『今日の一冊』by 大人のための児童文学案内人☆詩乃

大人だって児童文学を楽しみたい、いや、大人こそ読みたい。
ハッとする気づきのある絵本や児童文学をご紹介♪

ブログ移転のお知らせ

2018-01-28 22:52:59 | 徒然


ご訪問ありがとうございます。

こちらのブログは、下記ホームページ上のブログへと移行しました。
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『Pocket Garden 大人のための児童文学』内の『今日の一冊』コーナー


お友だちがとおっても素敵なホームページを作成してくれて

今後は、そこに綴っていきますので、新ブログのほうもご訪問してくださったら、とてもとても嬉しいです!

素敵な場を作っていただいたので、ますます児童文学の魅力を広めていきたいと思いますよ~


新ブログでも、よろしくお願いいたします♪





断捨離と読書のコツの共通点とは?

2018-01-24 12:40:33 | エッセイ

『モノが減ると、家事も減る 家事の断捨離』やましたひでこ著 大和書房

ここ数年、断捨離ブームですが、今日の一冊であるコチラの本に書かれていたことと、読書のコツに共通点を発見しました!
それは・・・流れを止めない、ってことです。


■ 家事のコツはためない、手間がかからない方法を選ぶ

私は家事が苦手。人が来ないと片付かない家です。いや、「でした」と過去形にしておこう、願いをこめて(笑)。

我が家を訪問してくれる人たちによると、我が家はモノがないそうなのですが、いやいやいやいや。あふれる、あふれる!ちょっと時間がたつと、床からテーブルからモノがニョキニョキって生えてくるんですよねえ(笑)。

だからか、私は断捨離好き。モノは持ちたくないし、捨てることにあまり躊躇がないほう。書かれていることの半分は、既に実践してることでした。帯に

「きちんとしなきゃ」に縛られていませんか?

とありましたが、もうちょっときちんとしなよー、ってくらい縛られていないので(笑)。

個人的に参考になったのは、「動線」を考えないっていうところと「まとめ家事」は実は大変というところ。
「まとめ家事」より「こまめ家事」、家事はそのつどそのつどが基本。例えば、洗い物は溜めない。即洗っていく。「動線」よりもアクション(手間)をカウントしてみると、カウント数の少ない方がいい。例えば、たまにしか使わない土鍋は、箱にしまって、棚にしまってとアクションを数えると8カウントもある!


■ 読書のコツも細切れ時間

これ、読書のコツと一緒!!!

いつ本読んでるの?とよく聞かれるんですけど、読む暇なんて基本ないんですよね。夜は子どもたちと一緒に寝落ちしちゃうし。

まとまった時間ゆっくり読みたいと思うから、ない。でも、細切れ時間はそこかしこにあるんです。5分、10分でもあったら、本を手に取ってみる。

えー、なんだか落ち着かない!と思われるかもしれませんが、児童書に関しては、10分あればかなり読み進められちゃうんです。そしたら、しめたもの。エンジンかかって、自らすき間時間、細切れ時間を取りに行くようになるから不思議です。

そして、もう一つアクションのこと。本読もうとするのに、別の部屋に本を取りに行ってという時点で、すでにアクションが増えてる。手に届く範囲に本を何冊も置いておくのがおすすめです。台所にも。リビングにも。そして、並行読み。

映画を見ると予告編見て、次々映画が見たくなりますよね。あれと一緒で、本も一冊読み終えると、次々読みたくなるんです。
読みたいと思ったら、流れを止めないこと。細い細い流れでも止めないこと。一度流れを止めると、気付いたら数か月本に触ってなかったなんてこと、私もざらにあります~!


読む暇ないと思ってる方、細切れ時間で流れを止めない、とりあえず手に取って読んでみる、やってみてくださいね♪


雪の夜は時空を超えて

2018-01-22 22:53:26 | イスラム世界


『月夜のチャトラパトラ』(2009年)新藤悦子著 講談社


関東は初雪ですね。我が家の子どもたちは、お椀を持って外に飛び出していきました(笑)。そして、戻ってきてメープルシロップをかけて、美味しい美味しいと。大草原の小さな家ローラシリーズの『大きな森の小さな家』思い出すなあ。

「どんよりと低くたれこめた雲から、はらはらと白いものが舞いおりてきた。この冬はじめての雪だ。」(P.7)


