墨汁日記

墨汁Aイッテキ!公式ブログ

平成マシンガンズを読んで 21

2006-09-03 21:56:11 | 

「世界があるから自分があるんじゃない。自分がいてこその世界なんだ。主観こそが世界の中心であり、その意味においてはオンリー・ワンは正しい考え方なのだ! スマップだってたまにゃー良いことを言う!」

「どういう意味ですか?」

 私の質問を無視して、死神はマシンガンをあぐらの膝の上に置き、ビールを飲みながら左手で闇の隙間をまさぐる。すぐに目当ての物を見つけたらしい。ラップに包まれたお惣菜らしき物体を取り出した。

「これさぁ、近所のスーパーおおたで買ってきた『焼豚』なんだけどビールに合うんだ。あんたも食べる?」

 コーラに焼豚。変な取り合わせだし、夜中にそんな物を食べたら虫歯になりそうだ。私は首を横にふる。
 死神はかまわず私に割り箸をわたして言う。

「まぁ、焼豚はこの真ん中に置いとくから、気が向いたらつまみなよ。で、さっきの話の続きなんだけど、例えば『世界』を、この『焼豚』に例えるとする!」

 私は、その例えを了解したという意味でこくんとうなづいた。

「例えるとぉー」

 死神は少し考えて叫んだ。

「あぁっダメダメダ。この例えはキャンセル! 焼豚と世界はまったく繋がらん。焼豚で世界を比喩しようもない。焼豚は焼豚だ。だから、今のは無し」

 オイオイ。

「ようするにだ。空き地の真ん中のはらっぱにタンポポが咲いているとする。このタンポポは存在するかしないか!」

「咲いてんだからあるんでしょ」

 当たり前だ。

「うん、そうだよな確かに咲いてんだからある。でも、はらっぱにゃ草がうっそうと生い茂り、そのタンポポはタンポポより背の高い草でかくれていて、誰もそのタンポポが咲いている事になんか気づかない。誰も気づいてないタンポポは確かにそこにあるのかな?」

「あるよぉ、咲いているんだもの」

「そうだな、そうのはずだが、はらっぱの草をかきわけ自分の目でタンポポを確認しないかぎりは、あるとは言い切れない。タンポポを自分で見つけ出さないかぎりはタンポポがあることにさえ気づかない」

 うん。

「誰かが見つけてそこにタンポポがあるとしないかぎり、タンポポはあるのかないのか分からない。そんな物を『ある』と言い切れるのか、いや言い切れないだろう」

 ふーん、咲いてても見つかんないタンポポを無いかもしれないとするんだ。

「例えば、昔の人にとって『宇宙空間』はなかった。現代の人間から見れば確かに『宇宙』はあるのにってかんじだけど、昔の人にゃただ、地面と空があっただけ。昔の人は、この世界を大地を基準に無限に広がるドーム空間のように考えていた。まさか、この大地がまんまるのボールで真空の宇宙に浮かんでいるだなんてこと普通の人は思いつきもしなかったはずだ。思いつきもしないから、昔の人には『宇宙空間』なんてなかった」

「解らない、見えない物は、無いに等しいって言いたいんでしょ」

 そう言うと死神は答えた。

「基準を何にするかだ。たしかにタンポポは咲き、宇宙はある。が、それを知らなければ無いのと同じだ。そう考えるなら世界の主役はいつでも見る側にある。見る側ってのは俺とかあんたとかで、俺やあんたとかに見えない世界なんてあるんだかないんだか分からないし関係もない。確かに存在していてもだ」

「だから、オンリーワンてわけ」

 死神は言う。

「そうだよ、あんたは物わかりがいい。世界はそれとしてちゃんとあるんだけども、知らなければ無いのと同じ。知る事ができて、知った事を受け取るのはいつでも自分だけ。人間は自分が知ってる範囲でしか世界を受けとめられない。だから、世界という舞台装置があってそこにそれぞれの人間がいるのではなくて、人間ってのはいつでも世界という舞台をながめているだけの観客だ。舞台裏なんて探ろうとでもしなきゃ分からない。世界が回るから人間も回るのではなくて、観客が世界は回っているんだと理解するから世界は回っているように見える」

