『今日の一冊』by 大人のための児童文学案内人☆詩乃

大人だって児童文学を楽しみたい、いや、大人こそ読みたい。
ハッとする気づきのある絵本や児童文学をご紹介♪

ひみつ♪な絵本特集

2017-06-29 10:52:15 | 絵本


前回の児童文学ピクニックのテーマ『ひみつ・かくれ家』は、絵本もいっぱい
ありすぎるので、いくつかセレクトしてピックアップしてみますね

まずは、3年生の読み聞かせで喜ばれたのがコチラ↓


『ひみつだから!』ジョンバーニンガム作・絵 福本友美子絵

夜になるとふらっといなくなって、朝になっては帰ってくるネコ。ネコは一体夜どこに行ってるの?そんな疑問から生まれた楽しい物語。犬に見つからないように気をつけながら、ネコの女王さめのパーティーへ!
読み始める前に、

“ねえ、ネコって夜どこ行っちゃうのかな、って思ったことなあい?どこ行くか知ってる人~?”

って一言聞いてから、始めると、子どもたちはぐっと物語に引き付けられるようです


お次は、コチラも3年生の読み聞かせで、子どもたちが大喜びだった一冊↓


『ひみつのひきだしあけた?』あまんきみこ作 やまわきゆりこ絵

“わあ、『ぐりとぐら』と同じ絵だあ!『ぐりとぐら』持ってるー!”


って何人もの子が声あげます(かわいかったなあ)。お話を書いたのは、あまんきみこさんですが、山脇百合子さんの絵というだけで、子どもたちは嬉しくなっちゃうみたい。いかに親しみがあるかが、分かります。ストーリーもおばあさんの引き出しがするするするする、どんどん伸びて、壁に穴開けて、まだ伸びて、庭にまでいっちゃうところが面白い。


隠れ家だったら、やっぱり木や茂み、自然と結びついてるものがワクワクします
私はやっぱりこの2冊!


『おおきなきがほしい』佐藤さとる作 村上勉絵

古い絵本ですが、子どもの夢がぎゅぎゅっと詰まっていて、今の子たちが読んだってワックワク。木の上のおうち、いいな。作者はコロボックルシリーズの佐藤さとるさんです。


『みどりの船』クエンティン・ブレイク作・絵 千葉茂樹訳

こちらは、以前このブログでも詳しくご紹介しました(そのときの記事はコチラをクリック)が、5年生のときの読み聞かせだったかな?のとき、子どもたちからも大好評だった物語。ごっこ遊びの金字塔!


絵が美しくて、しんみりいいなあと思うのは、『長くつしたのピッピ』や『やかまし村』シリーズでお馴染みのリンドグレーンのコチラ↓

『ひみつのいもうと』A・リンドグレーン作 ハンス・アーノルド訳 石井登志子訳

空想で生み出した秘密の双子の妹と、美しい谷などに冒険に出かける物語。これは、女の子は好きだなあ


一方力強く、ちょっぴりシュール(?)な絵でうちの次男坊(小3)を魅了したのはコチラ↓


『ひみつの川』マージョリー・キナン・ローリングズ作 ダイアン・ディロン絵 小島希里訳

作者は『子鹿物語』を書いた人なんですね。3年生の読み聞かせで読んでほしい!と次男からリクエストされたのですが、文字数多く、教室で大勢相手に読むのには向いてないかも。絵がね、どちらかというとちょっとマオリやハワイアンの神話に通ずるようなところがある。だからなのかな、なんだか神秘的。

ほかにもい~っぱいあるのですが、長くなるので、今日はこんなところで!




愛する家族の突然の死『エイボン家の小さなひみつ』

2017-06-27 20:29:39 | アメリカ文学


『エイボン家の小さなひみつ』(2001年)ラルフ・フレッチャー作 はらるい訳 
小泉るみ子絵 文研じゅにべーる
 FIG PUDDING, 1995 Ralph J. Fletcher


男5人、女1人の6人兄弟の物語!

