Powder Blue Sky

興味を惹かれること様々。心ときめくこと様々。マイペースで残す雑記ブログ。

幸福な食卓ー鑑賞感

2008-11-09 09:21:35 | 映画(Movies)
ここ何年も、日本映画をちゃんと見ることがなかったのですが、先月、NHKBSで放送された『幸福な食卓』が、とても心に響いたので、感想を書いておこうと思います。ビデオ録画したままだったのを、先日鑑賞したばかり。

沢山の鋭い言葉が、そこここにちりばめられていて、ドキっとして、胸がギュッとしました。

4人家族の再生を描いた映画、ということですが、その家族とは:

父親は、父親になっても、こんな筈じゃない、本当の自分は別にある、と思っていたのか、社会に向けて見せている自分とのギャップに、段々と耐えられなくなって、自殺未遂するまで追い込まれた。父親の心情は、彼の書いた遺書の中にあるだけで、細かい描写は、映画にはない。繊細といえば繊細だけど、どちらかと言うと浮世離れした感のある人。

母親はそんな父親が作る、家庭の空気から逃れたくて、なのか、一時避難的に、家を出て一人でアパート暮らし。母親は離れていても、母親をやめていないで、家族を心配し、心から愛している。自分の選択に、少し自信を失くしかけているのか、娘の佐和子に、『気をつかったつもりだったけど、その結果がこれだものね』と、少し悔いる発言もしている。つまり、成りたい自分があって、その能力もあったけれど、夫に気を遣って、自分の夢や将来を夫に託しきたけれど、それで良かったのか、どうか、揺らぎ始めている。

息子の直君は、優秀な母親、真面目な父親のもと、期待に応えて、いい子で優秀な子をやってきたけど、父親が感じるのと同じように、本当の自分と周囲が期待する自分との間にずれを感じ始めて、父親の自殺未遂をキッカケに、社会に向けた顔の自分を放棄してしまっている。純粋に真っ直ぐ、育ってきた子が、ストンと穴に落ちてしまって、立ち止まっている状態。でも、あまり悲壮感もなく、両親には温かく見守られている。このへんの、直君をゆっくり見守っている、両親は素敵と言える。農園で働いて、一見、平和そうにギターをかき鳴らしているけど、あの歌を聴くと、必ずしも、心が平安とは思えない。本当は、とても不安なのだけど、ギターをかき鳴らして、紛らしているのだろうか?


そして佐和子は、そんな普通ではない家庭環境の中でも、おっとりした優しい子に育っている。『ウチって崩壊しているのかなあ』と無邪気に母親に聞くくらい、暗いところがなさ気。しかし、時々、父親が自殺未遂を発見された、自宅風呂場をジッと眺めては、両親の気持ちを推し量ろうとしている様子がある。おそらく小六の時の出来事で、まだ中三の佐和子には、消化し切れない、推し量れない部分なのだろう。考えてみると、とても不幸な環境にいるように思えるけど、ホワっとした穏やか~な女の子なのだ。それが、とても可愛い。

この一種コクーンのような、同じ空気を吸って生活していて、中原家文化に染まり切ったような家庭。全て家族の中で収束してしまっている、そんな家族の中に入ってくるのが、直君のガールフレンド、小林よし子と、佐和子のボーイフレンド、大浦勉学君なのだ。

この映画が伝えたかったもの、私が受け取ったもの、それは人々の融合、というのか、他人の力、というのかな。そういうことを考えさせられた。家族って、別の家族文化をもった他人に、一見かき回されてるように感じてしまうけど、そこに生じる人間関係や、他の家族感を持った人のパワーで、救われることがあるってこと。そういう関係の尊さだ。


映画の中で、胸がギュッとなった言葉を、思い出して記しておきます。正確じゃないのもあるだろうけど、ニュアンスはこんな感じ。

佐和子の言葉
『小林よし子を、頑張って自分のものにしちゃいな。他人じゃないと、救えないことがあるよ』
『死にたい人が死ねなくて、死にたくない人が死んじゃうなんて、変だよ』

母親の言葉
『離れて暮らしていた方が、よく見える、ってこともあるのよ』
『どこの大学だって入れたけど、気をつかって、その結果が、これだものね』

父親の言葉
『大人になると、明日が楽しみになる、なんてことは、めったにないからな』
『お父さんは、やっぱりお父さんでいるよ』

直君の言葉
『この家は、皆、自分の役割を放棄しているんだよな』
『そんなことを言う程、おまえは傷ついているんだな』
『この手紙、優れものなんだ。その答えも最後の方に書いてある。真剣になり過ぎなきゃ、こんなことにはならなかったのに、って。だから、俺はその方法を採ることにした』

大浦君の言葉
『おまえは自分の知らないところで、守られているってこと』
 クリスマスプレゼントに添えられた手紙文、全部。

小林よし子の言葉
『べったり一緒だと、見えるものが見えなくなるんだ』
『家族って、作るのは大変だけど、そのかわり、めったに無くならないでしょう。』
『だから、安心して、もっと甘えたらいい』
『あんたは、元気にならなきゃダメ』


原作本は未読なので、近いうちに読みたいと思います。

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Bowling For Columbine

2006-09-08 22:25:55 | 映画(Movies)
NHK BSでしばらくぶりに映画
『ボーリング・フォー・コロンバイン』を見直した。
1999年に起きたコロンバイン高校乱射事件を題材にして
アメリカ銃社会を鋭く批判した映画です。

2003年のアカデミー賞授賞式での、
マイケル・ムーア氏の例のスピーチを見て
雑誌ENGLISH EXPRESSのインタヴューを聞いて、
結局、レンタルビデオで見たのが最初。

辛らつな皮肉とビターなユーモアが最高!で
すごく気に入ってしまい、
ビデオから音声だけ録音して、車で聞いていたくらい。
音楽も結構いいんですよね。この映画。

ただし訴えている内容はとても重い。

床屋でも、近くのスーパーでも、銃弾を売っている社会。
武装はアメリカの伝統で、国民の義務である、
と真面目に答える、民兵訓練所の男性。
テニスボールくらいのナパーム弾を
自分で作ったよ、と自慢げに話す若者。
ユタ州バージンでは、住民の銃の所持を義務付けた。
銃を持っていると心地よいのだ、と言う
射撃テストを受ける盲目の男性。

とにかく目をむく事実に、驚きの連続だった。
2004年には、FAHRENHEIT 9/11 を映画館まで見に行った。

マイケル・ムーア氏はライフルのライセンスを取得した
10代後半には普通の体格だったけど(映画に出てきた)
どうして、今のような体格に変化してしまったのだろう、
なんて映画とは関係ないことを心配した。

雑誌のインタヴューでも、かなり怒りを溜め込んでいる、
そんな印象を受けたので、ムーア氏自身も
精神面で色々な問題抱えてて、
それを映画にぶつけている、のかな、と感じた。

その後、話題にのぼらないけど、
次のプロジェクトは、進んでいるのかな。
今度メディアに登場する時は、ほっそり変身してて
先進国と言われる国々の、深刻な obesity問題を
題材にした映画を製作すると面白いと思います。

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