『今日の一冊』by 大人のための児童文学案内人☆詩乃

大人だって児童文学を楽しみたい、いや、大人こそ読みたい。
ハッとする気づきのある絵本や児童文学をご紹介♪

アラビアンナイト☆夜の児童文学ピクニック

2017-07-31 06:13:03 | 児童文学cafe&picnic


シャンパンやワイン片手に夜の児童文学ピクニック!

夜は初の試みです

場所は、隠れ家的空間どんぐり工房@稲村ケ崎

1Fは手作り家具があり、2Fはアロマやハーブティーを売っているのですが、2Fへ行く外階段を登ると・・・庭が現れるのです!これが秘密の花園っぽいんだな~。そして、山小屋。さらに階段をのぼっていくと、まるでツリーハウスのようなもう一つの山小屋も現れるのですが、今回はキッチン付きの庭のそばのほうで。

さて、夏・夜・児童文学といえば・・・!?

やっぱり連想するのは、アラビアンナイトでしょう!
ってことで、キャンドル灯し、幻想的な雰囲気の中でのブックトークを楽しみました

いや、これ、端から見たら本の話ししてるようには見えないよね(笑)?どう見ても女子会
しっとり大人な雰囲気というよりも、きゃあきゃあ大人たちがはしゃいでいましたよ、本の話で。

みな本好きが集まってる・・・というわけではないんです。それでも盛り上がれるのは、多分読んでいる読んでないに関わらず、毎回テーマを設定して、それを児童文学という切り口で話しているからじゃないかな。児童文学という窓から、あるテーマの世界をのぞいてみるとどう見えるか。そんな感覚。だから、本好きさんはもちろんのこと、そうじゃない方もカモ~ン!

夜の児童文学ピクニック、定例化したいくらい楽しみました

本モチーフのジュエリー

2017-07-30 13:35:06 | Shop & Caf

※画像は全て、田中オリエさんのサイトからお借りしました(ご本人了承済み)

2月、3月に好きを仕事にする大人塾:かさこ塾というのに通ったのですが、そこで知り合ったジュエリークリエイティブディレクターの田中オリエさん(オリエさんのサイトはコチラ)。
魔法にかかるジュエリー、アンリガトウを設立し、文字通り魔法のようなジュエリーを創り出していってらっしゃる方

その田中オリエさんが、今回Facebook特別企画として、先着20名様まで無料で、オリジナルジュエリーのラフデザインスケッチをしてくれるというのです!ドキドキしながら申し込んでみた~。ドキドキの理由は、私ジュエリー類にあまり縁がないから

そんな私のお題:ストーリーテラーがつけていそうなジュエリー

こ~んな素敵なデザインが即効仕上がってきて感動しました↓



うわあ!こんな素敵なのをつけて児童文学ピクニックやお話会してみたい!
勝負服ならぬ勝負ジュエリー!?本の話をするときは、毎回身につけるお守りみたいな

オリジナルジュエリーとあって、もちろんお値段もいいのです。すぐには手に届かないかな・・・
でも、早く届く自分になりたい!という目標ができてしまいました。だって、身につけたい。

ちょうどショップのほうでも同じようなモチーフのものがいま出品されていて、実物はこんな感じなのです↓



わあ、わあ、わあ
好きな言葉が刻印できて、誕生石がいれられて。眺めていたくなる。


私は、ジュエリー類にとっっっても疎いのです。ほとんど普段は身につけないかなあ。プチプラのピアスとかは好きだけれど。ジュエリーに見合う自分になりたい、ホント。

オリエさんのブログはプロフェッショナルで、ジュエリーに興味のない私でもついつい読んでしまうんです。ほかの方のデザインも素敵なので、ぜひぜひ見てみてください。一つ、一つ、ぜ~んぜん違うの(⇒コチラ)。また、リメイクも得意とされています。大事な人から受け継いだけれど、ちょっと時代と合わないな、なんてものも素敵にしてくれますよ

オリエさん、ありがとうございました!!!

アウェイでのお話会『物語で育む平和力』

2017-07-27 14:37:53 | 読書会


昨日は、生活クラブコモンズ主催の親子料理イベントに乱入(?)させていただいて(笑)、『物語で育む平和力』をテーマにお話させていただきました~。内輪グループの中に、一人アウエイ状態なので、ちょっとドキドキだったのですが・・・伝えたい気持ちが勝った

かさこ塾同期でLOHASなイベントプランナーの美香さんがアレンジしてくれました!ありがとう

一応自分なりの流れを考えていきましたが、雰囲気によって変わるかなと思ったので、臨機応変にしようとは思ってました。
それでも!!!食後エネルギーチャージして元気倍増の子どもたちを前に、正直ひるみました。大人向けの話だったので

そこで、当初内容だけ紹介して朗読するつもりはなかった絵本を2冊、急きょ読み聞かせ。
そしたらね、魔法みたいに子どもたちがじーっと集中して聞いてくれたんです。調理室というあの雰囲気の中でよくぞ。素晴らしい子どもたち。そして、絵本の力もまた実感したのでした。
読んだ2冊は、このブログでも紹介したコチラ↓





どちらも舞台はアフガニスタン。
『せかいいちうつくしいぼくの村』(以前の紹介記事はコチラをクリック)でなくなってしまった村、その村人たちがたどりつく先は、おそらく難民キャンプでしょう。『ともだちのしるしだよ』(以前の紹介記事はコチラをクリック)につながります。

