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スウェーデン生活+その後

2010-2013年スウェーデンに在住し帰国。雑記、鳥・植物の写真
*海外情報はその当時のもの。
*禁無断転載

スペイン旅行その37 コロニア・グエル街歩き

2011-11-13 16:30:21 | 旅行(スペイン・バルセロナ2011)
最後、フラフラとコロニア・グエルの町を歩き回ってみる。町そのものも全てモデルニスモの建築である(ただしガウディが関与したのは教会のみ)。19世紀末の名建築の数々が見られる。ただし中に住んでいる人々は一般の人々であり、プロパンガス?か何かを搬入するトラックも見かけた。
ガイドブックによると上写真と下の左から2枚はオルダル邸、左から3枚目から5枚目まではエスピナル邸で、いずれもジョアン・ルピオー・イ・ベイルベー(Joan Rubió i Bellver)の作とある。何れも繊細なレンガの模様が際立っている。最後から2枚目は広場に立つグエルの像。最後は教区の家とあり、フランセスク・バレンゲー・イ・ベイルベイー(Francesc Berenguer i Bellvehi)の作とある。静かな町であり、ぼんやりと歩き回るには適した場所だと思う。

さて、周囲の干渉が一切なく仕事に没頭できた筈のガウディなのに、どうして教会堂の建設を途中で止めてしまったのであろうか?現在でもその明確な理由は明らかではない。ただ、1909年に発生した以下の事件が大きく関わっていた様である。
Wikipedia「悲劇の一週間」
もともとモロッコでの軍事作戦に伴う徴兵に端を発した暴動であったが、やがて反教会運動になり、教会や神学校、さらには富裕層の家などが襲撃される事態になった。この情勢ではグエルはコロニア・グエル計画への出資を一回中断せざるを得なかった。何より、当時の人々が教会というものをどう見ていたかを端的に示している事件であったと言えよう。さらにガウディ自身も健康に異常を生じ、静養を余儀なくされたりもした。彼が何を考えて判断したのたかは定かではないが、最終的に彼は全ての仕事から手を引き、サグラダファミリアの建設の仕事一つだけに人生の全てを捧げて行くのである。
この手の「兵どもが夢の跡」的な遺跡を見せられると、ちょっと感慨にふけってしまう。日本人だからであろうか。


スペイン旅行その36 コロニア・グエル教会堂

2011-11-13 15:50:13 | 旅行(スペイン・バルセロナ2011)
一通り見たところで、観光案内所に戻ってみる。案内所には教会堂についてもう少し突っ込んだ説明が残されている。この教会が何故最高傑作と呼ばれるかと言うと、ガウディが構想、設計段階から一切外部からの干渉を受けることなく作れた教会とされている事に由来する。
この建築において有名なのが上に掲げた写真である。何をしているかと言うと、放物線を多用した曲線を作り出すため、紐を天井からさかさまに吊り下げているのである。「逆さ吊り実験」「逆さ吊り構造模型」などと呼ばれている。紐のあちこちにくっついているのは空気銃の弾丸を詰めたものである。最終的にこれを紙で包み、それを写真に撮り、その上でデッサンをしたという。19世紀末と言えばコンピューターも何もない時代である。よくこれだけ創意工夫をしたものだと感心する。
下写真はいずれも観光案内所のもの。一番左は恐らく最終完成予想図。中央は観光案内所の2階にある復元された逆さ吊り模型。最後はその模型の下にある鏡で、完成予定図を想像することが出来る。


