King Diary

秩父で今日も季節を感じながら珈琲豆を焼いている

周りをみても

2006年10月28日 23時56分24秒 | 日々のこと
朝日新聞の朝刊の新聞小説『メタボラ』を読み出したら
いつも真っ先に読むものになってしまいました。
しかし、これがひどいことにいつも決まった場所にないのです。
日経新聞なら小説はいつも一番最後のページと決まっています。
日経の履歴書と小説は欠かせない読み物です。
しかし、朝日新聞の小説は書き手が一番売れ筋とか
新聞小説の書き手というのとは違い、朝の活力を得るとも
朝の顔とも違い、どちらかというと読む人を選ぶような小説です。
私も沖縄のホストのときはよく話が解りませんでした。それがなぜ
今、家庭崩壊の話から、工場で働く労働小説になったのかまったく
解りません。それなのにこの不思議な小説を欠かさず読むようになって
しまいました。
特に、新潟の工場に派遣社員としてきたら騙されて労働条件も
賃金も最初の話と違うというところなど、世の中にはよくあることで、
そんなことにつき合わされるのはつまらない感じですが、工場の
単純作業で人生の再生を図るというテーマは、何かを期待させる
物があり、そして物語の展開としては当然のように救世主的な
人物が登場して、物語が発展しようとしている様は真に人生の
機微を感じさせます。もともと工場でできた女友達が、好意を寄せていると
告白して普通の恋愛物語が展開するのかと思わせておいて、
実はそんな安易な展開とは違うホワイトナイトを用意させているところが
にくいなと思いました。
しかし、なぜこんな若者事情を作者は書いているのでしょうか。
それが気になりました。今までは、世の中の普通の女が壊れていく
様を書いていたと思うのですが、女の醜さを書きすぎてちょっと辟易として
息抜きをしているという感じなのがこの小説でしょうか。
なんか私も息抜きがしたい。
コメント
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