実家の義姉が亡くなって葬儀に行って来た。
私と同年だったから享年80歳、、、
若い時から盆正月には兄弟が孫引きつれてどっと押しかけていたが、
嫌な顔ひとつしないで、本当に良くしてくれた。
私が連絡も無しにひょいと訪れても 喜んでもてなしてくれた。
親族全体の要のような存在だったし、地域でも慕われていた人だった。
元気な内に会っておきたかったが、運悪く私の怪我で叶わなかった。
兄姉とその配偶者が一人また一人と欠けていく。
残念だが、これが世の定め・・
実兄も葬儀に出られないほど弱ってきていると聞いた、
今度こそ会いに行こう、、、
今朝は早起きして、6時台に公園まで出かけた。
薄曇りで、おかげであまり暑くなかった一日でした。
朝の太陽
夕方の太陽が西の空に落ちる
きます。従姉に少し認知症も入り出し
体力も弱ってきて、今回が最後の従兄弟会
だと言ってきました。寂しいことです。
こんな風に一人二人と欠けて行く寂しさ
なんて若い時は予測もしなかった。
ottchさん、はやく元気になってお兄さん
に会いに行かれてくださいね。
私も90歳になる東京の姉に会いたいです。
何度かottchさんがご実家に行かれた時の話にで記憶にあります。
持たせてくれた手土産の話とか。
コルセットが取れますように(笑
自分の小さい時や若い時から知っている人がいなくなるのは切ないです。
そういう意味では長生きするということは子どもたちには役にたっているのかな。
後悔しないように生きたいけど後悔ばかり。
過去には戻れないとはよく言ったもの、これからが大事(だけど)。
50にも間がある姪は背中が痛いと整骨院に通っていたが、膵臓がんと認定されたときは余命なし。大病院に放り出され自宅療養となったが、友人たちを呼んで最後の宴を催し、死亡確認のための入院2日。
わが人生でこれほどの悲しみはなかった。離婚、障碍児を抱え懸命に生きたのに・・・滋賀が近ければ・・
昔からottch さんが訪れるたび嫌な顔もせずもてなしてくれる…見たこともないのに優しさを想像できました
お兄さんにも早く会ってください
私も兄弟が高齢になりいつどうなるかもわからない状況
次の日曜日 みんなで食事会をする予定です
コロナ禍で数年ぶりです
まだ50代の若さで……
やはり、がんの闘病をしていて余命も分かっていたようです。
彼女は覚悟をしていたものの、親のときとは違う悲しみに打ちのめされたと言っていました。
ご両親もすでに他界されていて
「これで私の過去を知っている最後の家族がいなくなりました」と。
きょうだいって、子供時代を一緒に過ごしただけに
特別な思いがあるようですね。
お兄さまにぜひ会いに行ってくださいね。
集合できることはお元気なことで、いいですね。
私たちの時代、いとこ は数え切れないほどいましたが、、、
付き合いも薄く、今では消息すら知れません。
兄弟姉妹、甥姪の方が分かりやすいです。
そうですね、、兄には49日の日に会いに行きます。
義姉は親族間の要でしたね、、私たちの血縁親戚関係の消息なども、
一番よく知っていました(兄を通じてのことでしょうけど)
時代も変わり人もいなくなり、繋がりもばらけてしまうようです。
今更ながら、昔から実家の嫁は大変だったと思います。
それを一手に引き受け、優しくて大きな度量の人でした。
私と同い年で気も合いましたから、寂しくなりました。
私もそんな歳、、と思わずにはいられません・・・
いずれ誰にも訪れるとはいえ、50歳前にして命を奪われるのは断腸、、
運命とは過酷ですね。
80にしてまだ惑い続けている身が嘆かわしい