道草あつめ

日常思いついた由無し事を、気ままに拾い集めています。

巨石文明

2009-10-08 16:01:15 | 精神文化
私達は、追われていた。上司に、追われていた。
何故追われていたのか、それは仕事の途中で逃げたからである。

逃げなければ殺されることは分かっていた。
何か危険なものを埋める仕事をさせられ、それが終われば口封じに消されるのは自明のことであった。
上司が一度本社に戻るために小舟を漕ぎ出したその時、
私は同僚と逃げ出した。

家には帰れず、金もなく、私達はさまよった。
知人の家ではいずれあしがつくし、野宿では上司に見つかる危険が高い。

あてもなくあちこちを回るうちに、住宅地にやって来た。
一棟何百戸も入る巨大なマンションが、いくつも並んでいる。
木を隠すは森の中、人を隠すは人口密集地、
私達はここに留まることにした。

忍び込める空き部屋がないかと探すうちに、親切な親子が現れ、泊めても良いと言う。
大変図々しいが、背に腹は代えられない、お世話になることにした。

母親と見られる女性が、「うちは特別なんですよ」と言う。
私は、何が特別なのだろうか、と思いながら、その部屋に入った。
部屋の広さは普通より狭いくらい、家具も内装も変わったところはない。
しかし、ベランダに出てみて驚いた。

皇居が一望できるのだ。

それも、我々が普段知っているような姿の皇居ではない。
広大な草原である。
そして、草原のあちこちから、石が頭を出している。
――いや、よく見ると、あちこちではない。
石の形も、立っている角度もバラバラだが、しっかりと列をなして並んでいるのだ。
また、横を見ると、靖国神社もあるが、
それもまた、草原に数多の石が立っている。

無数の大きな石の列が、地平線まで続いていく。
その荒々しく広大な眺めは、太古の感動を呼び起こす。


ああ、天皇家というのは、巨石文明だったのか。


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――というところで目が覚めた。

起きてみれば、皇居の起源は400年前の江戸城建城であるし、
靖国神社に至っては明治時代である。
巨石文明の遺跡のハズはない。

しかし、夢とはいえ、感動的な光景であった。

巨大な建築なら、都心に行けばいくらでも高層ビルがある。
皇居には広大な敷地を囲む石垣があるし、
靖国神社にも、バカみたいにでかい鳥居がある。

しかし、それよりも、草原に立ち並ぶ巨石の方が、
何故か人の心を揺り動かす。

一体、何故なのだろうか。


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