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スウェーデン生活+その後

2010-2013年スウェーデンに在住し帰国。雑記、鳥・植物の写真
*海外情報はその当時のもの。
*禁無断転載

スペイン旅行その6 ゴシック地区

2011-11-09 08:36:01 | 旅行(スペイン・バルセロナ2011)
初日は疲れが残るので、観光に行けたとしてもせいぜい1か所であろうと思っていた。考えついたのはピカソ美術館(Museu Picasso)である。バスで途中まで行って、後は歩くことにしたのだが、途中ですっかり迷ってしまった。景色は綺麗なのだが、道路はまるで迷路である。何といってもこの近辺はゴシック地区(Barri Gótic)といい、バルセロナ市街で最も古い地区なのだ。19世紀前半のバルセロナの地図が現在も残っているが、これを見ると地図上で「バルセロナ」として書いてあるのはゴシック地区と、その隣のシウタデラ要塞(フェリペ5世がバルセロナを制圧するために築いた要塞)の2つくらいで、後は野原と郊外の町である。
狭い道をウロウロするうちに雨も降りだした。参った。しかし風情のある町並みではある。雨がしとしとと降る中、路地裏のカフェで地元の人らしき人々がたむろしてはお喋りして時間を潰している。幾つか写真を並べてみる。最初の3枚は一応大通りの写真。3枚目は中央郵便局である。5枚目と6枚目はサンタ・マリア・ダル・マル教会(Església de Sta. Maria del Mar)。狭い路地の中から突然出現した。綺麗な教会だが、路地に阻まれて全景を撮影する事が出来ない。残念ながら既に閉館となっていた。そして最後がピカソ美術館に並ぶ人々の行列である。


スペイン旅行その5 回数券

2011-11-09 08:02:31 | 旅行(スペイン・バルセロナ2011)
同僚からはバルセロナ市内の移動にはバスを勧められていた。そこでバスの切符を買ってみる。パリの時と同じく、その辺の売店で買えるか?と思って売店のおじさんに聞いて見たのだが要領を得ない。英語でいくら聞いても「○×β∮?」である。そこで最終手段。「地球の歩き方」のページを開き、そこにある回数券の写真を指さしてみる。「Oh,Tarjeta!」どうやら通じたらしい。Tarjetaはタルヘータと発音し、T-10と書いてある回数券が10回券なのだ。
どうやら、地下鉄の駅に行かないと駄目らしい。行って見た。写真の自動販売機を発見。上写真の上段左から2つ目がT-10である。下左が自動販売機の全景、下右が切符の現物である。硬貨でも紙幣でも買えるが、50ユーロ札の上には×がついて表示が出ている事が多く、少し細かいお金を持って行った方が良いかも知れない。地下鉄にもバスにも使えるらしい。ストックホルムのSLの切符と同じである。



スペイン旅行その4

2011-11-08 22:07:21 | 旅行(スペイン・バルセロナ2011)
ベタなネタであるが、先に紹介した「食べるな」という名前のレストランである。本当に「タベルナ」と書いてある。
食べるな
町では一般に英語は通じにくい印象である。もちろん観光案内所の人や、観光名所、空港などでは問題なく英語が通じる。だが道端のキオスクの叔父さん、バスの運転手さんなどではあまり期待できないと思った方が良い。ただラテン系というか何というか、兎に角皆初対面でもどんどん話しかけて来るのである。自分がデパートでハムを手にとってぼんやり見ていると、全く見知らぬおじさんがやって来て、ハムを指さしつつ「○×△△÷×」「!?...sorry?」「(自分からハムを取りあげて、裏返しながら眺め)●▼▲▽√φα?」「Yah,Yah,but..(I can't speak Spanish!)」「(自分が何か言う前に)○○、■■▽△βΘ...」どうも雰囲気的には「このハムは肉質がいまいちだから、他のを選んだ方がいいよ」と言っているらしかったのだが、一事が万事この調子なのである。そう言えば、バルセロナ行きの飛行機に乗った時も、乗った瞬間から、何か飛行機内の「空気が違う」という様な雰囲気を感じた。スウェーデン行きの飛行機と比べると全体に「空気が明るい」のである。皆ニコニコしているし、早口の大声でしゃべりあっている。あと心なしかちょっと肥満気味の人が多いかも知れない。