5年生長男「よい子の見本」であり、兄弟をとりまとめることを両親から期待されているクリフ

4年生のネイトはぬけめなく、いつも誰かをからかっている。

3年生の長女シンは、ベジタリアンの親友に感化され自分の家に嫌気がさしている。

2年生のテディーは落ち着くことがなく、常にいたずらをしている。

1年生のブラッドはシンの仲良しで素直。性格がよくて、いつもネイトに騙される。

2歳のかわいいジョッシュは「チャイ・アチョがほちいの」と言って、それが何を指してるのか分からずみなを困らせる。

個性豊かなエイボン家のメンバーが繰り広げる一年間を描いた物語

日本語版、挿絵も現代っこたちにも受け入れられそうな感じ。ちなみに原書の表紙はこんな感じ↓



前半は、ほっこりする大家族の物語です。長男の複雑な心境も丁寧に描いている。長男クリフが新しくもらった自分の釣り道具を兄弟に貸したくなくて、父を裏切ってしまうエピソードはとってもいい。こういうことって、あるよなあ。それに対する父親の対応もすごくよくて、我が身を振り返って反省させられます。子どもの気持ち、忘れちゃいけないね。

ところが、後半は青天の霹靂。ブラッドが突然の交通事故で亡くなり、悲しみのどん底へ。平凡な日常って当たり前じゃないんですね。喧嘩できてたことすら愛おしい。
ブラッドの死がなかなか受け入れられなくて、家族の心がバラバラになりかけていたのですが、あるアクシデントに伴う秘密を共有することで、また一つになるのです。小さな秘密。原題のFIG PUDDING(いちじくプリン)が秘密なんですけどね、本当にくだらないことなんです。でも、こういうことが大事で、愛おしくて、救いなんです。

そしてね、思うのです、現実の人生も同じかな、って。死は誰にでも訪れるもの。突然に。けれど、なぜか自分の周りには“まだまだ”起こらないって思ってる人多いのではないでしょうか。

私の母は持病があって病死でしたが、思えば病死は、周りの家族にとってはありがたいことなのかもしれない。ある程度予想がつくというか、覚悟ができるから。一方、交通事故は本当に突然で、気持ちの持って行き場がないんだなあ、とこの物語を読んで思いました。

長男のクリフは泣けないのです。そのことで自分が変だと思い、ビリーおじさんに聞くのですが、海軍に長くいたおじさんの答えがいいんだな。

「変てことあるもんか!」・・・「戦争中、“歩く負傷兵”とよばれる人たちがいた。戦闘部隊にいた人たちだけど、ほとんどが元気そうに見えた。歩きまわることも、食べることも、ふつうに話もできたし、どこも悪くなさそうだった。事実まったく悪くなかった……外見はね。ところが、中はねじれまくってた。考え方や、感情がね。これがうまく働かないんだ。・・・」(中略)「ブラッドを失ったばかりで、おれたちは歩く負傷兵なんじゃないか。おまえも、おじさんも、みんな」

(中略)「人の反応は色々だよ。……バケツいっぱい泣く人もいりゃ、胸のうちにじっとためこむ人もいる。愛する人が死んだとき、大きな悲しみのどんぶりを、目の前にドンとだされるんだ。湯気の立ってる熱いやつをな。いま食べはじめてもいいし、さましてからちびしび食べてもいい。どっちにしたって、最後はぜんぶ食べることになるんだ。どっちでもまったく関係ないさ。」(P.150)


消化にかかる時間は人それぞれなのです。
後半は悲しいけれど、それでも、また家族は一つになり、笑えるようになるのです。日常って愛おしいと思える物語
小学校4年生くらいからですが、読み聞かせてあげるのなら低学年でもいけそうです。

第12回児童文学ピクニック

2017-06-26 17:48:49 | 児童文学cafe&picnic


今日は『ひみつ・かくれ家』がテーマの児童文学ピクニックでした~

いやあ、秘密テーマのもの多い!そう、秘密って、人を成長させる大きな要素なんです!児童文学って基本成長物語だから、どうしても部分的にせよ、秘密が入ってくる物語が多いんですよね

ところで、こういう成長の原動力になる秘密って何歳ぐらいから発生してくると思いますか?
 
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答えは、小学3~4年生からなんですって
第二次反抗期に入ると、現実的な願望が生まれて、そこから現実の壁と自分の限界(欠点・弱点)を実感し、そこに秘密が発生してくるのだそうです。この人とは秘密が共有できる、この人とはできない、そんな感じで、秘密は、対人関係の距離感覚の訓練になるそう。自分を知る第一歩=自分の欠点・弱点を知ったとき、これが真の自立の第一歩になる

秘密ってなかなか奥が深いんですねえ

さて、そんな秘密といっても色んなタイプに分かれます。

出生・生い立ち・過去の秘密、隠れ家・秘密の場所、秘密のプレゼント、秘密の交流・友情、人には知られたくないネガティブな秘密、身に危険が・存在を守るための秘密、秘密の計画、探り出したい・解明したい秘密

