じいじのひとりごと

一人暮らし、ラブラドールのラヴが残り人生を伴走してくれます。

慌てた・・・

2008年10月28日 | 急性骨髄性白血病

昨日、妻の病室に行っていたときのこと、

血小板の輸血を終わり、赤血球の輸血(400ml)の途中のころから、「なんだか背中の辺り悪寒がする」と言っていたかと思うと、突然ガタガタとベッドがきしむほど震えだした。手足は氷のように冷たい・・・30分もしないうちに40度以上の発熱、脈は取れないほど速くなり、血圧が急上昇した。歯はガチガチと鳴り、体温計が持てないほど手が痙攣状に震えていた。・・。

私は初めてのことで慌てたが、妻は「大丈夫、以前にも経験した・・」

看護師さんに来てもらい、主治医も駆けつけてくれた。

一旦輸血を中断し、抗生剤の点滴に切り替える。解熱消炎剤を飲み氷枕をして1,2時間、程なく震えは治まり、熱も37度台に下がってきた。輸血に伴うショックだったのだろうか。

朝一電話すると、その後落ち着いているとのことで、ひとまず安心した。

それで今日は、マイントピアの風呂へ入ってから病院へ行くことにする。

爽やかな秋晴れ、久しぶりにカメラを使う。早朝で入浴客もまばらであった。

温泉好きだった妻と何年も通い続けたところ、もはや味わわせてやれない。

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懐かしの昭和

2008年10月24日 | 日々のこと

紅葉さんのブログでミシンの使用を紹介されていましたね。

我が家には写真のような脚踏み式のミシンがあります。

足踏みとしては後期のものらしくてまだ使えるようです。

おまけにアイロンもこんなのがありました。

古い方は中に焼炭をいれるもので、子供のころには実際に使っていたことを覚えています。

火格子と空気穴があってエントツもありますね、なんかSLのようです。

かみさんの蒐集品の一部ですが、他にも針台とか焼きコテとか石油ランプなど、昭和の珍品ガラクタが沢山あります。

私にとっても懐古品ですね。

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リサイクル ?

2008年10月21日 | 日々のこと

1人生活で最近はすっかり主夫業が板についてきた。

この二三日のように、乾燥したぽかぽか陽気の日は嬉しくなり、布団を干しシーツ類まで洗濯してしまった。

今朝は資源ごみの日だったので、8時前に指定の集積所まで持って出ていたら、既に小型トラックにぽんぽんと積み込んでいる。小走りで駆けつけたが、一足遅く走り去ってしまった。

ちょっと待ってくれればいいものを、腹が立つなあと思いながら見ると、何と半分以上残したままである。アルミ缶だけとってビン類は残してあところをみると、どうもあれは市の収集車ではなかったようだ。

先日もこんなことがあった。

家の一部リフォームに合わせ、この際にと少し古くなった衣類などを詰めたゴミ袋7,8個。中にはスーツなどまだまだ着られる惜しいものもあったが・・・

生ゴミではないから大丈夫だろうと前夜から集積所に出しておいたところ、翌朝ゴミ出し時に見ると全部きれいになくなっていた。これも例の持ち去り屋の仕業らしい。

焼却されるつもりで出したものを又どこかで広げられていると思うと気分のよいものではない。ゴミ出しの前夜や早朝には専門で物色して回っている車がいるらしいと聞く。

地球環境からも、リサイクルされるのならまあいいか?

