『今日の一冊』by 大人のための児童文学案内人☆詩乃

大人だって児童文学を楽しみたい、いや、大人こそ読みたい。
ハッとする気づきのある絵本や児童文学をご紹介♪

来年に向けて

2016-12-29 21:33:46 | 徒然


今年も残すところ、あとわずか!一年間読んでいただいた方も、通りすがりでふと読んでいただいた方も、みなさまありがとうございました。

2月にブログをはじめて、いつまで続くかなー、とりあえずやってみようと書き始めたら止まらず。絵本や児童文学の奥が深すぎて、面白すぎて、読んだ本に対して感想が追いつかない日々。まずは妄想していないで、とにかく小さな一歩でもいいから具体的に動いてみると、次に動きたいことが見つかる、って本当でした!

さて、やりたいこといっぱいの2017年は、話だけで妄想だけで終わらないよう、実行するぞー!と張り切って買ってみたのはこちらの朝活手帳



今までずーっとあな吉さんの手帳術を愛用し、人にも劇押ししててきた私ですが・・・なんというか浮気したくなったというか。朝活の池田千恵さんの著書は読んだことがないのですが、ちょうど朝活を継続しようと心に決めたら、目に入ってきた手帳だったので買い

正直使い勝手は・・・そんなによくないです。記入欄狭すぎ~。でもね、朝専用タイムスケジュール表とかがあって励みになります。ここにあな吉さん手帳術の付箋を応用!

社会人の人にとっては、一日全体のスケジュール表がないと意味ないと思うのですが、専業主婦にとっては、自分が自由になる時間なんて子どもが寝静まった後か、起きてくる前しかないわけで、その点は私にはぴったりでした。表紙には北海道の画家AKIKO(Aは逆さま)さんのポストカードを入れてみました↓。



オオカミの子宮に人の赤ちゃんが入ってるの。宇宙はココにあるんだということを感じさせてくれる絵。日常に流されて、宇宙的な視点忘れないために、野生の感覚を忘れないために表紙にしてみた。

さて、明日からの年末年始は、お隣さんに便乗して、お隣さんの雪国の別荘へ。お隣さんは今アメリカに拠点を移してしまったのですが、うちと同じ児童養護施設の子のホームステイの受け入れをやはりしていて、里子ちゃんのためだけに一時帰国。本好き里子ちゃんと雪見読書三昧してまいります~(働かないぞ宣言♪)。

2017年はますますパワーアップして、楽しい企画をいろいろしていきたいと思います♪
みなさま良いお年を~

祈りとは『おじいちゃんと森へ』

2016-12-29 06:20:44 | 絵本


『おじいちゃんと森へ』ダグラス・ウッド作 P.J.リンチ絵 加藤則芳訳 平凡社 
2000年クリストファー賞受賞


これは深い絵本。大人が読みたい絵本。子どもたちには面白くないかもしれないけれど、でも絵を通して“自然から何かを感じる力”は大人よりもまだ子どものほうが敏感だと思うから、子どもにもぜひ。

年末になり、一年を振り返るとき、ふと“祈り”って言葉が自分の中から出てくるんです。結局できることは祈ることしかないんだなあ、って。それは、何かを神頼み、お願いするっていうことじゃなくて、心穏やかに色んなものに“思いを馳せる”っていうこと。先月の文化セミナー@小樽でいえば、万物に“みみをすます”っていうこと。

この本に出てくるおじいちゃんは、森を散歩しているときに孫から「祈り」について聞かれ、答えます。木や岩、小川、などみなお祈りしているんだ、と。この世にあるすべてのものは、色々な仕方でお祈りをしているんだ、と。

「生きるものたちそれぞれが、地球上にあるすべての生命が美しくあるようにと、自分たちの命をささげているんだ。命をささげるということ、それ自体が、お祈りなんだよ」

「ひざまずいて花の匂いをかぐことも、お祈りをすることになるんだよ」

「静かに日の出を見つめているとき、地球がゆっくりと回転していることを感じながら、新しい一日のはじまりに、『こんにちは』ってあいさつをすることも、ずっと昔からあるお祈りのひとつなんだ」

「音楽を作ることや絵を描くおとだって、お祈りになるんだ」


さらに、祈りは聞き届けられるのかという孫に質問に対してはこう答えるのです。

「ほとんどのお祈りというものは、ほんとうは問いかけじゃないんだよ」
「じっと耳をかたむけて聞いてみると、お祈りそれ自体がその答えだってことも、よくあるんだ。木や風や水と同じように、ぼくたちはここにいるからお祈りをするんだよ。世界を変えるためではなくて、自分たち自身を変えるためにね・・・・・・」「なぜならば、ぼくたち自身が変わることによって、世界も変わるからなんだ」


