体調の問題もあって休んでいる間に読書ができた(気づいたら、半年以上にわたって一冊の本も読んでいなかった)。「ドナルド・キーン自伝」(ドナルド・キーン著、角地幸男訳、中公文庫)を読み終わった。東日本大震災の時、「大震災を機に日本国籍を取得した」とニュースになっていたことをご記憶の方もいるかと思う。2019年に96歳の長寿を全うされた。生涯独身であったのだという。自伝もまた、氏一流の分かりやすく丁寧な文章で書かれ、氏の人柄を感じさせる。印象に残ったところをいくつか。
1、日本に本格的に住み、日本語で日本文学の研究に没頭していたキーン氏が、一回アメリカ映画「ジュリアス・シーザー」を見て、その英語でのセリフに深く感動し、「酔いしれてしまった」という状況になったことがあった。英語を日常生活で話すこともほとんどなくなっていたにも関わらずである。それについて彼が書いたのが「私が日本語にどれほど打ち込もうと、それ以上に私の中の何かが、英語の言語の響きに深く揺り動かされたのであった」。そして「これは、必ずしも悲しむべきことではなかった。もし私が、日本語で書かれた作品の美しさを過不足なく翻訳で再現しようとするならば、英語に対する私の愛情なくしてそれが出来るはずもなかった」と続けている。なかなかに深い。スウェーデン時代、インド人が「世界のどこに住もうとも、子どもにはヒンディー語で話しかけてヒンディー語で教育を開始する」と言っていたが、どれほど英語を学ぼうとも日本人の場合、思考のベースとなる言語はどこまで行っても日本語なのである。子どもの教育に当たって、これは忘れてはならないポイントであろう。
2、最後に「私の人生を振り返ってみると、私の人生を左右してきたのは明らかに幸運であって、長い熟慮の末の決断ではなかった」と記している。日本文学との出会いも、日本での多くの仕事も、幸運があって舞い込んできたものが多かったようである。もちろん幸運もあっただろうが、それをちゃんと生かしたのは氏の絶え間ない努力であったのだろう。ただ人生の重要なポイントは、意外に運で決まってしまう、誰でもそんなところがあるのかも知れない。
それほど厚い本ではないが、面白いしお勧めできる本である。三島由紀夫との交流の話(下田での交流の話もある)も出てくるが、また何か三島由紀夫の小説も読んでみたくなった。
Wikipedia「ドナルド・キーン」
下田その3
豊穣の海
「空気」の研究
1、日本に本格的に住み、日本語で日本文学の研究に没頭していたキーン氏が、一回アメリカ映画「ジュリアス・シーザー」を見て、その英語でのセリフに深く感動し、「酔いしれてしまった」という状況になったことがあった。英語を日常生活で話すこともほとんどなくなっていたにも関わらずである。それについて彼が書いたのが「私が日本語にどれほど打ち込もうと、それ以上に私の中の何かが、英語の言語の響きに深く揺り動かされたのであった」。そして「これは、必ずしも悲しむべきことではなかった。もし私が、日本語で書かれた作品の美しさを過不足なく翻訳で再現しようとするならば、英語に対する私の愛情なくしてそれが出来るはずもなかった」と続けている。なかなかに深い。スウェーデン時代、インド人が「世界のどこに住もうとも、子どもにはヒンディー語で話しかけてヒンディー語で教育を開始する」と言っていたが、どれほど英語を学ぼうとも日本人の場合、思考のベースとなる言語はどこまで行っても日本語なのである。子どもの教育に当たって、これは忘れてはならないポイントであろう。
2、最後に「私の人生を振り返ってみると、私の人生を左右してきたのは明らかに幸運であって、長い熟慮の末の決断ではなかった」と記している。日本文学との出会いも、日本での多くの仕事も、幸運があって舞い込んできたものが多かったようである。もちろん幸運もあっただろうが、それをちゃんと生かしたのは氏の絶え間ない努力であったのだろう。ただ人生の重要なポイントは、意外に運で決まってしまう、誰でもそんなところがあるのかも知れない。
それほど厚い本ではないが、面白いしお勧めできる本である。三島由紀夫との交流の話(下田での交流の話もある)も出てくるが、また何か三島由紀夫の小説も読んでみたくなった。
Wikipedia「ドナルド・キーン」
下田その3
豊穣の海
「空気」の研究