荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『モヒカン故郷に帰る』 沖田修一

2016-01-22 23:26:27 | 映画
 松田龍平を起用して、コミュニケーション不全のアスペルガー的主人公をずるずるべったりな共同体の中に投げ込む、というモティーフがNHKドラマ『あまちゃん』以後、続いている。石井裕也『舟を編む』(2013)、松尾スズキ『ジヌよさらば』(2015)がそうだったし、今回の新作『モヒカン故郷に帰る』もそうである。
 松田龍平の父親を演じる柄本明がすさまじく、これほど狂った柄本明を見るのはいつ以来か。山田洋次が新作『母と暮せば』で吉永小百合に死体を模倣させてやまず、こんな倒錯性が山田洋次にあったのかと見る者を吃驚させた。84歳の山田洋次よりさらに20歳以上も年上のマノエル・ド・オリヴェイラも、『アンジェリカの微笑み』でピラール・ロペス・デ・アジャラを寝台に横たわらせ、死体を演じさせている。死体、死体。出来すぎではないかと疑わしくも思うが、『モヒカン故郷に帰る』の柄本明も死体としての横臥を反復する。そして鈴木清順の映画におけるがごとく、おのがじし肉体を完璧にゴム人形のように変容させるのだ。
 その柄本明の変容過程を、息子の松田龍平と前田敦子のバカップルがニヤニヤしながら囃し立てる。惜しむらくは前田敦子の役柄で、『モヒカン故郷に帰る』が『カルメン故郷に帰る』(1951)のパスティーシュなのだとすれば、モヒカンの松田龍平は、故郷に帰るカルメン・高峰秀子で、前田敦子はカルメンに付き従ってくる小林トシ子ということになる。だとすれば、田舎の素朴な食事に耐えていたらしい小林トシ子が東京に帰るラストシーンで「ああ、ワンタン食べたい!」と実感を込めた台詞を吐いていたが、前田敦子にもあれくらいに強烈な台詞を用意してあげてもよかったのではないか。小林トシ子のあのワンタン発言が、田舎の牧歌性礼讃の建前を一発で吹き飛ばしていたのである。ただし、どんな田舎にもラーメン屋くらいは存在する現代では、そもそも成立しない台詞ではある。
 息子の帰郷に、そのカノジョが同伴するというシナリオは、おそらく監督自身の旧作『横道世之介』(2012)から思いついたものだろう(最近ではゲス&ベッキーがその例として有名)。松田龍平+前田敦子カップルは高良健吾+吉高由里子カップルの後継だと言える。故郷が離島である点も共通する。ライオンズファンの父親(きたろう)が今回、カープファンの柄本明となる。『横道世之介』の域にふたたび到達するのは簡単ではないはずだが、沖田修一にはぜひ頑張ってもらいたい。


3/26より広島県先行公開、4/9より全国拡大公開
http://mohican-movie.jp


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