孫にはよく分かりませんでした。そして、おじいちゃんが亡くなり、長い間お祈りをしなくなってしまったぼく。成長し、ある日一人で散歩にでかけたとき、突如おじいちゃんが言っていた“地球のお祈りの言葉”(Prayers of the earth)が聞こえてきたのです。“みみをすます”。おじいちゃんが言ってたことが理解できるまでには長い長い時間がかかりました。でも、それが聞こえたとき僕は何かが変わったのです。

ミネソタの自然なのかな。絵もとてもていねいに細部まで描かれていて、ため息が出るほど美しい自然。でもね、C.W.ニコルさんがあとがきを寄せているのですが、何も森まで行かなくても公園でも街中でもいいんだ、っていいます。よく見れば、人間以外の生き物がたくさんいることに気付き、あなたは孤独ではないんですよ、って。何度も何度も読み返したい絵本。

GOGOビリ!

2016-12-28 06:39:38 | 日本文学


岡田淳作 偕成社文庫 186頁 小学校中級から 2006年

『二分間の冒険』をはじめ、子どもたちからとっても人気のある作家岡田淳さん。今ごろ!?って感じですが、実はこのたび初めて読んでみました

『びりっかすの神様』を選んだ理由は、活字嫌いの長男(小5)が感情移入しやすいかなと思ったから。ええ、彼限りなくびりっかすに近い位置におりますもので、おほほほ。このたび持ち帰って来た『あゆみ』も“もう少し”が一つ増えておりましたの。イイネ~。え、よくない!?でも、この物語読んだ後だと、なんだかビリに近いほうがいいことあるような気がしてきちゃう(笑)。

≪『びりっかすの神さま』あらすじ≫
転校してきた始がなぜか毎回ビリになるようがんばっている。理由は、ビリになると、びりっかすさんという最低点の子のところに来る神さまが見え、心の中で会話できるから。そして、それは友だち同士でもできることが分かり、どんどんビリを取りたがる仲間が増えて行く・・・。

いいなあ。なんかこういう物語読むと肩の力が抜ける。このとき書いた養老孟司さんの言葉を思い出し、こういう世界があるとなんだか救われるなあって思います。

【ここがポイント】
・がんばるって何だろう?と考えさせられる(教訓的でなくネ)
・仲間が増えて行くって素敵だなと思える
・ビリが素敵なものに思えてくる(←状況変わらなくとも見える景色が変わってくるの重要!)
・会話文も多く、分かりやすいので低学年には読み聞かせにも


主人公のお父さんは「がんばる」が口癖で、がんばりすぎて早死にしちゃったタイプなんですね。なので、逆にお母さんは子どもに「がんばらなくったっていいのよ」って言います。(このご時世で、いいお母さん)でも、主人公はがんばらないことにもな~んか違和感覚える。ところがね、ビリになるとびりっかすさんが見えると知ってしまったものだから、もう面白くて、ビリになろうとがんばっちゃう(←がんばるんか~い!)。

あとがきによると、「子どもが喜んでビリを取るとしたら、どんな状況なんだろう?それを考えたときびりっかすさんは生まれた」そう。子どもの心で書いているから、この物語は子どもたちからの支持を受けるんだなあ

一人で秘密を抱えていたときも面白かったけれど、友だちと秘密を共有したらもっと面白くなった。次々に仲間が増えるとさらに面白くなった。そのうち、子どもたちは、みんなで最低点を取るために勉強を教え合うようになるんです。ビリから二番目の点数より1点下を目指すので、0点に近い子にとってはそれより上を目指さなくっちゃならないってわけ。だから、勉強を教え合う。これねえ、日本の学校、こういう風にしていけばいいと思うんです。競争させるんじゃなくて、協力させちゃうの、教えあっちゃうの。そのほうが全体的に底上げされるから。子ども同士だとね、なぜその子がその問題を理解できないのか、どこを勘違いしているのかが、大人目線よりもよく分かったりするんですよね

