DIARY yuutu

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中桐雅夫(1919-1983)「こんな島」『夢に夢見て』(1972年、53歳)  

2016-10-12 16:58:42 | 日記
 こんな島
みんなが正しくおれは間違っているから
おれはいっそ情けない怠け者になってやろう
線香の煙のように
寝言と仕事の間をうっすら揺れていよう

武器を手にしていないものはいないから
むしろおれはやさしい言葉になってみたい
きれいな人の咽喉と舌の間にころがって
唇から外へ出ない音になってみたい

だれもかれも勇敢だから
おれはいっそ卑怯な火消しになってやろう
ふところの金を勘定しながら
見舞い酒でねたみ心を燃え上がらせよう

みんな目的と確信をあり余らせているから
おれは行先を考えずにとぼとぼ歩こう
自信のないことがおれの唯一のとりえだ
おれは強いものや激しいものから離れていよう

故郷を恋しがらぬものはいないというから
おれは故郷をことわり続けてやろう
雨といっしょに降る塵となって
「こんな島は沈んでしまえ」とどなってやろう

《感想1》
(1) (ア)熟慮・検討不足、かつ(イ)保身的・付和雷同的な、いわゆる世の中の「正し」い考えは《真の理性》に基づかない
①この詩人が、「みんなが正しくおれは間違っている」と言うのはなぜか?
(ア)彼には、理性がある。真偽の判断をするから。
(イ)彼は理性を持ち、真偽の判断できるのに、何故、自分の考えを「正しく」なるよう直さないのか?
(ウ)彼は実は、「みんな」の判断が、《真の理性》に基づかないと思っている。
(エ)世間の者、つまり「みんな」は、この人に対し「間違っている」と言うが、それは、彼らの言い分にすぎない。
(オ)この人は、世の中で「正し」いと主張される考えが、実は《真の理性》に基づかないと、批判する。
②世の中が、彼を「情けない怠け者」と軽蔑しても、彼自身は、そう思わない。
③この人の理性は、「みんなが正し」いとする考えが、《胡散臭い》と判断する。(ア)よく熟慮・検討せず、(イ)「みんなが正し」いと言うからとの理由だけで保身のため付和雷同するのは、《真の理性》にもとづかないと、彼は思う。

(1)-2 (ア)「寝言」と侮蔑されようと自身の意見を述べ、また(イ)「仕事」し金を稼ぐ
④この人は、世間の多数派の考えに与しない。では彼は、どうしたらよいか?
④-2 一方で、(ア)自分自身の意見を述べる。世間の多数派に無視され、「寝言」と侮蔑されようと、構わない。
④-3 他方で、(イ)彼は、この世の生活のため、真面目に「仕事」し、金を稼ぐ。

《感想2》
(2)「目的と確信」を声高に絶叫し、政治的に戦いあうようなことはしない;書かれた文字で訴える
⑤「武器を手にしていないものはいない」とは、政治的に戦いあうことの比喩。60年代末から70年代にかけて、日本で、政治闘争があったが、それは実際の武器を使用した内戦・内乱でない。
⑤-2 「目的と確信」を声高に絶叫し、政治的に戦いあうことを、この詩人は、「武器」を取ると呼ぶ。「武器」を取ることについて、彼は、懐疑的である。
⑤-3 つまり、彼は、「武器」を取らず、「やさしい言葉」を使う。
⑤-4 「やさしい」とは、武器に訴えないこと。
⑥ 彼が、醜い人(女)でなく、「きれいな人」(女)を好むのは、セクハラ!『聖書』風に《心のきれいな人》と、言うべきである。
⑦ 「唇から外へ出ない音」は、言葉が《音声》なら、読話(ドクワ)あるいは読唇術(トクシンジュツ)であるが、この人は、ここで、読話について語っているのではない。
⑦-2 彼は、《声高な呼びかけ、演説、絶叫をしない》と語る。彼は、書かれた《文字》で静かに訴える。《文字》は、声高な《音声》に至らず、せいぜい呟(ツブヤ)かれる。

《感想3》
(3)世間的に「卑怯」と言われても構わない;戦いの「火消し」を目指す
⑧「だれもかれも勇敢」だが、《自分は「勇敢」な行動はしない》と、この人は言う。理由は2つ。
(ア)猪突猛進が最上の策でない。
(イ)そういう行動の仕方は自分に合わない。
⑧-2 世間的に「勇敢」でないので、「卑怯」と言われる。彼は、それを甘受する。
⑧-3 しかし、彼は「火消し」を目指す。戦いを煽らない。
⑨また、この人は、いつも生活・生計の道を考える。だから一方で「ふところの金を勘定しながら」、しかし他方で「火消し」として、平静・平安な心を取り返せるよう「見舞い酒」を送る。
⑨-2 彼は、戦う両者に、「見舞い酒」を送るだろう。
⑩ ただし、戦いに参加しない彼は、両者から「卑怯」と非難され、《楽をしている奴だ》と「ねたみ心」を持たれる。

《感想4》
(4)声高に語られる「目的と確信」を疑う
⑪この人は「目的と確信」に対し、懐疑的である。
⑪-2 60年代末から70年代は、70年安保闘争、全共闘運動、新左翼運動など《政治の季節》だった。この人は、その《政治の季節》から距離を置く。
⑪-3「行先」となるべき「目的」への「確信」を、彼は持てない。彼は「行先を考え」られない。
⑫かくて、彼は、「とぼとぼ歩」くしかない。
⑫-2 彼は、「自信のない」状態にある。
⑫-3 そう言いながら、実は彼には、隠された自信がある。「自信のないことがおれの唯一のとりえだ」と言う彼の何という居直り、つまり自信。
⑫-4 彼は、声高に語られる「目的と確信」を疑う。
⑫-5 「強いものや激しいもの」、すなわち強行的なもの、熱狂的なものに、この人は危うさを感じる。熟慮・検討の不足、あるいは保身のための付和雷同を、この人は嫌う。この人は《真の理性》を追い求める。

(4)-2 おれは「塵」つまりゴミでない
⑬この人は、戦い合う両者の「目的と確信」を疑い、どちらにも与しないため、両者から「塵」つまりゴミ扱いされる。
⑬-2 かくて、《おれは「塵」つまりゴミでない》と叫びたい気分、すなわち《洪水が来て「こんな島は沈んでしまえ」》とどなりたい気分を、この人は、最後に明示する。
⑭《「こんな島」、日本、つまり「故郷」》を、「ことわり続けてやろう」と、彼は宣言する。彼は、こんな「故郷を恋しが」ったりしない。
⑭-2 (ア)よく熟慮・検討せず、《「みんなが正し」いと言う》との理由だけで保身のため付和雷同する者たちの島、すなわち(イ)声高に語られる偽りの「目的と確信」に満ち《真の理性》にもとづかない島、このような島は「沈んでしまえ」と、この人は言う。
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