「それで?」

「だから、世界は自分を中心に回るのさ。とゆーか、そうとしか人間は世界を感受できないはず。まさに、オンリー・ワン。直訳するなら『1人だけ』」

 そうかもしれないね。


平成マシンガンズを読んで 20

2006-09-03 12:30:10 | 

「まぁ、立ち話もなんだし座ろうか」

 月もなく薄暗い荒れ地のような、どこともしれない闇の中に私と死神は立っていた。

「ちゅーかさ、俺が座りたいんだよ。座らせろよ」

 死神はそう言って大地に腰をおろすと、あぐらをかいて座った。

「なんだよ、あんただけ立ちっぱかぁ。あんたも座んな。俺は見下されんのは嫌いだ。だいたい、子供と話す時は目の高さでって言うだろ」

 なんてワガママな死神だろう。
 勝手に自分で座り込んでおきながら、私に目の高さになるよう座る事を強制している。だいたい、私は話を長引かせるつもりはない。忌まわしい死神との会話なんてとっとと切り上げて早く布団に帰りたいのだ。

「まぁ、ゴツゴツの地べたにゃ直接に座りたくないよな。それに、ここの空間は冷えきっていて直接に座ったら体温をドンドン奪われちまう」

 そう言うと死神は闇の切れ目に手を突っ込んだ。
 あぁ、マシンガンやら憎たんなんてモノは、なんにもない所から出現させていたワケでなくて、他の空間から引っぱってきていたんだ。死神はしばらくゴソゴソまさぐっていたが、やっと探し当てたようで闇の切れ目からお風呂場に置いてあるようなプラスチック製のイスを取り出した。

「ほら、風呂イスだ。こいつなら地べたから距離も取れるしケツも冷えない。あっと、うーん、これだけじゃ足んないな」

 死神は風呂イスをカポーンと地面に置くと、今度は座布団を引っぱり出して風呂イスの上にのせた。

「完璧じゃねーか。これなら体温も奪われねぇし、保温もばっちりだ。さぁ座んな!」

 何が完璧なんだか。
 とにかくも、ここまでおしつけがましい程に親切を示されたんじゃ座らないとなんだか私の方が悪いような気もしてしまう。
 渋々と腰掛けて、前を向き直したら、死神はいつの間にか缶ビールを左手に持っていた。右手にマシンガンを持ちつつ器用に人差し指でプル・キャップをシュッパと開け、開けたとたん缶を口に持って行きビールをグビグビ飲みはじめた。ビールを取り出してから飲みはじめるまでの時間は1秒もかからなかった。なんという素早く流れるような自然な動き。

「いやさ、ほら、たぶん知らないと思うけど俺って口べただから。これは、お口の潤滑油なんだよ。ところで、あんたも何か飲む? いや、飲め! 飲みなさい! 俺の親切を素直に受け入れないと、酔って暴れるぞ!」

 座る事を強制した後は、飲み物の脅迫だ。

「解りましたよ、飲めばいいんでしょ!」

「うん、対人のさいにモノを飲むって行為はそれがなんであれ逃避であって、精神的な逃げ場になるんだ。良く知りあっている者同士ならともかく、俺らは互いに良く知んない。お茶の一杯もなきゃ間がもたない」

 死神は、闇の隙間に手を突っ込んでガサコソなにかを探していたが、手だけじゃ用が足りなくなったのか、闇の隙間に自分の顔を突っ込んで何かを確認している。

「わりーな、あいにくとお茶もコーヒーも切らしている。冷蔵庫に水道水を冷やしたのとコーラがあるけど、何を飲む?」

 何を飲むもなにもないだろ。二者択一じゃん。しかも、ひとつめは選択肢にもならない。

「じゃコーラ」

 死神は缶入りの冷えたコーラをそのまんま手渡してくれた。
 仕方なく、私もプシュとやって缶に直接口を付けてチビリチビリとシュワシュワを楽しみながらコーラを味あう。
 缶コーラはおいしいな。じつは好き。氷入りでストローで飲むマックのコーラとはまた違うおいしさがある。ストレートな旨さだね。

「もう、ネタバレしてるだろうから教えると、この切れ目がここの空間と繋がっていて俺の連絡口なんだ。俺はこの切れ目からここに侵入して、この切れ目の向こうは俺の部屋に繋がっている」

「そもそも、ここはどこなの? 私はなんでこんな真っ暗闇の中にいるの?」

 果てしなく広がる暗闇と、黒々と横たわる大地。
 そこには私と死神がいて、死神は地面にあぐらをかいて、私は風呂イスに座って、それぞれの缶飲料を飲みながら向き合っている。
 まったくおかしなシュチュエーション。それに私はここがどこなのか把握していない。

 死神は私の質問に即答した。

「どこもクソもねーだろ。こここそがお前自身。あんたの心ん中だ。んまぁ、今は睡眠中だから『夢』の中ってところか」

 そーか、やはりこれは私の夢だったんだ。
 そして、これが私の心の風景であるらしい。
 このさびしくて暗いだけの空間が私の心。