ウィトゲンシュタイン的日々

日常生活での出来事、登山・本などについての雑感。

慶派仏教彫刻探訪 大阪・奈良編

2013-12-27 17:44:30 | 仏教彫刻探訪
12月18日(水)、京都の知人宅に御厄介になってから、1週間が過ぎた。これまで、慶派を主体に、様々な仏教彫刻を次々に見た副作用でどれがどれだかこんがらがってきていたのだが、17日の夜、Mさんの蔵書にあった明珍恒男著の仏像彫刻に関する古書を読む機会に恵まれ、ちょうど良い復習になった。読み進めるうちに、その本に出ているほとんどの仏像という仏像を今回の旅で見まくっていたことに気付き、我ながらあきれてしま . . . 本文を読む

慶派仏教彫刻探訪 奈良編④

2013-12-26 08:32:42 | 仏教彫刻探訪
12月17日(火)、春日若宮おん祭で混雑するであろう奈良公園の周辺を避け下調べなし、思い付き同然の状態で一人吉野へと向かった。近鉄の終点駅である吉野駅で下車し、ロープウェイに乗って吉野山駅へ。そこから歩いて金峯山寺(きんぷせんじ)へ行く途中にあるのが銅の鳥居(あかのとりい)である。この鳥居は俗界と浄界を隔てる結界で、菩提心(悟りを求める強い心)を起こす所とされ修行者達は、ここで俗界を離れて聖域へと . . . 本文を読む

慶派仏教彫刻探訪 奈良編③

2013-12-25 08:32:57 | 仏教彫刻探訪
12月16日(月)、この日は東大寺の俊乗堂が年2回の特別開扉日に当たっておりそもそも今回のいちばんのお目当ては、そこにおわす重源上人坐像と対面することだった。「ぴーもよく続くねー。」半ばあきれた様子のM夫妻に見送られ、この日も一人、奈良へと向かった。9時50分、東大寺南大門に着く。日本史が苦手だった人でも、運慶・快慶造の金剛力士像はかろうじて覚えているのではないだろうか。南大門から、何はともあれこ . . . 本文を読む

慶派仏教彫刻探訪 奈良編②

2013-12-24 14:24:40 | 仏教彫刻探訪
12月15日(日)、運慶の名の初出とされる円城寺大日如来坐像を訪ねて一人柳生の円成寺へと向かった。近鉄奈良駅前から柳生方面行きのバスに乗り、忍辱山(にんにくせん)バス停で下車。すると、バスの到着時刻に合わせて出てきてくれたのか、僧が「円城寺にお越しの方は、こちらからどうぞ。」と言って、案内してくれた。境内に入って、まず目を奪われたのは庭園で、池を回って眺める景色がなんとも良い雰囲気だ。私はあまり庭 . . . 本文を読む

慶派仏教彫刻探訪 奈良編①

2013-12-22 08:36:30 | 仏教彫刻探訪
12月14日(土)、昨夜の底冷えに恐れをなして鞍馬行きを断念し、一人室生へと向かった。ところが…、室生も小雪がちらつき、恐ろしく寒い。室生寺は主に平安期の仏教彫刻が多いが、金堂の十二神将は伝運慶造とされている。この日は、金堂の特別拝観の期間にあたっており、金堂内に上がって諸仏を拝観できる。拝観料を払うと、十二神将が印刷されたチケット用クリアファイルと日付のスタンプが押された散華が記念 . . . 本文を読む

慶派仏教彫刻探訪 京都編②

2013-12-21 12:54:52 | 仏教彫刻探訪
12月13日(金)、朝御飯を食べ終わるとMさんからこう告げられた。「今日はね、午前中はぴー一人で醍醐寺に行っておいで。   帰りのバスがわかったら電話頂戴。バス停で待っているから。   バス停までは送っていくから、心配しないように。」Mさんのだんなさんに送ってもらい、ホテル京阪前から出ている京阪バス山科急行に乗り約30分で醍醐寺の駐車場に到着。朝からの雨降りとあって、降車したのは私一人で、境内にも . . . 本文を読む

慶派仏教彫刻探訪 京都編①

2013-12-19 23:48:37 | 仏教彫刻探訪
吾妻小舎の余暇の楽しみと言えば、散歩と読書だった。ことにお客様のいない雨の日には、仕事が終わると読書三昧。根立研介『ほとけを造った人びと 止利仏師から運慶・快慶まで』(吉川弘文館)と副島弘道『運慶 その人と芸術』(吉川弘文館)を立て続けに読んだ後は書籍に出てきた仏教彫刻、とくに康慶・運慶・快慶などの慶派と呼ばれる奈良仏師の彫刻を訪ねてみたくなりそれを下山後の楽しみとして、心待ちにしていたのだ。私が . . . 本文を読む

山王のお猿さん

2013-12-02 22:47:23 | 旅・おでかけ
昨日、サントリー美術館で開催されている「平等院鳳凰堂平成修理完成記念 天上の舞 飛天の美」にダーリンと行ってきた。「結縁」を再現した場所で、観覧者が次々と飛天の摸刻像に恭しく祈りを捧げ頭を垂れて像に触れている様子が、私には奇異に感じて、そのまま通り過ぎた。展示は小ぢんまりとしていて、ゆっくり回っても2時間弱。見終わった時はちょうど昼時でお腹も空いていたが、そのまま歩いて市ヶ谷へと向かった。空腹に耐 . . . 本文を読む