2月12日
・MRIの結果報告を受ける。
矢張り狭窄で手術以外方策なし。
・親戚からTELを受けたとの事。
・便通有り。
寸劇
MRIの結果説明で病院から大ママ(母の呼称)にTEL.
今日なら3時~5時O.K. 繰延べても良い。
大ママ来る。
(母)「どうしよか」?
聞きにきたんじゃないのか
(父)「折角来たんだから聞いて行けば」
(母)「そうする」
(父)「ナースに返事した? . . . 本文を読む
2月10日
・大ママ(母の呼称)久し振りに来る。
・梅干、菜の花、芋柄(がら)、きゅうり、旨い。
・耳鼻科 耳垢取り少しスッキリ。高音域難聴か
耳鳴りの改善はムズカシイ~
・巻爪は水虫が原因
2月11日
・入院2ヶ月。
・リハビリでの歩行、O2低下70迄。ハゲシイ。
・今日は寒い。2枚重ね着する。
・和食のソバ楽しみ。
ソバ、イナリ2ケ、白玉小3ケ、旨かった。
2月10日(水)は、ダーリ . . . 本文を読む
2月9日
・義妹来院し、椎茸昆布旨し。
生活が大変のようだ。保育をしているとの事。
2月9日(火)は、それまでの寒さが嘘のように暖かくなり、陽射しはまるで春のようだった。
その日は午前中に、自宅に注文していたキッチンキャビネットが届く予定になっていたため
それを受け取ってから、洗濯してあった父の着替えを持って病院に向かった。
父と2人の時は、「傍若無人なパートナーを野放しにしているのは愛ゆえ . . . 本文を読む
子宮筋腫の腹腔鏡による手術を無事に終え、経過も良好で退院許可が下り
本日退院して自宅に戻った。
入院中の馬鹿話(切実な話はほとんどなく、笑い転げる話ばかり)はいずれまた。
腹腔鏡による手術は開腹手術より痛みも少なく、術後の回復も早いと一般的に言われているが
やはり手術は手術で、身体への侵襲であることに変わりはない。
術後の日常生活への復帰も、想像以上に観察期間を要することを退院指導のときに実感。
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長年抱えてきた子宮筋腫のため、明日から約1週間入院することになった。
明後日は手術の予定。
今までのように抱えて生きるという選択肢もあるが、とにかく貧血が激しく
そのほかにもいろいろと子宮筋腫が原因と思われる諸症状があり
貧血治療に病院に通うことや諸症状による苦痛がこれからまだ10年は続くのかと考えると
生活や仕事上における気力・体力などの質の向上は望めそうになく
手術をすることによって根治を目指 . . . 本文を読む
2月8日
・食事がとれるようになって来た。今朝は完食。
・MRIで首回りを撮る。帰りに売店に寄り、のり、しじみ、ふき(の佃煮)を買う。同時に「みそ豆」を。これが旨い。
・便が出た「バナナ」2本。自分の子供みたいだ。
・リハビリが2日休んだ為か、ヒザ、コシに弱さを感じた。
・13日に腰のMRIがあるとのこと。これは済んでいる等調べた結果は済。情報の共有が進んでいると思っていたが、縦割になっているのか . . . 本文を読む
2月5日
・期待した下剤も未だ効果なし。
・気分としては食欲が出てきた感じがする。
・眠れるのは連続2h程度。
・今日整形の診療があるかも知れない。
2月7日
・便通を認めるも、指頭位なり。
・2度目の便は親指程度で良かった。
・快晴で少し雪の冠った山なみがキレイ。
・整形からの神経痛薬有効のようだ。
5日(金)は、母の嘔吐が一段落したため、実家に泊まれることになった。
父の病室に行くと、ち . . . 本文を読む
2月4日
・便秘かそれとも摂取量か、通じがない。
便秘時のあの痛さが思い出される。
・便が頭を出したので、シャワートイレ迄行かせて貰ったが出ず。
指でかき出す方法も使ったが出ず。
・腹も空いて来たので思い切り食べるか。
・昨日T先生から話有り。
X線的には大変良くなっている。但しポータブルX線なので画像が甘いことを考えておくこと。
もう少しゆっくり治療する。
・昨日は忙しかった。肩のX線、 . . . 本文を読む
1月30日(31日か)
・1月も最後か。下痢止らず□□感広がる。
・大ママ(母の呼称)見えず。何事もなければ良いが。
2月1日
・下痢は止った感じ。ガスが良く出る。
・朝ニャンコ飯で食べる。1/3位。
・肩が痛くて一晩マンジリとせず。整形の診療をプロポ-ズしてみたい。
腸炎になってからの『闘病MEMO』の父の字は、力が入らないらしく読みにくい。
肩の痛みも激しいようで、手が震えるとも訴えてい . . . 本文を読む
1月28日
・昼飯にいかの塩辛を平らげ、これが災いしてか夜8時頃嘔吐、下痢が始まる。
オムツを当てる。リークする。清拭が大変。
1月29日(30日か)
・下痢が止らず、オムツをはく。
食欲全くなし。非常にだるい。
昼カステラ2片
27日の夜に自宅に帰った私は28日は仕事のために父の元には行けず、母が見舞いに行った。
母が行ったときには、父に変わった様子はなかったようだが
夜に嘔吐、下 . . . 本文を読む