ウィトゲンシュタイン的日々

日常生活での出来事、登山・本などについての雑感。

『百年前の山を旅する』服部文祥 ~先人の足跡に学ぶ~

2011-05-28 23:52:48 | 

この本の著者である服部文祥(以下、敬称略)は、山岳雑誌・『岳人』の編集部員で
装備を切り詰め食料を現地調達するサバイバル登山を実践。
その山行記を基にした著書に『サバイバル登山家』(みすず書房)がある。
サバイバル登山を実践してきた服部が、昔の山人や過去の登山者の記録に興味を持ち
彼らの足跡を追体験し、それらをまとめたのがこの『百年前の山を旅する』である。
田部重治『甲武国境と雲取山と多摩川』から、明治42(1909)年5月中旬に行われた
田部重治と木暮理太郎の奥多摩・笹尾根踏破を始め、江戸時代の黒部奥山廻りを辿ったり
さらには、ブラスストーブの開発・販売開始と共に極地探検の時代に突入したことを推測し
ストーブを携帯して北アルプス・鹿島槍ヶ岳北壁登攀~八峰キレット縦走を行っている。


私は、服部文祥とは違い、サバイバル登山をしたわけではないが
大学生の時に、秩父・両神山の山岳信仰を調べるため、過去の記録を追ったことがある。
両神山を信仰の山として登った信者達が結成していた「講」と呼ばれる組織が
どこから来てどの道を歩いたのか、過去の文献や奉納物から情報を得たり
信者達が奉納した丁目石や石仏などの銘文と、薄村(現小鹿野町)の墓石簿から
江戸時代末期の村人達が、計画性をもって両神山の登山道沿いに石造物を奉納したと推測し
それらの位置を追っていくと、現在の登山道とはルートが若干異なることなどを明らかにした。
その時、今自分が歩いているこの山のこの道を、昔の人も歩いていたのだと実感した。
昔の人は、登山口までバスが来ていたわけではなく、そこまで歩いてきていたはずで
そこからさらに山に登っていったのだ。
ヘリコプターも、重機もない時代に、石造物を人力で担ぎ上げたのだ。
両神山の場合、交易路になっていた山ではないので、偏に信仰の力であったといえよう。
そうした探究は大変楽しいもので、文献で調べたことを裏付けるため
実際に何度も両神村(現小鹿野町)に足を運び、両神山に登って調査した。
服部文祥も
「ただ、私に先立つ幾千もの登山者が、意識することなくともその手と足で作り上げてきた登山を忘れずにいたい。それは難しいことではない。現場に趣いて彼らの足跡を追い、感じたことに思いを馳せることは、不思議ととても楽しいからだ。」
とあとがきのなかで述べている。
さらには、次のような疑問をも投げかけている。
「安全快適便利が幸せではないのでは?というものだ。幸せは(一般的に考えられているように)快楽をともなう感情に付随するものではないと私は思っている。」
「われわれからすれば、安全でも快適でも便利でもなかった時代。だがその時代の人々が不幸だったとは思えないのだ。幸福感とは、人が正しく人として存在する実感のなかにあるのではないか――。」


私が金峰山に登った後、写真を父に送ったところ、以下のようなメールが来たことがあった。
「金峰山の写真懐かしく拝見。樹林帯を抜けた時始めて出会った岩稜が金峰山でした。
 黄花石楠花が咲いていました。五丈石のしたで沸かしたコーヒーは濾過が出来ず、
 粒々の入ったまま飲んだことを思い出しました。当時は、ポリフィルムなど無い時代で
 マッチを油紙に包んで持ち歩いたものです。足は地下足袋でした。行き交う登山者の中には
 着茣蓙を背負った姿もありました。瑞垣山も懐かしい山です。紅葉の中を登りましたが
 八ヶ岳が正面に見えました。落ち葉を蹴散らしながら下山しました。
 高校時代を思い出させてくれて有り難う。」
父が高校生だった時、それはおよそ60年前だ。
60年前は、金峰山や瑞牆山に登るのに、増富から歩いたという。
さらには、金峰山登頂後、父は水晶峠経由で黒平に下りているのだから驚きだ。
瑞牆山荘のある里宮平までバスが入っている現在と比べると
増富から2時間半も歩き、そこから金峰山や瑞牆山に向かうことを想像しただけで溜息が出る。
その程度で溜息をつく私は、へな猪口だ。
服部文祥が疑問を呈したように、メールを読んでも、60年前に地下足袋で金峰山に登り
濾過が出来ないコーヒーを飲み、マッチを油紙に包んで歩いていた父が、不幸だったとは思えない。


「われわれ現代人の思考展開は、良きにつけ悪しきにつけ、現代的であり、そのことに関してあまりにも無自覚である。」
私はへな猪口なので、山に入る時は装備もある程度は整え
交通手段も公共交通や時には自動車という文明を頼ることにしているが
山に自分の足で入っていった先人を思い、彼らの行為を想像することは出来ると考えている。
もっと歩くために、もっと体を鍛えねば…。



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