スペイン旅行その3

2011-11-08 21:24:43 | 旅行(スペイン・バルセロナ2011)
空港から30分も行けばカタルーニャ広場(Plaça de Catalunya)である。バルセロナ随一の繁華街の中心地区であり、常に人でごったがえしている。ここから北に延びるのがグラシア通り(Passeig de Gracia)、南西方向に延びるのがランブラス通り(Las Ramblas)であり、どちらも瀟洒な通りである。バスも、地下鉄もここから発着する便が多く、市内交通では拠点の一つである。ではこの「カタルーニャ」とは何だろうか?
読書家の方であればジョージ・オーウェルの「カタロニア賛歌(Homage to Catalonia)」を思い出されるかも知れない。古来、バルセロナ一帯は独立した別の国だったのである。元々スペインの土地は山が多いため、各地に独立した国が多数あって各々が別々の文化を持っていたのだ。カタルーニャもその一つである。使っている言語もカタルーニャ語(彼らに言わせると「カタラン(Catalan)」)であり、スペイン語とは相当違った言語であるそうだ。バルセロナ出身の同僚も事あるごとに「自分達はカタラン(カタルーニャ人)だ」と言うのを強調している。
バルセロナの起源はあの古代ローマの宿敵、カルタゴにまでさかのぼる。伝説によればカルタゴの名将、ハンニバルのお父さんに当たる人がこの町を築いたという。一時期は地中海貿易で栄え、全盛期には海外に植民地を持つにまで至ったが、隣国カスティーリャとの争いに敗れ、衰退の道を辿って行った(なお、この時期のスペイン国内各国の争いは政略結婚、王位継承争いと暗殺のオンパレードでドロドロの歴史である。興味のある方は調べられたし)。19世紀にはスペインで最も早く産業革命を起こして再び繁栄を手にするが、その後彼らにとって最悪の時期が訪れる。スペイン内戦である。
1936年、社会主義思想の広まりを背景として、スペインに人民戦線内閣が誕生した。これに対して前参謀総長、フランシスコ・フランコ(Francisco Franco)将軍がモロッコで反乱を引き起こす。元々左派思想に対して富裕層、教会などは反発しており、いずれもフランコ側を支持し、泥沼の内戦に突入する。既に当時は第二次世界大戦前の緊張期であり、ドイツ・イタリアはフランコを、ソ連は人民戦線側を積極的に支持、いずれも当時の最新兵器を投入した。ソ連の軍事顧問団は2千名を超えたという。かくてスペインは最新兵器のテスト場と化し、酸鼻を極める事態となったのである。この戦闘が第二次世界大戦を戦うに当たって、多くの国に重要な戦訓をもたらした事は確かである。戦車部隊の集団戦法などはここで編み出され、後にドイツが対仏戦、対ソ連戦初期に優位となった有力な原因となった。
全体にスペインの北西をフランコ側、南東を人民戦線側が勢力圏とする展開となり、バルセロナは最後まで人民戦線側に付いて戦い続けた。しかしポルトガルという安全な補給線(当時ポルトガルは左派思想を恐れ、フランコを密かに支援し続けた)を持っていた事はフランコ側にとって決定的な勝因となる。人民戦線側は地中海から船で補給を受けたが、地中海にはイタリア軍の潜水艦が展開、ドイツも戦艦を送りこんで補給を妨害した。フランスは隣国であったが、融和政策を掲げ、中途半端な支援に終始する。かくて最後バルセロナも陥落、フランコ政権が誕生となったのである。
最後まで手こずった相手をフランコが許す筈もなく、政権成立後はカタルーニャ語は禁止となり、独立運動も激しい弾圧を受けた。1975年にフランコが死去した後、ようやく1978年にカタルーニャ語が公用語として認められた。バルセロナ出身の同僚は、フランコが死去した時、バルセロナではお祝いでお祭り騒ぎになったと話していた。


スペイン旅行その2

2011-11-08 19:41:58 | 旅行(スペイン・バルセロナ2011)
プラット国際空港(Aeroport del Prat)から市内に向かうには、写真のエアポートバス(Aerobus)が便利である。バスのマークが空港内で目につくので、それに向かって歩けばよい。ほぼ5分間隔で運行されている。1台が発車するすぐ後ろにはもう別のバスが控えているくらいのペースである。バス停に小さな切符売り場のデスクがあり、そこで切符を買う。市内までは5ユーロちょいである。

スペイン旅行その1

2011-11-08 18:59:28 | 旅行(スペイン・バルセロナ2011)
11月になり鬱々とする日が増えた。何もなくても変化が少なく、娯楽も少ない日々なのだ。この単調な毎日のまま気温がぐんぐん下がり、かつ日照時間もどんどん短くなるのである。これはきつい。こう言う時、現地の人間は何も感じないまま日々を過ごすのであろうが、こちらは中々そうもいかない。ではどうするか?となるとやはり旅行が良いのではないか、となる。良く見れば、職場の人でも年配の人などは大体秋のこの時期に家族旅行を入れていたりする。
冬場に旅行する以上、暖かいところが良いに決まっている。かねてより同僚のスペイン人から、スペインの地中海沿岸地方は冬でも10℃台半ば程度である旨聞いていた。思い立ったのがバルセロナである。バルセロナ。この名前を聞いたら皆様なら何を思い浮かべるだろうか。サグラダファミリアであろうか、FCバルセロナであろうか、あるいはバルセロナオリンピックであろうか?自分もまあ、そんなところである。いつもながら行き当たりばったり主義である。ストックホルム・アーランダ空港からバルセロナまでは乗り換えなしで大体3時間半くらい。運賃は往復で2万9千円弱である。ユーロが安くなっているのも追い風であった。
バルセロナ出身の同僚曰く、「10月11月は暖かいけれど、雨が多いので注意」との事であった。日頃の行いの所以であろうか、バルセロナの空港に着いてみると写真の如く見事に雨。まあ仕方ないか。。。しかし暖かい!スウェーデンから着てきた上着は、すっかり無用の長物になりそうである。何しろ、11月のこの時期でも20℃を超える日があるのだから。空港を出る道路沿いには椰子の木が見えた。
なお蛇足ながら、スペイン語でストックホルムは「Estocolmo」である。荷物の受け取りの時に一回まごついてしまった。御注意あれ。