平和を伝えることに熱心だからこそ、注意したいこと。

正しさで迫らないこと

これがご縁で、また別の場でもお話する機会をもらえそうです♪

絵本や児童文学じゃなくてもいい。
それぞれが、自分の得意な分野で平和への種まきができたらな、と改めて思いました


ちょっと行けばある田舎の夏

2017-07-24 14:03:58 | 日本文学


『翔太の夏』(2008年)那須正幹作 スカイエマ絵 旺文社

ずっこけシリーズで有名な那須正幹さんが描いた、田舎の少年たちの夏。これは、男子が好きそう

舞台は瀬戸内海の町から車で30分ほどのところにある山里だそうで、今でもまだまだ豊かな自然があるそう。そう、ちょっと離れればまだまだあるんですよねえ。

私が暮らす鎌倉も、山里まではいかないけれど、谷戸と呼ばれる小さな山の中に住宅街があって、歩いていると普通にクワガタに出くわしたり、蛍も見れたり。大自然じゃなくても、いいんです。人と自然が共存する里山って好きなんですよね

ストーリーは、東京からお父さんが生まれ育った町に一家で戻ってきた翔太が、クラスメイトたちとカブトムシ採りを通じて仲良くなっていくというもの。広島弁が心地いい
一クラスたったの8人の田舎の学校。子どもたち(男子たち)はカブトムシを戦わせるのに夢中

いいな~。健康的だなあ。ゲームもやる現代っ子たちです。でも断然カブトムシのほうが夢中になれるの。
スカイエマさんの現代的な挿絵がなければ、昭和初期の話と間違えるくらい、現代っこたちも昆虫に夢中。挿絵はこんな感じ↓



さらに、途中には親切にも図鑑的な昆虫紹介のページも挟み込まれています↓



すごく詳しいわけでもないから、中途半端感は否めないけれど・・・。いままで昆虫に興味なかったけれど、これを読んで興味が出てきた子用かな?

なんてことのないストーリーです。でも、こうやって読むことでちょっと行けばある田舎を体験できるのもいいのかも
2008年出版だけれど、もう絶版なのかしら?古書1円からになっていました
小学校中学年から読めそうです。

こんな形の愛はあり?なし?

2017-07-19 14:51:05 | イギリス文学


『夏至祭の女王』(1994年)ウィリアム・メイン作 森丘道訳 偕成社 ラズロ・アクス絵
MAX’S DREA,1977


物語の舞台は、19世紀も終わりに近いヴィクトリア朝後期のイギリスの荒野の中の小さな村。ムーア、ヒース、ハリエニシダにヘザー。『嵐が丘』好きとしては、これらの言葉を聞くだけでもうたまりません。最初の数ページで、もう、ぐぐっとこの物語に惹かれてしまう。


≪『夏至祭の女王』あらすじ≫
階級制度がまだ厳しかった時代。村の子どもたちは夏至祭の王に、下半身不随のみなしごマックスを選ぶ。ところが、マックスが相手の女王役に選んだのは、夢の中で出会った少女だった。マックスのお世話係の村娘ケイティーは、ひそかに愛するマックスのために、夢のあとを辿ることに。そして、ついに夢の中の少女ヘレンを探しあてる。身分違いの古風な愛の物語。



以下ネタばれも含みますので、知りたくない方はここまでで


物語は、村娘ケイティーの一人称語りで始まります。老人になったケイティーが、自分が12歳か13歳くらいだったころの回想録。教育を受けてこなかった身分の出であることが、その秩序立って話せない語り口からも分かります。

一方のマックスは、今や出自もワカラナイものの、その話し方で上流階級の出だと分かる。だから、村人はみなマックスに一目置き、ヴィアリイの奥さんもどこの誰とも分からないマックスの世話をずっと買って出てるんですね。でも、そこに‟不平等だ!”といった感じはなく、みな自分の身分をわきまえて、それぞれの場所で生きている感じ。

ケイティーはマックスの夢の描写が、バーマウス行きのフェリーが出てる場所にそっくりということに気付き、本当の場所の話をしていると確信します。それを辿っていくところは、何とも言えないドキドキ。

そして、恋から愛へ変わる思い。マックスのお妃さまを見つけてしまったケイティーは何とも複雑な思いに苦しむのですが、やがて、そのお妃さまヘレンのこともマックスと同じように愛せる自分を発見するのです

児童書評サイトの中で、ある方がこの物語の感想をこんな風に述べています↓
読後、この〈愛〉がなぜかストンと胸に落ちない。苛立たしさと気持ち悪さを感じてしまう。その愛とは、マックスを愛するのと同じようにヘレンをも愛させるような、残りの人生を二人に捧げ尽くしてしまうような、献身的で偉大で崇高な愛である。作者がかつての時代こんな風に人を愛し生きた女性がいたんだと伝えたかった気持ちは解る。が、九四年翻訳出版されている。今、何故この愛なのか? 現代を生きる若い人たちは、この物語をどんなふうに読むのでしょう?(全文はコチラをクリック

確かに現代っ子たちがどう読むかは興味ありますが、私はこの方とは反対にこの〈愛〉がストンと胸に落ちました。相手のことが好きすぎて、相手が好きなもの(恋人)含めた全てを好きになってしまう。崇拝してしまう。それは、自分と結ばれるかどうかとかは関係がなくて・・・。この形で、ケイティーは幸せだったのです。相手の幸せのお役に立てたのですから。

何もすべてが今の時代と合わなくてもよいのでは?こういう時代もあった、そして、どんな環境の中でも、自分なりのベストを見出していった、それでいいのではないでしょうか。個人的には、こういう物語大好きで、地味だけれど堅実に生きたケイティーに幸あれ!と、静かな感動がありました