スペイン旅行その35 コロニア・グエル教会堂

2011-11-13 09:09:14 | 旅行(スペイン・バルセロナ2011)
最初、教会内部の撮影は諦めていた。教会の入り口にカメラの上に斜め線が入ったマークがついていたのだ。しかし中に職員の人が座っている。思い切って聞いて見る。写真を撮って駄目、というのは全ての写真が駄目なのか、それともフラッシュをたくなという意味なのか、どちらなのか?。。。答は後者。フラッシュをたかないなら良い、という事であった。そこで安心して写真を撮ってみる。上写真はステンドグラスの内側である。
下一番左は礼拝堂の正面。ちなみに中央の祭壇はガウディが仕事から手を引いた後に作られたものである。3枚目はキリスト礼拝堂で、この周囲だけが白い漆喰塗りになっている。4枚目は聖水器と呼ばれるものである。貝殻はフィリピン・ルソン島から運ばれた大シャコガイで、これを独特のデザインの鉄の器具で支えている。最後はステンドグラスを開いたところ。下の鎖を引っ張ると、写真の様に蝶が羽を広げた様に開く。


スペイン旅行その34 コロニア・グエル教会堂

2011-11-13 08:59:44 | 旅行(スペイン・バルセロナ2011)
足跡を辿ると観光案内所に着く。案内所でチケットを買い、その後教えて貰った教会堂に着いた。緑の中、静かな場所である。いるのは椅子に腰かけた係員一人だけ。静かな場所である。
ガウディの最高傑作ということであるが、実際は未完成のままで終わった教会である。
コロニア・グエル
この当時は、都市の発展と同時に貧富の差も拡大し、労働紛争が各地で発生してきていた。実際、グエルも工場長の一人を労働紛争で殺害されている。彼はここに労働者を隔離して、理想的な労働環境を作ろうと考えたのであった。工場に住宅を隣接して建て、そこに教会を始めとした文化施設も一式揃え、貧しい農村の人々を迎え入れようとしたのである。ガウディも特に晩年は熱心なカトリック教徒であり、これに協力して中心の教会堂の建設を請け負うのである。
結局は未完成に終わった教会ではあるが、完成した部分だけでも十分美しい。下に外からの写真を並べてみる。左から2枚目はステンドグラスの外見。3枚目はポーチ下層部で、周囲から1段下がった場所である。最後から3枚目の写真の右下には、有名な聖具室の換気グリルのデザインが見える。最後から2枚目には魚のレリーフが見えるが、魚はキリスト、あるいはキリスト者の象徴である。階段で2階部分に登る事も出来る。2階には何もないが、最後の写真の様に街並みを一望できる。


スペイン旅行その33 コロニア・グエル

2011-11-13 08:49:54 | 旅行(スペイン・バルセロナ2011)
一晩寝て次の日は、朝から綺麗に晴れてくれた。この日は同じくカタルーニャ鉄道に乗り、バルセロナ近郊のコロニア・グエル(Colònia Güell)を目指してみる。昨日と同じくカタルーニャ鉄道(今度はR5線ではなくS4線またはS8、S33線)に乗り、20分程度。駅名がそのままコロニア・グエルになっているのですぐに分かる。ここにガウディの最晩年の最高傑作があるという。
駅は無人駅で、写真の通り駅の周辺には誰もいない。どうしたものか?と思ったが、駅を出てみるとすぐに分かった。下一番左の写真の様に、青い足跡が駅の出口から点々と続いているのである。これに沿って歩けばよいのだ。
周囲は完全に田舎町で、どこかで鶏の鳴く声が聞こえる。11月だが、まだ周囲は青々としており、最後の写真の様な背の高い(人よりも余裕で高い)猫じゃらしの様な草が大量に生えている。


スペイン旅行その21 夜の街歩き

2011-11-11 23:35:34 | 旅行(スペイン・バルセロナ2011)
最後、夜の街をフラフラ歩きまわりつつ撮った写真を並べてみる。バルセロナはどうも夜型の街らしい。上に示す通り、夜の人通りは物凄い。以下は下の写真について。左から。

