荻野洋一 映画等覚書ブログ

http://blog.goo.ne.jp/oginoyoichi

『きみはいい子』 呉美保

2015-08-01 01:41:25 | 映画
 前作『そこのみにて光輝く』が話題となった呉美保監督の新作『きみはいい子』が、前作にも増してすばらしい。『そこのみにて光輝く』の出来は綾野剛、池脇千鶴ら役者陣の熱演に依るところ大きく、佐藤泰志の小説世界へのリスペクトの大きさゆえか、観客は “場末&底辺” パビリオンに入場したような気分も否定できなかった。
 ひるがえって本作『きみはいい子』はリアリズムを基調とする。『そこのみにて光輝く』と同じく北海道で撮影された模様だが、『きみはいい子』の提示する都市空間は、郊外的、公園デビュー的、ショッピングモール的なソフトな抑圧のもとにある。つまり、これは現代日本の一自画像である。学級崩壊とモンスターペアレンツに直面した新人教師(高良健吾)の物語と、女児を虐待する母親(尾野真千子)の物語は、その抑圧と閉塞感で同じ因子を微妙に交換し合いつつ、しかし合流しそうでしない。どこまでもパラレルである。
 私たちはこのパラレルな2つの物語を追いながら、別のストーリーテリングを夢想する。つまり、高良健吾と尾野真千子がアクロバティックな出会いを果たし、まさか恋愛までは始めなくてもいいとしても、ある人生におけるだいじな屈曲として、たがいの苦悩を乱反射させるかも知れない、という要望による夢想である。それは永遠に叶うことはない。そして、その作り手側の判断にまったく違和を覚えない。俳優たちの動き、演出が、『きみはいい子』では条理ある意図と共に成立している。世界観の創造に汲々とした感のある『そこのみにて光輝く』からの、一足跳びの進化で、驚きを禁じ得ない。
 そして、月永雄太のカメラ。映画の前半7割はくすんで陰鬱な色調で、内容が内容だけに、そういう陰鬱な画面設計にしているのか、それにしても暗くてくすんでると思ったのだ。ロケ期間の天候に恵まれなかったかとも邪推した。
 しかし、(詳述できかねるが)ここぞという後半のあるカットの途中で、色調が、体温の上昇を感知したかのように、ぽっと温かみを帯びはじめる。映画全体の画面設計に、ここまで極端なやりかたをとっているのは珍しく思うし、私がカメラと照明で感動したのは、今年では大九明子『でーれーガールズ』、福岡芳穂『正しく生きる』、三木孝浩『くちびるに歌を』、行定勲『真夜中の五分前』、WOWOWドラマの青山真治『贖罪の奏鳴曲(ソナタ)』と、この『きみはいい子』である。


テアトル新宿ほか全国で順次上映
http://iiko-movie.com


最新の画像もっと見る

コメントを投稿