雪が深々と降る今夜ご紹介するのは、こんな一文から始まるトルコのカッパドキアが舞台の『月夜のチャトラパトラ』。優しい気持ちになれるファンタジーです。

以前も『青いチューリップ』のときにも書きましたが、私ね、日本人が外国舞台の外国人主人公の物語を書くのって違和感覚えてたんです。でも、新藤さんが書くとすーっと入ってくる。こちらの物語は、なんとトルコ語に逆翻訳されたんだとか。でもね、息子が兵役に取られて、村の女性がふさいでる場面は、トルコ語版ではカットされているそうです。兵役にネガティブな印象抱かせてはいけないから・・・。

さて、物語。チャトラパトラという何ともかわいらしい響きは、トルコ語で〈でたらめにしゃべる〉という意味なんだとか。主人公カヤ(12歳)にしか見えない小人たちがの名前です。カヤが住んでいるのは洞窟ホテル!もうそれだけで、ワクワク。そして、出てくる食べ物にもワクワク(笑)。ブドウの果汁を煮詰めて作ったペクメズ、そして、ペグメズを入れて飲むチャイ・・・ああ、飲んでみたい。ペグメズには不思議な力があるんですよ。

そんな観光オフシーズンの洞窟ホテルに泊まっているのは、日本人画家のヨーコとフィンランド人の若き考古学者ミッコ。ミッコは、世界に三冊しかない本がこのホテルにあると聞いて、やってきます。一体それはどんな本なのでしょう?チャトラパトラの秘密とは?カヤの秘密とは???

すんなりと時空を超えて、別の国へと連れて行ってくれる物語。カッパドキアならありうると思わせてくれる。日常の延長線上にあるファンタジー。

ところで、物語の中にね、みんなでマントゥと呼ばれるトマトソースで煮込んだ小さな水餃子のようなものを作る場面があるんです。雪で、行くはずだった探索ができなくなり、何か代わりになるイベントを・・・ということで、宿の女主人が思いついたのが、みんなでマントゥを作ること。水餃子のようだれど、小さく小さく作るマントゥ。こういう場面が何とも言えずいいんです。共同作業って、心の距離が縮まる。みんなで作るの楽しそう!

さてさて、何回も書きますが、そんな素敵な物語を書かれた新藤悦子さんを2月25日(日)に鎌倉にお呼びしますよ~!ぜひぜひ、観光がてらいらしてください!!
一部はNPO主催なので無料。二部は少人数限定なので、迷ってる方はお早めに♪

【第一部】
『イスラム世界を物語る - 絵本・児童文学から見る暮らしと文化 -』
13:00-15:00@鎌倉市中央図書館多目的室 参加費無料

※ こちらは、私も所属している図書館とともだち・鎌倉主催なので無料です!

【第二部】
『作家・新藤悦子さんと過ごすイスラムの食と織物の夕べ』

10名限定で新藤さんと食を囲みながら過ごすプレミアムな夕べですよ~。とっても、贅沢な時間!こんな機会めったに持てないので、これは早く予定押さえておいてくださいね。

場所は鎌倉市内の某所(参加者に直接お知らせします)。
17:00-20:00(参加費:4,500円)でトルコ家庭料理のミニ料理講習会付きです。

ご興味のある方は下記問い合わせフォームからお願いします↓

大人のための児童文学

小室哲哉氏と怪物

2018-01-21 11:18:59 | ファンタジー:イギリス



『怪物はささやく』(2011年)パトリック・ネス著(シヴィーン・ダウド原案) 池田真紀子訳 あすなろ書房


小室哲哉氏引退ニュースを読んだ、今日の一冊は、2016年に映画化もされたコチラ。
芸能人のスキャンダルよりも、もっと流すべきニュースがあろうに、日本!・・・と思ったものの、今回思わずネットニュースを読んでしまったのは、「介護への思い」という言葉が目に留まったから。ああ、ちょうど感想を書こうと思っていたコチラの本とリンクしてしまいました。小室さんにこの本をそっと差し出したい。

読み終えての感想は、ああ人は誰しも自分の感情に向き合うことをしなければ、生きづらくなるんだな、っていうこと。感情に良いも悪いもなくて、ただ見つめてあげることが大事なんだな。自分の真実の感情を認めることが、いかに大切なことか。


《『怪物はささやく』あらすじ》

ある夜、怪物が少年とその母親の住む家に現われた―それはイチイの木の姿をしていた。「わたしが三つの物語を語り終えたら、今度はおまえが四つめの物語をわたしに話すのだ。おまえはかならず話す…そのためにこのわたしを呼んだのだから」嘘と真実を同時に信じた少年は、なぜ怪物に物語を話さなければならなかったのか…。(BOOKデータベースより転載)