で、子どもたちは仲間を増やして心の中での会話を楽しんでいたのですが、運動会がきっかけでふと考えこむようになります。のとき、隣のクラスに障害を持った子がいるのですが、その子が本当に一生懸命に走るけれど、足がどうしても遅いんですね。がんばらない、本気ださないのは失礼なんじゃないかな、って。ぐるぐるぐるぐる考える。
これってとっても大切ですよね。何のためにがんばるのか。1位を取るためにがんばる、そうじゃないんですよね。結果が目的になっちゃってるから、今の日本の勉強はおかしくなっちゃってる。結果はどうでもいい・・・というか後からついてくるものなんです。大事なのは自分に挑戦して本気出すってこと

それで思い出しました。ファンタジー大賞の授賞式のときに何回も茂木健一郎さんイジられていた奨励賞を取った青年のこと。「次は大賞取りたいと思います!」と宣言した京大卒の青年に向かって、茂木さんが何回も突っ込んだのはそこ。大賞を狙って書くんじゃないんだよ、って。自分の中で湧き上がるものがあって、見つめたいものがあって、それを言葉として紡ぎ出したとき、最良のものが生まれたら、結果として大賞があるわけ。でも、それ何回言ってもその青年には通じてなくて、それはそれで、その青年もブレなくていいな~、と面白かったですけど(笑)。

ちなみに、次男(小2)には読み聞かせしたのですが、学校のことなので、親近感わくらしく、“早く続き続き!”とすごい食いつきようでした。なぜか三男(来月4歳)も
そして、読み終えた後、次男がしみじみ言いましたよ。「僕にもびりっかすさん、見えるかなあ?でもなあ~、0点は取れないんだよなあ・・・」って。え~!?0点くらい取る勇気を持て、若者よ(笑)。


ボクシングデーに『星のかんむり』

2016-12-27 06:27:24 | 日本文学


『星のかんむり』谷村まち子著 ヨルダン社 
1966年 140頁 小学校中級から


昨日はボクシングデーでしたね。海外の児童文学を読んでいると、時々出てくる耳慣れない言葉、ボクシングデー。頼れる(笑)Wikipediaによりますと、クリスマスの翌日(12月26日)で、元々は、教会が貧しい人たちのために寄付を募ったクリスマスプレゼントの箱(box)を開ける日であったことから"Boxing Day"と呼ばれるんだとか。クリスマスも仕事をしなければならなかったバトラーはじめ、使用人達に翌日、家族と過ごさせるための休日で、この日は一家の者達は使用人に頼らず自分で全ての家事をしなければならないそうです。そんなボクシングデーに読みたくなるのが、マイナーの中でもTHE☆マイナーと思われるコチラ(上写真)の本↑。

ネットで検索しても出てこないし、この近辺の図書館にも置いてないし、じゃあどこで目にするんだ、っていうね。だからこそ、紹介したいんです!古書店で見かけたらぜひ。

著者の谷村まち子さんは、昭和レトロな少女名作シリーズの翻訳を多く手掛けていらっしゃった方なんですね~。シラナカッタ。昔読んだこちらとか懐かしい



物語が始まる前に、天国にいるお嬢さんに宛てた通信が書かれています。17歳の春を待たずして亡くなられたというお嬢さん。胸がキュッとしめつけられます。『貝のうた』『蝶の夢』とのお嬢さんへの鎮魂曲三部作。どれも心洗われるような清らかな思いと、見えない悲しみが流れているような物語です

≪『星のかんむり』あらすじ』≫
地球上のどこかで、誰かが報いを求めず善行をしたとき、宇宙のどこかで星が生まれる。ある日村は悲しみに暮れていた。人望厚く、信者の鏡と言われていた大地主のブラウン氏が亡くなったからだ。天国で善行の数だけ星が一つずつ加えられていく義の冠が、重過ぎてよろけてしまうのではないかと噂されるくらい、善行を積んでいたブラウン氏だったが、どうしたことかもらえた星はたった一つだった。それに引き換え、昨年亡くなった下働きのルツにはたくさんの星がついていた。納得のいかないブラウン氏に、天使が、人間一人一人の一生の行いを神さまが書き留めておられた台帳を読み上げる・・・。

まずね、どこかで誰からいいことをすると星が生まれる、って素敵ですよね。報いを求めたり、人からほめられることを期待せず、純粋な愛の心から自分を捨てて、人のために尽くすとき誕生するからこそ、星というものは、あんなに美しく輝いているのだと・・・。名作『花さき山』(1969年)を思い出し、ここからインスピレーションうけたのかなあと思いましたが、『星のかんむり』のほうが先でした↓。