で、今回は区分してみました。秘密は冒険とも結びつきがちなので、男子向けのワクワクな本もいっぱい。
引き続き、一冊ずつ紹介していきますね。

そして、そして、今回も美味しいものが並びましたよ♪



瓶詰の中身は、ズッキーニとポテトのレモン醤油マリネ、ズッキーニとトマトのマリネ、ひじきのマリネ、チャナダルカレー、梅ジャム、生ハチミツレモン。デザートには枇杷の種杏仁豆腐!美味でした

今回が2回目の参加の方から、
“もっと早くにこの集まりを知っていればよかった!初回から参加していたかった!”
の声があり、とても嬉しかったです。もっともっと魅力のあるピクニックにしていきたいです

よるの美容院

2017-06-25 16:35:14 | 日本文学


『よるの美容院』(2012年)市川朔久子作 講談社 234頁
第52回講談社児童文学新人賞受賞作


とても優しくて、穏やかな時間が流れている物語。色々あるけれど、人っていいな、と思わせてくれる。ああ、これはドラマ化とか映画化されたものを見たいなあ

≪『よるの美容院』あらすじ≫
まゆ子とタケルは幼なじみで、中学受験仲間。ある日、タケルの交通事故を目撃してしまったことがきっかけで、次第に声を出せなくなってしまうまゆ子。最初は学校でだけ話せず、家では普通にしゃべれていたのに、授業参観をきっかけに「わけありの子」として見られることに・・・。耐えがたくなってきたまゆ子は、遠縁のおばであるナオコ先生のもと『ひるま美容院』に預けられ、そこで、さまざまな人と出会い、自分の殻を破っていく。声を失った少女の再生物語。


■ シャンプーはいろんなものを洗い流してくれる


シャンプーをしている場面の描写がですね、なんともいえずいいのです

 ごし、ごし、ごし、ごし。
 指先が、呼吸に合わせてリズミカルに動く。
 ナオコ先生の指のぬくもりが心地いい。じんわりとしみこんで、まゆ子の頭もぽかぽかとしてくる。髪の毛のすぐ下を、地がぐんぐんとめぐっていく。
 ふと指がはなれ、ざあっという音とともに温かいお湯が肌を伝い落ちた。細やかなお湯のつぶがパチパチと地肌をたたきながら、まゆ子の頭からいろんなものを洗い流していく。温かい湯気が胸の奥まで満ちる。(P.161)

吉本ばななが好きな人は好きなんじゃないかな、この物語。作者の人を見る目がとても暖かいのです。人って不器用で、意固地で、自分ではどうしようもなくって・・・でも愛おしいの。


■ みんな各々何かを抱えている

ひるま美容院の登場人物には、まゆ子以外にも“何か”を抱えている人が、いっぱい出てきます。

お手伝いのサワちゃんはおしゃれな現代っ子で、なぜ昔ながらの美容院にいるのか謎。

まゆ子が唯一声を出してしゃべれる相手である颯太は、サワちゃんとは血のつながっていない姉弟。

ナオコ先生もどうやら出戻りらしい。

昔まゆ子のお母さんも何か思い詰めてひるま美容院に来たことがあったりとか、まゆ子に着せた着物は誰のものだったのか、とか明かされないままの謎もいっぱいのまま物語は閉じます。そこもまたいい。全て語られないところがいい。それぞれに、みな物語を抱えてるんだなあ、って。

とはいえ、私は妄想しますよ。ナオコ先生って、まゆ子のお母さんの義理のお母さんだったんじゃないかな、って。
幼い頃一時一緒に暮らした、血のつながってない親子。あの着物は一緒に暮らしたときの思い出で、まゆ子のお母さんに着せたものなんじゃないかなー、って。一緒に暮らした期間は短く、結婚式には呼んでもらったけれど、縁は切れているからなんとなく疎遠になって・・・で、まゆ子のお母さんは何かで思い詰めたときに、初めてひるま美容院を訪ねる。そのときの温かさが忘れられなくて、自分の娘の託す先として真っ先に思い浮かんだのがひるま美容院だった、んじゃないかなあ。(勝手な憶測です


■ 古き良き日本の魅力・場の力

そして、ナオコ先生はもちろんのこと、この物語の最大の魅力は、“場”があること。ありのままの自分を受け入れてくれる“場”。昔ながらの美容院って、美容院というよりパーマ屋さん。ちょっとスナックにも似たところがあって、社交場であり語り場なんですね。色んな人が色んな思いを抱えてやってくる。ナオコ先生の天使の手で、髪を洗ってもらいたくて。癒しの場なんです。

