木工挽物という仕事

基本的には時代遅れの仕事
正反対の位置にいるブログから発信してみます
でもブログも先端じゃなくなりましたね

二つの意見ですが・・

2019-05-06 00:27:55 | 日本
昨日シェアニュースジャパンを見てたら対照的な記事が出ていた

1 https://snjpn.net/archives/128551
後藤謙次氏(報道ステーション)
「かつて金大中氏も、世界の宝ともいえる憲法9条を、なぜ日本は変えようとしているのかよくわからないと。9条は第二次大戦後の世界公約。象徴天皇制を残す代わりに、再軍備はしませんよ、と。憲法1条と9条はワンセット。ただ単に国内の合意がよければいいという問題ではない」

またマレーシアのマハティール首相の「自国の防衛を強化しなくてはいけないという思い込みは、相手を敵国とみなしているのと同じです。殺し合いで問題を解決すべきではありません。私たちは争いを交渉や仲裁裁判所で解決するべきです。私から見れば憲法9条は素晴らしいものです」

その言葉も言葉としては素晴らしい
9条が世界の標準ならもう戦争は起こらないし、それが何よりです
ただ 今現在はまだ残念ながら標準ではないことで歪みが生まれないか?
反日国、韓国の指導者の言葉は逆の意味を持たないのか?
実際にマレーシアとか韓国には9条あるいはそれらしい憲法の条文があるのか?

僕の意見とは基本的に違うのだが、それを肯定する意見が綴られていて それも日本の意志の一つだという事はよくわかった


2 https://snjpn.net/archives/128443
公開憲法フォーラムでのウクライナ人の言葉

ナザレンコ・アンドリーと申します。
私は5年前にウクライナから参りしまして、おそらく憲法改正の議論が最も活発な時期に日本で過ごしました。
なので「平和」と「戦争」という言葉を何度も耳にしました。
数年前ロシアに侵略され、一部の領土を奪われ、今なお交戦が続いているせいで毎日毎日新しい犠牲者が出てるウクライナの出身者だからこそ、どうしてもその議論に関心が向きます。
護憲派の方々が軽々しく脅し文句として使っている「戦争」という言葉は私の祖国の現状だからです。
そして、その改憲に反対してる方々の主張は、ウクライナが犯した過ちと非常に似ているので、強い危機感を覚えました。
簡単に言えば、自称「平和主義者」は何と言っていますかというと、それは「軍隊を無くして隣国にとって脅威にならなければ攻められないと。どんな争いでも平和を訴え、話し合いさえすれば解決できると。そして集団的自衛権を認めたら他国の争いに巻き込まれるから危険だと」

では、ウクライナは侵略される前までずっと取ってきた政策と比較してみましょう。
1991年にソ連から独立した時にウクライナには沢山の核兵器と100万人の軍隊がありました。
しかし、維持費がかかるし、隣国に警戒されてしまうし、危険なのでウクライナは全ての核兵器を譲りました。
代わりに「ブダペスト協定書」という国際条約を結び自国の防衛を他国に委ねてしまいました。
そして、100万人の軍隊を20万人に。
つまり、5分の1まで軍縮しました。
しかも、大国の対立に巻き込まれないようにNATOのような軍事同盟にも一切加盟しませんでした。
日本共産党の考える平和主義は、まさにこれではないでしょうか。
こんな政策は素晴らしいと考えている方を是非、今、ウクライナの前線に連れて行きたいです。
(拍手喝采)

戦禍で燃え尽きた村の廃墟、ミサイルが落ちている中で学校の地下に隠れている子供、20歳までさえ生きられなかった戦没者のお墓を見せて聞きたいです。
「あなたが望んでいる日本の未来はこれなのか?戦争は言葉によって止められるものなら、その言葉を教えてくださいよ。安全な日本にいる時だけでは戦争のことばかり話しているのに、どうして実際の戦地に一度も平和の精神とやらを伝えに行ったことが無いのですか?」
そう聞きたいです。

私に言わせれば、抑止力を無くして平和を得た国は無いでしょう。
そして、抑止力というのは物理的なのだけではありません。
もし国民投票の際、何千万人の日本人が投票所に来て、改憲賛成に票を入れたら、それはどういうことを意味しますかというと、「我々は外国によって強制的に押し付けられた法律を認めない。自分の国を自分で守る」という意味になります。
そういう強い意志を示すことこそが最大の抑止力になると、私は思います。

一方で、憲法改正されていな状況を隣国はどう受け止めるのでしょうか。
「日本人って武力を持って攻撃したら、いつまでも押し付けられたルールに大人しく従うんだ。日本の領土を奪っても国民を拉致してもミサイルを飛ばしても国際条約を破っても何度も領土侵犯しても全く動こうとしないんだと。日本の国会に決断力がなくて、どんなに危機に直面しても行動を取らずに中身の薄い議論を続けるばかりなんだと」
こういうふうに思われてしまうことこそは、戦争を招かざるを得ない事態だと私は思います。
そんなのは被害妄想だと考え、隣国に侵略されることは非現実的だと考える方もいらっしゃるでしょうが、実はウクライナ人だって2014年まで皆そういうふうに考えてきた訳なんです。
しかし、今、平和ボケしてた時期を振り返ってみると、戦争が一切起こらないと考えさせることも、敵の戦術の一つだったと私は分かりました。

ところで、日本国憲法の前文に「平和を愛する諸国民」とできますが、私もどんな国でも一般市民の大半は、平和を愛すると信じたいです。
しかし、日本の隣国の中で権力者が国民の願いを聞いてくれる国なんてあるのでしょうか。
その国々の国民はいくら平和を愛したって権力者が「戦争しろ!」と命令したら「NO!」と言えないのです。
で、日本の野党の方々は、同じ日本語をしゃべって、同じ日本人である有権者でさえ説得できないのに、どうして全く違う国民性を持った外国人の指導者を戦争しないように説得できるのか私は分かりません。

そして、議論が必要と何度も言いながらも議論から逃げる姿勢も不思議でなりません。
国際情勢が深刻化する中で、国家の生存に関わる憲法改正問題をこれ以上先送りしてはいられないと思います。
日本には今歴史的なチャンスがあります。
そのチャンスをつかむか、台無しにしてしまうかによって子孫は良くも悪くもどのように今の日本人を評価するのか決まります。
「令和」と名付けられた新しい時代に日本はやっと大和精神に基づく法令によって統治されるようになると信じたいです。
そして、日本は、自立し、国際社会と対等な一員となることは日本のためにも世界のためにもなるはずです。
ご静聴ありがとうございました。





すみません カットするところが思いつかなかったので全文コピペしてしまいました。
これは公平ではありません お詫びしますがここは自分の正しいと思うところの発表の場なのでご容赦願います
実際のところ僕もそれを懸念してるし、昔の日本の環境と今の環境が全く違うことに大きな危機感を持っていますので

とにかく今すべきことは僕たちにとって憲法の存在を意識することです
周りの環境をさておきやはり日本の憲法はそのままがいいのか、それとも時代に即したそれにしたほうがいいのか
自分だけのためじゃなく、子供や孫のためにみんなが考えるべきときなのです。


コメント (4)
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