『今日の一冊』by 大人のための児童文学案内人☆詩乃

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木かげの家の小人たち

2016-09-10 06:23:12 | ファンタジー・日本


『木かげの家の小人たち』いぬいとみこ作 吉井忠画 福音館書店


実はこの本、両親の蔵書にあったため、幼い頃からずーっと背表紙は見ていました。でも、手に取る気がしなかったんです。当時海外の児童文学が好きだった私は日本人の書くファンタジーをどことなく信じていなかったから『霧のむこうのふしぎな町』で感じた「なんだかなあ」が日本のファンタジーにはありそうな気がして・・・。小人ものは『床下の小人たち』(アリエッティの原作です)のメアリー・ノートン!とも思っていましたしね。そんなわけで、この物語が戦争文学だということも知らなかったんです第5回児童文学ピクニックのテーマが“戦争と平和”だったのでやっとこさ手にとったというわけです。

≪『木かげの家の小人たち』あらすじ≫
森山家の末っ子、ゆりには秘密の大切な仕事がありました。それは森山家に住んでいる四人のイギリス生まれの小人たちに、かならず毎朝一杯のミルクを届けることでした。しかし日本は大きな戦争に突入し、ミルク運びは次第に困難になっていきます。…日本児童文学史上に残る傑作ファンタジーです。小学校中級以上。(BOOKデータベースよりそのまま転載)


まずですね、「物語のまえに」という導入のようなところで、こんなことが書かれているんです。

 人はそれぞれこの地上のどこかに「だれもゆけない土地」を持っています。その人自身のいちばんたいせつな、愛するものの住んでいる「ふしぎな土地」を。・・・また、ある人は、ヤナギの葉うらが銀色にひるがえる楽しい川べに、「だれもゆけない土地」をもっていました。

おおおお、『たのしい川べ』(ケネス・グレーアム)かあ!本の題名は書かれていなくて内容だけが書かれていたのだけれど、今なら分かる、私も分かる!とちょい興奮。導入部分でいきなり秘密を共有する仲間意識のようなものが生まれました

戦争文学なので、刻々と迫る戦争、不穏な空気がたえず漂い、決して明るい物語ではないんです。それでも、やっぱり小人たちの工夫をこらした生活にはワクワク

とても考えさせられたのは、戦争は家族の思いをも引き裂くということ。
英文学者だった森山家の父は、外国の本をたくさん所蔵しているため「(非国民の)疑いがある」ということで投獄されてしまいます。母、長男の哲兄さん、ゆりは父の無実を信じ、そんな父を投獄する戦争はどこかおかしいのではと思うのですが、「お国の役に立ちたい。軍人になりたい」と願う正義感の強い次男の信はそんな父を軽蔑していくのです。そんなんですから、ただでさえ手に入れるのが難しいミルクを外国の小人たちに毎日与え、かくまうことに疑問を感じるのもムリありません。
これね、小人だから何となく現実離れして見えますが、ユダヤ人をかくまったドイツの人たちの緊迫した思いを考えると胸がしめつけられました。家族内だって、森山家のようにみなが同じ考えではなかったでしょう。戦争は、価値観の違いで家族をも引き裂いてしまう・・・とても残酷だと実感させられます。

ゆりは小人たちと共に自然豊かな野尻湖にある遠縁の叔母の家に疎開するのですが、田舎の人たちがまたねえ。親切なのだけれど、ゆりの父が投獄されてると知るやいなや手の平返したような態度に出る・・・これが現実。一方、ミルクをあげることができなくなったゆりの元を離れた小人たちは、森でアマネジャキ(天邪鬼)と呼ばれる新しい友だちができたり、イキイキします。保守的な両親に対し、しっかりと自分の考えを持ち、自立していく小人の子どもたちは見ていてすがすがしい!

最後に小人たちを日本に残していったミス・マクラクランがそもそもなぜ来日したかが語られるのですが、その理由を聞いてハッとしました。海のむこうに静かな小さな国があって、そこには西洋人のわすれてしまった「美しい心」があると聞いて、ミス・マクラクランは日本で教育者として一生を送るつもりで来日したのです。そう、まだ武士道が生きていた頃の日本人は、外国から来る人々をびっくりさせる高潔な精神を持っていたのですよね。失われた日本の「美しい心」を取り戻したい、そんなことも思いました。

戦争の悲惨な場面は一切描かれていませんが、戦争のもたらす苦しみ、悲しみを静かに実感させてくれる名作でした

では、京都に行ってきまーす

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