ジム・ケイによるモノクロのイラストもとっても雰囲気があってよいし、紙の質感も分厚くて、装丁もいい。これ、デジタルでは味わえない感覚です。映画版は予告編しか見ていないのですが、色鮮やかにデジタル化されることで、なんだかチープな印象になってしまうのが残念。

さて、主人公は13歳の少年コナー。もうね、不幸のデパートみたいな人生で、なんでこんな小さな子がこんなにいっぱい背負わなくちゃいけないのー!?って感じなんです。

両親の離婚、祖母との確執、重病の母と介護、学校でのイジメ、孤独、それに加えて、毎晩悪夢にうなされて、ついには幻覚!?モンスターまで呼び寄せちゃう。うわああ、これは、叫びたくなっちゃいますわ。ダークです。

コナーの真実とは一体なんだったのでしょう?怪物に追い詰められても追い詰められても、本当にギリギリになるまで話せなかった真実。人によっては、なあんだということかも。理解できないくらい、些細なことかも。でも、分かる人には分かる。自分が死にたくなるくらい隠したい秘密、認めたくない感情だってことを。



■ 矛盾は悪いこと?人間は矛盾した存在

この物語を読んだとき、驚いたんです。こういう物語が西欧から出てきたことに。だって、とっても東洋的。西欧はキリスト教の影響が強いので、どうしても善悪二元論的な物語が多いのだけれど、この物語に描かれているのは、人というのはもっと複雑で、善なるものも悪なるものも同居できるし、もっといえば善も悪も本当はナイということ。それを怪物が語る寓話的な三つの物語が分かりやすく教えてくれる。人間には色んな面があるということ、矛盾を抱えて存在しているということ。

あ、感情に良いも悪いもないってことは、直接的にこの物語に書かれているわけではなく、私自身がそう受け取ったということです。
うちは長男(現在小6)が小2~小4くらいにかけて荒れに荒れたので、私は必然的に色んな感情を向き合うことになったのですが、例えば怒りや恨みの感情っていけないと思ってたんですね。だから、長男はダメだ、このままではアブナイと思ってたし、正していかなければと今思えば何様的な、子どもをコントロールしようとしてた母親でした。だって、社会的に迷惑かけるような子にしちゃったら、親の責任でしょう?って思ってた。

ネガティブな感情はダメ!だから押し込めなくては。そうやって、うちの長男もコナーのように自分を否定し、怪物を呼び寄せ、暴れていたのかもしれません。思い出すなあ、母親である私が、余計にダークさを加速させてた子育て暗黒期(笑)。


■ 真実はなぜ大事?フタをしてはいけないの?


でも、違った。ネガティブと思える感情も否定したりするものではなくて、受け止めるものだった。良いも悪いもなく、どんな感情をもきちんと見つめる、受け止める。そして、それが真実に向き合うということ。真実が大事なのは、フタをしてはいけない理由は、それに向き合うことで、初めて自分のいる状況や困難をも受け入れることができ、克服していくことができるからなんだなあ。そうしないと、自分の中の怪物が暴れ出します。気づいて~、って。怪物は、コナーにこんなことを言います。

「人の心は、都合のよい嘘を信じようとするものだ。しかし同時に、自分をなぐさめるための嘘が必要になるような、痛ましい真実もちゃんと理解している。そして人の心は、嘘と真実を同時に信じた自分に罰を与えようとするのだ。」(P.201)


冒頭の小室さんがね、「僕は裁判所で執行猶予付きの有罪判決を言い渡され、裁判官から頑張るんだよという叱咤激励を受けまして、そのときの判決を見た時のような気分を文春さんの取材を受けた時、抱きました。」と述べていたんです。どうして、どうして介護で頑張ってるほうが、罪悪感を覚えて罰を自分に与えなければと思わなくてはいけないのでしょう?そんな思いを抱いてしまった自分を許せないから?いいのに、いいのに。思ってしまうことは仕方がない。疲れてしまうのも悪いことではない。そういう自分の感情、真実に向き合って、それを抱き留めてあげればいいんだなあ、ってこの物語は教えてくれます。

色んなことで苦しんでいる子どもたちにはもちろん、介護疲れしている大人にも差し出したい一冊です。


人生最後に思い出したい姿は?