あらすじだけを読むと、いかにもキリスト教の道徳観あふれる印象ですが、嫌な感じはありません。きっと、著者の谷村さんが上から目線じゃないからなんでしょうね。神さまをまだ知らない罪びとたちに知らせたい!とか(←クリスチャンにありがちで、私こういう人アレルギー)そういう感じは受けず、もっと純粋な感じ

小さい頃からこの本に親しんでいたせいか、自然と人が見えないところでこそちゃんとした自分でいよう、神さまはご覧になっている、という思いが無意識下にずっとあった気がします。別にキリスト教じゃなくても、それってとっても大切な感覚だと思うんですよね。日本には昔からあった感覚。自然療法の東条百合子さんの言葉を借りれば、“おてんとうさまが見てる”。この感覚が失われてきて、現代はおかしくなってきちゃっている気がします。目に見えないものを見、耳に聞こえない音を聞く。だからこそ、神さま、お天道さまの視点から俯瞰できる、物語が伝える力って大きいと思うんですね。
今日もどこかで星が生まれてるかな


卒業ナイフとサバイバル本

2016-12-26 00:18:20 | 自然系


Merry Christmas

ご訪問ありがとうございます。みなさまどんなクリスマスをお過ごしになったでしょうか?

我が家は、早起きしてプレゼントを見るんだ!と張り切って早く寝すぎた長男(小5)が夜中に起きてきて、あわやサンタさんと鉢合わせしそうになるというハプニングがありましたが、無事なんとか取り繕えました
子どもたちに届いたのは、本やお菓子、曼荼羅塗り絵。それだけかな~、と思わせておいてサンタさんから指令(?)のお手紙が。次々に置かれるヒントからもう一つのプレゼントを探し当てるというイベントで、サンタさんは全力出しつくしました。懐中電灯照らして、階段下の秘密の収納庫から探り当てたのは、それぞれの海賊宝箱の小箱。中にはオパール、ペリドツト、ガーネットなどの宝石(本物!先日のミネラルショーでありえない値段でゲットしたもの)と、念願の念願のナイフが。もう、上二人は狂喜乱舞です

だって、このナイフ3年越しの願いだったんですもの。ずっとずーーーーーっと欲しかったんです。でも、あげれなかった。それは、長男が荒れていたから
純粋すぎて、当時何かに取り憑かれていた長男は、一時期刃物見ると目つきが別人になって、振り回していたんですね。それは、もう地獄のような日々でした。包丁も隠さなきゃいけないから、料理をするのもひと苦労だったなあ

それが、色んな気づき(特にこの神ノ木クリニックからのトドメの一言)によって、私が「子どもを本当に信じるとはどういうことか」を学んだことにより、やっとその状況から卒業できた長男と私。だから、このナイフは私たちの卒業証書みたいなものなんです。信頼の証。もうあの日々には戻らないっていうね。だから、私も感慨深く、長男も「なんだか僕、今日から生まれ変わった気がする!」って

本当はモーラ・ナイフあげたかったけれど、持ち運びの安全性考えて、手始めにオピネル。そんなナイフのおともに来た本がコチラです↓




『ブッシュクラフトー大人の野遊びマニュアル:サバイバル技術で楽しむ新しいキャンプスタイル』
川口拓著 誠文堂新光社


ブッシュクラフトは単なるアウトドアじゃなくて、もっとサバイバルに近いもの。木を使ってシェルターを作ってみたり、原始的な方法で火を起こしてみたり、ととおっても楽しいの。カラーの写真も多く、タイトルに“大人の”とはあるものの、子どもも眺めているだけで、ワクワクしちゃう

著者の川口拓さんは、WILD&NATIVEというネイティブアメリカンの教えを元にしたサバイバル術のスクールを開いていて、実は子どもが生まれる前に何回か参加したことがあります。まあ、私はやっぱり自然に憧れる、中途半端に都会人な自分が好きということを明らめましたが

このスクールの大元になっているのが、アメリカのトム・ブラウンジュニアという人が開いているトラッカー・スクールなのですが、大感激したこちらの本で知りました↓



『グランドファーザー』トム・ブラウンジュニア著 飛田妙子訳 徳間書店


感動の実話です。文明を拒み『古来の道』に生きた最後のインディアン―“ストーキング・ウルフ”の探求の生涯を描いたもので、彼が孫とその白人の友だち(トム・ブラウンジュニア)にネイティブの教えを伝授した本。知識はいいから、生きる知恵を身に付けたい!そうしみじみ思わせてくれた素晴らしい本です