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妻の誕生日

2008年10月19日 | 日々のこと

妻の63歳の誕生日を2人だけで祝った。

もしかしたらこれが最後の誕生祝いになるかもしれない。

誕生日を覚えてくれていた多くの友達や子供達からも、心のこもったカードや贈り物が届いた。

孫からは「ばあば、元気でいてね」と電話があった。

私はこの日のために手紙を書いておいた。

「かあさん」へ

今日10月18日は、63歳の誕生日だね。0810182_2

おめでとう、ありがとう。

今日まで元気でいてくれて本当にありがとう。

入院生活、酷い抗がん剤治療に耐えて、何度も何度も辛い目にあいながらも頑張ってきてくれてありがとう。

頑張れ、という言葉は使いたくなかったけど、弱音も吐かず本当によくここまで頑張ってきた。

1人病室でどんなにか寂しく辛かったろうに・・・、逆に僕が励まさればかりだった。

毎日もっと傍にいてあげたいのに、短い時間しか居られなくてすまなかった。

結婚以来、「かあさん」が居てくれたからこそ、今までなんでも「かあさん」に任せて僕はなんとかやってこられた。

「かあさん」おかげで子供達も優しい子に育ってくれた。

今「かあさん」が生きていてくれるからこそ、僕も頑張っていられるのだと思う。

入院していても携帯ですぐに話せて、安否が確かめられるから僕は大丈夫でいられるのだと思う。

だからこれからもどうか、どうか長生きして欲しい。

完全に治るのは無理だとしても、どうか今の状態で、週末に家に戻れて二人だけで二日間、傍に居られるだけでいいから、それがいつまでも続いて欲しい。

「かあさん」、今までも、これからも世界で一番愛しているよ。

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今年の祭り

2008年10月18日 | 日々のこと

幸いにもこの週末も妻は熱が出ず、自宅外泊ができた。

ちょうど地方祭たけなわの10月17、近くの山根公園での太鼓寄せ,もちろん見に行くことはできなかったが、家のテレビ(ケーブルテレビ)でライブ中継をあくことなく見ていた。テレビの音を消しても腹に響く太鼓の音と放送が身近に聞こえる。

だから今年は太鼓祭りの写真もテレビ画面です。(上)

引き上げ時に表に出て、煙突山を背景に一枚だけ撮りました。(下)

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嬉しい逢瀬

2008年10月13日 | 日々のこと

この週末に、九州にいる息子夫婦と孫が妻には予告せずひょっこりと帰ってきた。

自宅に泊るのは親父に気苦労をかけるから、と近くのホテルにしたという。

「とにかくおふくろに会いたいし、大きくなった孫の顔も見せてやりたかった」と

まもなく3歳、本来なら七五三祝いをしてやりたかったところであった。

自宅に帰っていた妻とゆっくりとスキンシップをさせてやりたいところだが、今はそれもままならない。

「大丈夫よ、抱かせて」という妻とも、ごらんのように全員マスクでのご対面である。

でも写真だけでも、と言ってぎゅっと抱きしめていた。

孫はちょっと風邪気味だったかな・・・

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穏やかな秋

2008年10月13日 | 急性骨髄性白血病

0810113_2 転院して一ヶ月が来ようとしている。

入院の際に、今後は緩和ケアですからそのつもりで・・・と言われた。

前の病院からの紹介状からの診断であろう。

患者本人を前にして、余命や今後の経過予想、延命処置の希望の有無まで聞かれた。

なんと心無い医師か、しかし妻はそれをただ淡々と聞いていたものだ。

私は妻を見てつい涙ぐんでしまった。

だが医師としてはやるべきインフォームドコンセントだったのだろう。

主治医の配慮で毎週末に自宅外泊している。

血液検査値からはひどい貧血で出血や感染の危険性が懸念されている。

ハイリスクでありながら外泊を許可してくれるのも患者の気持ちとQOLを考えてくれてのこと。主治医は初対面の印象と違い、意外と優しいのである。

週末外泊は今回で3度目、岡山入院では考えられなかったこと、近くに転院できて結果としてはよかった。

土曜の朝8時から日曜の夜9時まで、ぎりぎり一杯の時間を自宅で過ごしている。

自宅にいる間、妻は精神的に随分とリラックスできている様子で、そのためか今までのところ心配していた発熱や異常事態もない。表情も和んでいる。

それだけに日曜の夕方になると悲しそうな顔になる。

岡山での5ヶ月間、外泊もできず独りどれほどか不安であったに違いない。

強力な抗がん剤治療は想像を絶するものであった。

髪はなくなり、二度の肺炎や肺水腫で40度の高熱が続いたこともあった。

あれほど体力があり、気丈に治療へ挑戦してきた彼女がすっかりやつれ果てていた。

抗がん剤治療は気力も体力も奪い、ことごとく効かなかった。

これからはもうあんな辛い治療はしない。(出来ない)

決して状態は良くないが、このところ食欲もあり明るく表情も穏やかになった気がする。

今まで拒んでいた友人の面会も受け入れて談笑している。

私に対しては、もしもの時の身支度や、子供や孫たちへの配慮も口にする。

いつも残される私の心配ばかり言うのである。

考えたくはないが、誰にしたっていつかは受け入れざるを得ないこと、二人して覚悟だけはしておこう。時間はまだゆっくりとあるのだから・・・・

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