もう一つ、この美容院のある「こでまり商店街」自体もまたいいんだなあ
「こでまり商店街」の人たちは、ほんのちょっとでも見知った顔が通れば、お店の人もお役さんもひとこと声をかけずにはいられない人種。まゆ子のようなわけありの子だってかまうことはない。ちょっと、おせっかい。でも、それが人と人のつながりを実感できる、そんな古き良き日本がここにはあるんです

ひるま美容院に来る前、いろんな人がまゆ子母子を助けようと、いろんな知恵をさずけようとしてくれていたんですね。本や新聞記事やインターネットの情報から神社のお守りやらなんやらであふれかえる家。本だけでも、医学書セラピー、児童心理、スピリチュアルetc.etc.まゆ子親子がそれらにさんざんふりまわされ、つかれはて、送り主の「しんせつ」が、母子を追い詰めてしまっていた。

でもね、ナオコ先生はいうのです

「ねえ、まゆ子。声が出ないのは、悪いことかしら?」(P.90)


って。まるっと受け止めてくれるのです。おいつめない。

親子だけじゃね、煮詰まっちゃうこともあるの。近すぎて見えないこともいっぱいあるの
他人が入って、みんなで子育てしようよ。親ではどうしようもできないこと、他人がすっと心に入れることもある。素直になれることもある。

淡い初恋にもキュンキュンしてしまう、心に染み入る物語でした





歴史にするには早過ぎる

2017-06-23 20:42:02 | 日本文学



『太陽の子』 灰谷健次郎作 角川文庫


今日は沖縄慰霊の日だそうです。お恥ずかしながら、私知りませんでした。沖縄好きで、何回か遊びに行っているというのに!Yahooニュースにも載りませんしね・・・。教えてくれたKさん、ありがとう!というわけで、今日の一冊はコチラ。『太陽の子』です。

昨日紹介した『ナオミの秘密』は、物理的な戦争が終わっても心の中での戦争の苦しみは終わらないユダヤ人の人たちの話でした。
同じように日本でも、特に沖縄の人たちの苦しみは長引いたこと、もはや知らない世代が多くなってきたのではないでしょうか。そんな沖縄の人たちの苦しみを知ったきっかけが、私にとっては『太陽の子』だったんです。当時小学校の高学年だったでしょうか、この物語は強烈で、ガツーンと殴られたような気分でした。え?え?戦争終わってるのに???って。まだトラウマという概念すら知らない小学生時代でしたから・・・。

≪『太陽の子』あらすじ≫
ふうちゃんは、神戸生まれの女の子。おとうさんとおかあさんは沖縄出身で、神戸の下町で琉球料理の店「てだのふあ・おきなわ亭」を営んでいる。やさしい常連さんたちに囲まれて明るく育ったふうちゃんだが、六年生になった頃、おとうさんが心の病気で苦しむようになる。おとうさんの病気の原因は何なのか?ふうちゃんは、「沖縄と戦争」にその鍵があることに気づきはじめる…。戦争は本当に終わっているのだろうか。なぜおとうさんの心の中でだけ戦争は続くのか?今、日本人が本当に知らなくてはならないことがここにある。(BOOKデータベースより転載)


灰谷健次郎さんって、なぜか批判も多い。身近なお友だちでも、灰谷さんと出身地が同じ人が「大っキライ!」と公言している人もいる。彼の問題を指摘している文章も色々読んでみました。確かに、当たっているところもあるのかもしれない。

でもね。当時小学生だった私に、こういう現実もあるんだよ、と強烈なインパクトで教えてくれたことは、やはり大きかったのです。この物語を通じて、私は沖縄の悲劇を忘れまい、と思うようになりました(なんて言いつつ慰霊の日があるのも知りませんでしたが)。繰り返してはいけないと思ったもの。ラストのふうちゃんの決意の言葉は、凄みがあって、感動するというよりぞっとさえしたのを覚えています。死んだ人の数を聞かされるより、一人ひとりの人生を知ることのほうが、より戦争の愚かさというものへの理解が深まる。そして、こういう背景を知ったうえで、沖縄を訪ねると、本当に沖縄の人たちの笑顔のすごさが分かります。悲しみに裏打ちされた強さ、笑顔。

6月の運動会で次男(小3)たちは、カチャーシーと、BEGINの“三線の花”でエイサーを踊りました。なんか見てるだけで泣けてきたんですよね。子どもたちが一生懸命踊っているから、というのももちろんありますが、心に響く“何か”がある。沖縄には“何か”があるんですよねえ。

お友だちがリンクを貼ってたモンゴル800の『ひめゆりの詩』、私もリンク貼りますね。

~平和と呼ぶには遠く、歴史にするには早すぎる・・・~

「沖縄 慰霊の日」himeyuri ~ひめゆりの詩~ / MONGOL800