今度の部屋

授業でできなかったことや出版物についてフォローします(できるだけ^^)

堀越二郎『零戦 その誕生と栄光の記録』を読みました(その1)

2013-10-15 08:06:30 | 日記


 こんにちは。
 
 ブログのアップが遅れてしまいました。失礼しました。

 「零戦シリーズ」3回目です。

 堀越二郎『零戦 その誕生と栄光の記録』(角川文庫;244ページ)を読み終えました。

【内容】Amazonより
 世界の航空史に残る名機・零戦の主任設計者が、当時の記録を元にアイデアから完成までの過程を克明に綴った貴重な技術開発成功の記録。それは先見力と創意、そして不断の努力が見事に結晶したものであった。「われわれ技術に生きる者は、根拠のない憶測や軽い気持ちの批判に一喜一憂すべきではない。長期的な進歩の波こそ見誤ってはならぬ」日本の卓越した技術の伝統と技術者魂を見直すことが問われる今こそ、必読の一冊。

【気になった箇所】
・「…大きな仕事をなしとげるためには、愉悦より労苦と心配のほうがはるかに強く長いものであることを言いたい。そして、そのあいまに訪れる、つかのまの喜びこそ、何ものにもかえがたい生きがいを人に与えてくれるものであることを、この私の拙い小著から汲み取っていただけるなら、著者としてこれに過ぎる喜びはない」(5-6ページ)

 本書の「まえがき」にある文章です。堀越二郎というすぐれた人物が言うからこそ、重みをもってくることばだと思います。


・「われわれ技術に生きる者は、根拠のない憶測や軽い気持ちの批判に一喜一憂すべきではない。長期的な進歩の波こそ見誤ってはならぬと、われとわが心をいましめつつ、目のまえの仕事に精魂を打ちこんだ」(89ページ)

 5-6ページの文章と同じように、技術者の心構えとして、大変含蓄のあるものだと思います。(私は技術者ではないけれども・・・)

・(零戦が急旋回や宙返りをする特殊飛行試験の日に)「私はその空気の振動を全身に快く感じながら、首の痛くなるのも忘れて空を仰いでいた。試作機は、やっと自由な飛行が許された若鳥のように、歓喜の声を上げながら、奔放に、大胆に飛行をくりかえした。ぴんと張りつめた翼は、空気を鋭く引き裂き、反転するたびにキラリキラリろ陽光を反射した。
 私は一瞬、自分がこの飛行機の設計者であることも忘れて、「美しい!」と、喉咽(のど)の底で叫んでいた」(110ページ)

 零戦は戦争でつかわれる飛行機で、旅客機ではありません。零戦によって人が傷ついたり死んだりすることが充分想定されます(ほぼ確実に起こりうる)。時代状況からそれはしかたがないこと、当然のことだと思われるので、戦争の道具を作ったということで設計者を批判するつもりはまったくありません。
 極限までつきつめて設計し作られた飛行機はやはり美しいものなのでしょう。

・(堀越二郎が特攻隊を讃える文章を書くように言われて)「多くの前途ある若者が、けっして帰ることのない体当たり攻撃に出発していく。新聞によれば、彼らは口もとを強く引きしめ、頬には静かな微笑さえ浮かべて飛行機に乗りこんでいったという。その情景を想像しただけで、胸がいっぱいになって、私は何も書けなくなってしまった。彼らがほほえみながら乗りこんでいった飛行機が零戦だった」(221ページ)

 自分が設計した零戦で大勢の若者が特攻をしていることに対して、堀越二郎の複雑な心境が表れている文章である。

 
 今日も来てくださってありがとうございました(つづく・・・)。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