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スウェーデン生活+その後

2010-2013年スウェーデンに在住し帰国。雑記、鳥・植物の写真
*海外情報はその当時のもの。
*禁無断転載

御徒町その15

2018-06-07 00:35:05 | 日本国内旅行(東京・御徒町2018)
金唐革紙について。同じ2階の違う部屋からである。こちらは色鮮やかな色彩のものが貼られている。
元々は鎖国下にあった江戸時代、スペインからもたらされた革工芸品が始まりである。革細工に金泥で装飾をしたもので、当時珍重された。そこで、これに近いものを日本の技術で作ろうとしたのである。結果、和紙と錫箔、ワニスなどを使用して独特の壁紙を作る技術が生み出された。和紙を下右写真の円形の版木に巻き付け、刷毛を使って丁寧に押し、模様を打ち出したのである。錫箔とワニスをぬることで金色が生まれ、そこに手作業で色を加えたのだ。昭和期には廃れ、一時は「忘れられた技術」となっていたが、近年になり研究が進み復活した。繊細な技術、是非一度直接ご覧あれ。
Wikipedia「金唐革紙」


御徒町その14

2018-06-05 23:52:21 | 日本国内旅行(東京・御徒町2018)
2階に上がって。客室である。古い雰囲気が伝わってくる。壁には古いスイッチ(下中央写真)が残り、これは押すと使用人の部屋でランプがつく仕掛けになっていた。おそらくは使用人を呼ぶためのものであったのだろうが、各々のスイッチが何を意味していたか、今となっては全く不明だそうである。
そして注目すべきは壁紙である。「金唐革紙(きんからかわし)」と呼ばれる装飾紙(下右写真)が貼られているのだ。竣工当時のものは時と共に色が落ちてしまい、昭和のころにはくすんだ色になっていた。終戦後、一時期この邸はGHQに接収されてしまうのだが、この際にくすんだ壁紙を見たアメリカ軍関係者は壁をペンキで塗ってしまったのである。金唐革紙はペンキの下に隠れて忘れられていたが、GHQが去ったあと、ペンキの塗り残しの部分が研究されて下にあった金唐革紙が発見されたのである。現在貼ってある壁紙は10年以上前に復元された複製品である。


御徒町その12

2018-06-05 23:27:18 | 日本国内旅行(東京・御徒町2018)
次は書斎である。岩崎久弥が実際に三菱の社員との打ち合わせなどに使っていた部屋である。下写真のキャビネットも当時のものである。書斎の奥に久弥が座っていたところを何となく想像してみる。
久弥について。三菱の3代目社長として事業の多角化・合理化に功績のあった人物である。特に農業に造詣が深く、岩手県の小岩井農場のオーナーとなったことでも知られる。ご存じの方もおられるかも知れないが、「小岩井」は地名ではなく、日本鉄道会社副社長の「小野義眞」、三菱の「岩崎弥之助」、鉄道庁長官の「井上勝」の3人の共同創始者の頭文字をとって名付けられたのである。その後に岩崎久弥がオーナーとなり引き継いだ。岩崎はこの農場を愛し、毎年家族で小岩井農場に訪れていたのだという。
Wikipedia「岩崎久弥」
Wikipedia「小岩井農場」


御徒町その10

2018-06-04 23:22:21 | 日本国内旅行(東京・御徒町2018)
まず一階から。婦人客室である。天井に注目あれ。こちらの天井は布張りに日本刺繍で模様を描いたもの(下左・中央写真)で、これは建設当初のものが残っている。色はくすんできているが、100年以上昔の華やかさを微かに伝えている。また角にはイスラム建築風の空間があり、そこに棚があって、当時使っていたグラスが展示されていた(下右)。フランス・バカラ(Baccarat)社製のグラスである。ただグラスに彫り込まれている植物が日本の植物なので、おそらくは特注品なのではないかと考えられているそうである。
Wikipedia「バカラ (ガラス)」


御徒町その8

2018-06-03 23:20:07 | 日本国内旅行(東京・御徒町2018)
さて洋館に入る。現在は改装工事中で、外には写真の通り覆いがかけられていた。
岩崎久弥について。三菱の社長としては3代目となる(2代目は弥太郎の弟・弥之助)。社長に就任した時若干28歳であった。アメリカ留学経験もあり、迎賓館としてこの屋敷を発注したのである。設計はお雇い外国人のジョサイア・コンドルで、鹿鳴館をはじめとして日本各地に名建築を残した人である。17世紀に英国で流行したジャコビアン様式という様式だった。この屋敷の竣工時、岩崎久弥は30歳台前半、コンドルも40歳台の半ばくらいの年齢である。若い力が国の中心であった。
京都その11
カバーは残念だが、雰囲気のある建物である。散策をする人がちらほら。ここには外国人観光客の姿は少ない。中に入ってみる。
Wikipedia「ジョサイア・コンドル」

御徒町その7

2018-06-03 19:00:48 | 日本国内旅行(東京・御徒町2018)
門を入って坂道を登っていくと、受付がある。その脇に小さな石塀(下左写真)があり、その上部に注目されたし。上写真のようなマークが刻まれているのである。
このマークは岩崎家の家紋・「重ね三階菱」である。これに当時の土佐藩(現在の高知県)の藩主、山内家の家紋である「三つ柏」をかけ合わせたものが、現在の三菱のマークとして広く知られる「スリーダイヤ」のマークなのである。高知県の血は脈々と三菱の中に流れているのだ。
Wikipedia「スリーダイヤ」


御徒町その6

2018-06-03 15:06:13 | 日本国内旅行(東京・御徒町2018)
そして到着したのがこちら、「旧岩崎邸庭園」である。今では東京都の所蔵する重要文化財である。
「岩崎」は言わずと知れた三菱グループの創始者一族である。現在の高知県安芸市の出身であった下級士族・岩崎弥太郎が、明治期に築き上げたのが三菱財閥で、重工業、自動車、銀行、造船など多くの事業を手がけている。俗に「三大財閥」と言えば三井、住友、三菱であるが、前二者は江戸時代から続く歴史を持つのに対し、三菱は文字通り岩崎弥太郎が一代で作り上げた。
こちら岩崎邸はその弥太郎の長男、岩崎久弥が作った屋敷である。その昔は東京ドーム一個分の土地を使っていたそうであるから、その贅はおして知るべし。入ってみることにした。
Wikipedia「旧岩崎邸庭園」