道草あつめ

日常思いついた由無し事を、気ままに拾い集めています。

美田を買わず

2010-06-07 03:12:57 | 精神文化
「○○人って××」という、一国家を丸ごとひとくくりにする言い方というのは乱暴が過ぎるが、しかし、文化・習慣・価値観といったもので、確かに「お国柄」と謂うような傾向がある程度存在するような気がする。

よく言われるものの一つに、「イタリア人はいい加減」という言説がある。
実際に彼の地を旅行した社長に訊いてみると、「もう、本当にいい加減。日本にいる時に“イタリア製”というと良さそうな感じがしていたけれど、イタリアで“イタリア製”というのを見ると却って安っぽく感じる」との評。
私が密かに「文羽様」と呼ぶ女性(自称「文化的バカ愛好家」)に至っては、「ドイツが二回の大戦で敗れたのは、イタリアなんかをアテにしたからだ。根性ナシのあいつらと組むとろくなことがない」とコテンパン。確かに、一次大戦では同盟国を裏切って英仏側に着いたし、二次大戦ではアフリカ戦線でドイツの足を引っ張りまくったという。
私の知り合いのイタリア人は非常によく勉強するから一概には言い切れないのだが、しかし、火のないところに煙は立つまい。

ところが、歴史を遡って古代ローマ人についての本を読むと、「勤勉」「地道」「継続性がある」「結束力が強い」等々の評がなされている。こうした美徳によって、都市国家ローマはエトルリア・カルタゴ・ギリシア・ガリアを征服して巨大な版図を有するに至った、という。

同じイタリア人なのに、えらく違う。二千年の間に、いったい何があったのであろうか。


何の実証的根拠も無く、勝手に想像してみるに、ローマ帝国の遺産が大きすぎたのではあるまいか。
例えば、きっちり舗装され、数百年以上そのままの形で使い続けることのできる街道が網の目のように張り巡らされており、石畳が消耗してガタガタになっても、それを整備さえすれば再び利用することができた。アッピア街道などは、18世紀の修復を経て、現在でも使われているとか。
また、帝国時代の巨大建造物があったため、中世に教会等を建てようとした際は、山から石を切り出して来なくても、遺跡からネコババすれば用は足りる。
そして、言語面でも、自分たちの口語に比較的近い古典ラテン語が長らくヨーロッパ共通の書面語だった。かつてローマ時代には、ローマ市民はラテン語の他にギリシア語も学習したらしいが、中世に至るとそういう外国語を学習する勤勉さは失われたのではないだろうか。
あまり頑張らなくても、先人の遺産を最大限に利用すれば何とかなる。あるいは、逆に、頑張ってもどうしようもない政治的状況というのもあったのだろう。

そう考えると、ギリシャも少し似ているかもしれない。古代ギリシアは商業で地中海を席巻し、商人と謂えばギリシア人かユダヤ人と言われていたくらいだが、現在はまるで振るわない。今回の金融危機では怠け者のような謂われよう。


まぁ、上の仮説の当否は分からないが、子孫に莫大な富を残すことの善し悪しというのは難しいだろう。
少し前のニュースで、余彭年という中国の富豪がその財産12億ドル相当を全額慈善事業に寄付した際に、財産を子供に遺さないのは、「彼らに能力があれば自分で稼ぐだろうし、能力がなければ食い潰すだけだ」と説明していた。評価は分かれるところであろうが、理には適っている。

かつて西郷隆盛は、
「不爲兒孫買美田(児孫の為に美田を買はず)」と詠んだ。
詩自体はゴツゴツしていて私の好みではないが(そもそも隆盛のことはそれほど好きではない)、しかし、一本の筋が通っているのは評価できる。
一人一人が公益に力を尽くすべきで、財産ではなく、その生き様こそが子孫へ遺す価値のあるものだ、ということであろう。


ところで、余談だが、古代中国に「子孫に美田を遺さない」という話を求めると、ちょっと違う意味になる。

楚の名宰相孫叔敖が病床に就き、まもなく臨終というところで、その子に言った。「自分の死後、王はお前に土地を与えようとするだろう。しかし、良い土地を受け取ってはならぬ。越との国境沿いに“寝丘”という、質も名も悪い土地があるから、そこを受け取れ。その地のみが長く有することのできるものだろう。」
孫叔敖の死後、楚王はやはりその子に良い土地を与えようとしたので、それを断り、寝丘を希望した。故に、ずっとその地を領有し続けることができた。(『呂氏春秋』孟冬紀異宝篇)

孫叔敖の死後、楚は政争が激化し、内乱が発生し、しまいには隣国呉に大敗して国土を蹂躙されることになった。しかし、寝丘だけは縁起が悪く使い途も無い土地だったために、常に争いごとの蚊帳の外にあり、故に領有し続けることができた、ということなのだろう。

つまり、ここで敢えて良質の財産を遺さないのは、頓智の利いた処世術なのである。西郷の発想とはかけ離れている。
――この違いを「お国柄」と言って良いのやら悪いのやら。

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