2018-01-20 09:32:36 | ファンタジー:イギリス


『川の少年』(2003年)ティム・ボウラー作 入江真佐子訳 早川書房
RIVER BOY(1997) by Tim Bowler 


今日の一冊はコチラ。1997年にイギリスでカーネギー賞を受賞した、ちょっと幻想的で詩的な物語。ティム・ボウラーの物語は美しい。ただ、入りこめる人とそうでない人に分かれるかも。

《『川の少年』あらすじ》
ジェスはおじいちゃんが大好きな15才の女の子。夏のある日、そのおじいちゃんが倒れた。最後の願いをかなえるため、家族はおじいちゃんを連れて故郷の川へ向かう。ジェスはそこで、不思議な少年と出会った。その少年に導かれ、ジェスとおじいちゃんの運命は大きく変わっていく。(BOOKデータベースより転載)



年をとると、みな頑固になりがちだけれど、まあ、このおじいちゃんの頑固さはすごい、びっくりするくらい。それでも、家族から受け入れられているおじいちゃん、孫から愛されているおじいちゃん、幸せだなー。
と、作者が伝えたいところではないところにも、まず感心してしまう。自分だったら、こういう風に接することができるだろうか、とか色々考えてしまう。

さて、本当は入院していなければならなかったおじいちゃんは、わがままを言って故郷へ向かいます。病院で死にたくないの、分かるなあ。だけど、周りは大変。

以下、あらわれた不思議な少年のネタバレ含みますので、ご自身で謎解き含め楽しみたい方はここまでで(忠告しましたからね~)。


■ 死が迫ると思い出すことは?

さて、ジェスの前に現れる不思議な少年、一体誰なのでしょう?

素直に考えればすぐ思い当たるのでしょうけれど、私は何かすごい仕掛けでもあるのかな?と逆に考えすぎてしまいました。おじいちゃんが過去に約束を果たせなかった、子ども時代に出会った子なのかな、とか。実は、おじいちゃん既に死んでいるのに、ジェスが受け入れられなくて、一緒に故郷に帰ったという幻想を見てるのかな、とか。(←想像力ありすぎ)

死ぬときって、どの時の自分を思い出しながら死ぬんだろう?天国(があるとしたら)に入るときって、死んだ時点の自分の姿で入るのかな?など、考えたことある人は多いのでは?

なんとなく、人は自分が一番楽しかった時代の姿か、もしくは逆に心残りだった時代の姿、いずれにせよ自分の中で忘れられない時代の姿になるんじゃないかなー、と思っていたので、少年の正体が分かったときは、だよね!って思いました。(←分かる直前まで違う想像してたのに 笑)


■ 思い(魂?)は時空を超える

時間は同時間でもね、例えば誰かを思いやる祈りのような気持ちは、空間こえて、思いやっている人のそばにいると思うし、逆に恨みも伝わる気がしている今日この頃。

だから、生きていてもね、心残りだった時代の‟思い”って霊になって、彷徨っていることってあるんじゃないかな、って思うんです。それが時代を超えて、やってくることって、あるんじゃないかなー。そして、一緒に過ごしたいのは、肉体があった時点ではまだ出会っていなかったかもしれない、大好きな人。だから、時空を超えてやってくる。『君の名は』みたい(笑)。
そういう意味では、この物語は、不思議でも何でもなくて、とっても自然なのかもしれません。



■ 人の一生は川のよう

美空ひばりの名曲にもありましたありました『川の流れのように』。

この物語でも、最後に出てくる川の姿は壮観!チョロチョロと流れる水源から大海へと流れ込む70キロの道のり。小さな流れが大きくて力強い海へとつながる。その光景を、不思議な少年は、川の一生を見ているみたいと言います。

「ここで生まれて、自分にあてがわれた距離を、あるときは速く、あるときはゆっくりと、あるときはまっすぐ、あるときは曲がりくねって、あるときは静かに、あるときは荒れ狂ってながれていく。最後に海に行きつくまでずっと流れつづけていくんだ。心がなぐさめられるような気がするよな」・・・「旅の途中で川にどんなことが起こったとしても、最後は美しく終わるってわかるからさ」(p.197)

途中は美しくなく、闘うことがあっても、最後は必ず美しく終わる。大海に注ぎこむ。そして、水源では、またすでに新しくまれた川が流れはじめる・・・。

なんて、壮大なのでしょう。
自然を見れば、人間の生も死ももっと自然に受け止められるのかもしれません。