうか、あれたちを、あなたの配下の神々にお加えください」と頼んだ。ネプトゥーヌスはこの願いを承諾した。イノー母子から、死すべき部分を抜き去り、威厳を帯びさせ、神なった息子をパライモン、母親をレウコテアと呼んだ。
(7)イノーの仲間であったバッコス神を讃えるテーバイの女たちが、カドモスの家(アタマスとイノー)を嘆き悲しんだ。そして「女神ユノー(ヘラ)は正しくなく、恋仇(セメレそしてその姉妹イノー)にたいして残酷すぎる」と悪口を叩いた。
(7)-2 ユノー(ヘラ)はこの非難に我慢がならず、「そうら、ほかならぬおまえたちを、私の残酷さの最大の記念碑にしてあげよう」と言うと、たちまちことが実現した。イノーに尽くしていた女たちは崖にくっついて石となり、あるいは胸を打って悲しむ格好のまま、また海の方へ手をさしのばしたまま石となった。ほかに鳥に変じたテーバイの女たちもいて、今もこれらの鳥が、テーバイの海の面を飛んでいる。
★ミケーレ・A・ミリャリーニ『アタマス』(1801年)