1枚目:ピカソが通い詰めたと言われるカフェ、クワトロ・ガッツ(4 Gats)である。現在のカフェは一回閉店したのを復元して再開したもの。でも味は良いらしく、人は入っていた。興味のある方はどうぞ。
2枚目:民族舞踊、サルダーナ。独特のゆっくりしたリズムで踊っている。年配の人が良く踊っていた。人の輪の大きさはまちまちで、最小では3人で踊っているところも見た。さすがに2人では無理だろう。
3枚目:道端にあった電光掲示板の温度計。夜8時過ぎの段階で17℃である。繰り返すが、これで11月なのだ。
4枚目:路地裏にあった小さな聖像。
5枚目:カタルーニャ広場脇の通り。夜8時過ぎ。凄まじい人ごみである。日本を思い出してしまった。


スペイン旅行その20 カタルーニャ音楽堂

2011-11-11 21:10:46 | 旅行(スペイン・バルセロナ2011)
本日の最後を飾るのはカタルーニャ音楽堂(Palau de la Música Catalana)である。サン・パウ病院と同じく、ドメネク・イ・モンタネールの作品で、こちらも世界遺産に指定されている。美しい建物である。ガウディに比較すると、素直というか優等生というか、豪華ながら丁寧な作りを感じさせる。夜の闇の中でも、カラフルな建物であることがはっきり分かる。
最後の写真で拡大したが、手すりの下に着いているガラスの中には理髪店の様なねじれた構造物が入っていて、光が当たると微妙に輝く様に出来ている。左から4枚目は玄関ホールの中。恐らくは何かの劇の上演中なのだろう。現役の劇場として使われている建物なのだ。


スペイン旅行その19 カテドラル

2011-11-11 20:48:23 | 旅行(スペイン・バルセロナ2011)
到着したのがカテドラルである。夜だがまだ開いていた。ライトアップされていればもっと綺麗だったのであろうが、どうも大規模な改装中らしく、上の方はシートに覆われている。外にはライトなどは無く、残念ながら夜になれば外側は殆ど見えなかった。地元の人らしき人達が大量に出入りしている。奥ではミサらしき事が行われていて、彼らにとっては日常の空間の一つなのだと実感する。13世紀に建造を開始され、150年をかけて完成したとあり、随分歴史の古いものである。このすぐ近くが王宮だったそうで、「地球の歩き方」によれば、コロンブスが新大陸発見の報告を王にする際に登った階段というのがこのカテドラルの裏手にあるそうだ。
改修にはかなりの修復費用がかかるらしく、下写真の最後の様なパンフレットが各国語で置かれていた。石の寄進を募っているようなのである。バルセロナの歴史に名前を刻みたいと思っている方、是非どうぞ。


スペイン旅行その18 建築士会会館の壁画

2011-11-10 21:40:53 | 旅行(スペイン・バルセロナ2011)
グエル公園を散策し、街に戻ると午後4時くらい。少し軽食をとる。。つもりであったが、見た景色を頭の中で反芻しながら食べているうちについついダラダラしてしまう。後述するが、何といっても食事自体も美味いのだ。気づくとすっかり夜になってしまった。でももう少し街をフラフラと歩いてみたい。
確かカテドラル(Catedral)なら多少遅くまで開いていた筈である。そちらに向かって歩いてみる。途中の道に現れるのが、写真の建築士会会館の壁画(Mural del Col. Legi d'Arquitectes)である。シンプルだが見ていて楽しくなる。何かのお祭りの景色であろうか。ピカソの作である。


スペイン旅行その17 ガウディの家博物館

2011-11-10 20:48:12 | 旅行(スペイン・バルセロナ2011)
グエル公園内部の、そのガウディが買い入れた住宅であるが、現在は博物館として公開されている。こじんまりとした邸宅である。ガウディも一時はここに実際に暮らしていたらしい。彼が設計した家具などが展示されているが、なかなか独特である。彼は直線を嫌ったと言われ、家具も曲線を生かしたものが多い。これと同じような家がこの公園内に60件並んだ光景を想像してみる。完成していたらどんな集合住宅になっていたのであろうか?
独特の形の家具・家であるが、何となく住んでいたら落ち着きそうな感じである。ガウディは未完成の公園の中のこの家に一人で暮らして、何を考えていたのであろうか。