じいじのひとりごと

高齢者の悲哀と愚痴を綴っています
唯一の相棒、mシュナウザーのベルが残り人生を伴走してくれます

ささやかな贅沢

2008年03月29日 | 日々のこと

道後温泉の「大和屋別荘」に泊りました。Yamatoya2_2

私がこっそりと予約しておいたのです。

いつかはクラウンに、ではないが、かみさんが一度は泊ってみたいといっていた老舗旅館です。

手の込んだ料理ともてなし、一人ゆったりと浸れる静かな温泉に満足した様子。

「おとうさん、ほんとうにありがとう」と手を合わされてしまいました。

私がそうであったように、こうしてささやかな贅沢をさせてもらっているうちに、気持ちも病気も落ち着いてきてくれればいいのだけれど・・・・

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これからは

2008年03月24日 | 健康・病気

Imgp0007 思えば、今まで私はかみさんにおんぶに抱っこ、何かといえば頼ってばかりだったなあ。

前立腺がんになって以来、家事や買い物、力仕事さえもかみさんがやってくれていたところがある。今も偶に起きる心房細動の発作のときなどは文字通り泣きついては、その都度かみさんに助けられてきたものだ。

こういえばなんだが前立腺がんなどはがんのうちにも入らない、成人病?くらいなものだと心を奮い立たせている。私の方はかえって元気が出てきたというか、何としても元気でなければならない。そんなふうに力んで強がっているのだが・・・

かみさんは腹が据わっているところがあって、私は心配だからやめて欲しいと言うのに、出来る間はと、まだ仕事にも行っている。いたって明るく振舞っている。

でも実は感染には細心の注意を払い、怪我をしないよう、また重い労作も禁じられていて、いつ緊急入院になるとも限らないと言われている。

これからはかみさんに負荷をかけさせないように精一杯心がけよう。

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まさか (2008.3.20記)

2008年03月22日 | 急性骨髄性白血病

これまであまり疲れを見せなかったかみさんが、最近少しのことで疲れやすくなっていた。0803231

毎週行っていたテニスも途中息切れがするといって今月に入りとうとう止めた。軽い散歩の途中でもしゃがみこんだり吐き気をもよおしたりし、そういえば口内炎がひどいということも聞いていた。ラヴに体当たりされただけで大腿部に内出血が出来ていたこともあった。思い起こせば前兆はあったのだ。

元気だけがとり得、いや元気だけは誰にも負けなかったかみさんが・・・まさか

地元で検診を受けたところひどい貧血で特に白血球が極端に減少していた。聞きなれない病名を告げられ、必死にNetで調べた。調べるほどに厳しい内容ばかりであった。

3月11日、大学病院で骨髄検査をし、血液腫瘍専門の教授の診察を受けた。

「確定診断は骨髄検査結果の出る2週間先にしますが、末梢血検査からみて骨髄異形成症候群だと思われます。ショックが2回は厳しいので詳しくは次回ご説明します」

すでにこの病気のいかなるものかは知っていたので、やはりそうかとその場では割と落ち着いて聞けたが、次第に深刻さが増していった。

帰途、かみさんは意外と冷静で気丈であった。努めてそう装っているのかもしれない。

涙も見せず、お父さんこんなことになってごめんね、出来れば子供達にはまだ知らせないで欲しいと言った。

私は自分のことよりも増して狼狽して、帰りの車でも言葉がなかった。涙で視界がぼやけ、逆にかみさんにたしなめられる始末だった。

自分の前立腺がんは転移しているとはいえ、治療が効を奏してまだまだ健康体、あと何年かは大丈夫と思っていた。よりによって何故・・・

その夜、せめて美味しいものでも食べに行こうと、お気に入りの店に予約を入れた。

美味しいはずのヒレ酒がほろ苦かった。

夜遅く、かみさんは遠くに居る姉に電話しながら初めて泣いていた。

あれから一週間が経った。

人に対してはいつでも明るく笑顔を絶やさないかみさんが、ときおり沈み込んでいる。お父さんのことが心配で・・という。そうしながらもせっせと毎日のように、衣服や好きで集めていたアンティークの片付けを始めた。出来るうちは、といって仕事にも行っている。

頑張らなくていい、無理をしないでほしい、そのことだけである。

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ヴィラ・サントリーニ (08.03.15記)

2008年03月17日 | 旅行記

土佐横波スカイライン(今はいたって寂れているが)の入り口、太平洋を見下ろす山の上にある、白亜のしゃれたホテル。0803149_3

ギリシャのサントリー二島を模したというが、真っ青な海原と青い空がその雰囲気にさせてくれる。部屋は窓が小さくて、天井と壁の境目がないドーム型、室内とテラスに大きなジャグジーバスがしつらえてあり、本格的なフランス料理と、地中海気分満点であった。

朝6時過ぎ、室戸岬沖から朝日が昇る姿がまたなんとも素晴らしい。

ヨーロッパ旅行の代替には程遠いがその気分にさせてくれ、かみさんも喜んでくれた。0803144_6

モンシロチョウが舞い、桂浜は南国の陽射しに包まれていた。

旅行と共に元気が出ることといえば、美味いものを食べることである。帰り道「かいだ屋」に寄りうな重を食べた。食欲は旺盛である。満足。0803146

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旅行がしたい (08.03.12記)

2008年03月17日 | 日々のこと

かみさんは2人で旅行がしたいという。

これまでも私たちは2人で旅行をよくしてきた。友達は女性同士で行くほうが気楽で楽しいというけれど、私はお父さんと2人のほうがずっと楽しい、という。

これからも出来るだけ好きな旅行をしたいと思っている。0803148_2

遠くへは行けないので、netで見つけた高知の太平洋を見下ろす高台にあるホテルを予約した。4月の桜の満開時期を見計らって京都南禅寺近くにも2連泊で予約を入れた。後で花見の混雑を避けるため喧騒の終わった4月下旬に変更した。行けるといいが・・・

私のときもそうだった気がする。

人は行き詰ったときは旅に出る。じっとしていては苦しくて、心の救いを求めて旅に赴くのであろう。苦しいとき、明るさを求めて人は動くのだろうか。

今にして思えば、2月のシンガポール旅行はよくぞ行けたものだとおもう。

確かに大変な疲れが出たし、途中ひどい頭痛や吐き気、熱も出たりしたが、それでも何とか元気で楽しんでこられた。孫に会いたさの一心だったのかもしれない。

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