レコーディングスタジオであれば業務として正しい音を聴取できることが第一であり、後はワーキングスペースとしての居住性が良ければさらにいい(他の要素もあるだろうが)。
当然ではあるが仕事として利用するときに必要な分だけ利用するからだ。
音響用の実験室や研究室はデータが正しく取得できることが至上であり、それ以外はほとんど問題にならない。居住性が最悪の残響室や無響室なども居住性が不快だから駄目などということは決してならない。
では住宅のリスニングルームの場合はどうなるだろうか?オーナーにできるだけ音を良くしたいという欲求があれば正しい音、好みの音になるよう工夫する必要はあるが、欲求がなければ必須ではない。
音も大事ではあるが、その部屋を1日の生活リズムの中、1週間の生活週間の中でどのように使えるかを考えてなるべく使い易く有用にしておかないと、この部屋の音は良いけれどもあまり使わないということになりかねない。
以前に実際に作った時はオーディオとシアター向けだったので、シアターの試聴に支障がないようにと考えると概ねデザインが規定されるのでそれ以外を考えることがなかったが、
オーディオのみの部屋を考える場合、設計の自由度が上がる。
自由度が上がると考える余裕が出てくるのが、その部屋でどう生活したいのか、という点になる。
音楽を聴くのはどういうことを求めたからなのか、もしくは聴かなくてもその部屋に行くというのはどういう時かというのを考えることが部屋のあり方の指標になる。
音楽を専用室でしっかり聴こうという時は、
・リラックスしたい
・極端に眠くはない
・外出しようと思わない
・家族とコミュニケーションを取る時間ではない
・音や光をシャットアウトしたい
・聴きたい音楽がある
・考え事の整頓
・コーヒーや茶などの喫茶しているとき
などの条件が1つまたは複数揃った時である。
その条件下にうまく合った部屋であったり、条件が増えるような部屋であったりすると使い易く、リスニングルームとしては良い部屋になると思われる。
・リラックスしたい→ リラックスしやすい部屋の雰囲気を作る。椅子、もしくは横になれるベッドやソファや昼寝布団などを使えるように環境を整えるべき
・極端に眠くはない→ 真面目に音楽を聴く部屋だと眠いときにはしっかり聴けないので眠いから行けないとなる。ある程度流し聴きで聴くにも使い易かったり寝られるものがあったりすると良い
・外出しようと思わない→ 外出したいときは外出すればいいので特にこれは部屋のデザインに活かす部分はないように思われる。
・家族とコミュニケーションを取る時間ではない→ これも家族とコミュニケーションを取るべき時間は音楽聴くよりそうした方がいいので同上
・音や光をシャットアウトしたい→ 防音室は日常の小さな騒音や光源などをかなりのレベルでカットできるので疲れたときなどにそういう所で刺激をシャットアウトしてリフレッシュするのに有用だったりする。音楽を聴く意外にも有用でありその機能はあるべきである。
・聴きたい音楽がある→ 聴きたい音楽があるときは部屋がどうあれ音楽再生ができる部屋に行くと思われる。
・考え事の整頓→ 音楽をしっかり聴いている時に保留にしていた考え事が纏まったり悩みの整理がついたり精神が澄むすることがよくある。そういった言わば瞑想状態(というには俗過ぎるのだが方向性として)を得るために使い易くすると良いような気がする。
・コーヒーや茶などの喫茶しているとき→ お茶やコーヒーなどの喫茶が個人的には結構好きなので、それなりに拘りの一杯を味わうときは音楽を聴きながら飲むのはティータイムの価値を向上させる。喫茶の空間としても使い易くすると良いように思える。
つまり、普通に防音室、オーディオルームを作った際に具備している性能の他に、
・リラックスしやすい部屋の雰囲気、極論を言えば瞑想しやすい雰囲気
・リラックスできる椅子やソファやゴロ寝できるような場所
・喫茶するのに快適なスペース
があると日常生活の中での趣味としての音楽鑑賞のスペースとして良くなるのではないか?
以前音響調整用の棚のデザインを考えている際に古民家的なテイストの格子戸を用いると具合が良さそうだというところから、リスニングルームに和風テイストは案外相性がいいのではないかという発想に至った。
理由の一つとしては空気を適度に抜けるような意匠が豊富にあることだ。
欄間みたいなのも適度に透過させつつ適度に反射や拡散させつつ、音響調整用の意味も含めインテリアとしても成立するものが豊富にあるように思える。
引用:京都古材市場
さらにリスニングルームだと木材の使用が多くなりがちだがその点は和室との共通点と言える。
他の理由としては当然ながら日本国内ならパーツの入手が容易であることだ。
さらに前半で述べたことが和風が良いのではということに繋がっていくのだが、リスニングルームに本来必要なのはショールーム的な生活感のないゴージャスさのある空間とは思えない。ただ他の居室と同じだけの空間で良いとも思えない。
必要なのは禅の間のように他の事に気が向かず落ち着いた状態で集中できるような空間であるようにも思える。
禅宗のように禁欲的であるべきというものではないのだが、禅の文化で育った内装は音楽鑑賞においてある程度親和性というか学ぶべき点があるように思われる。
引用:柏樹關
そして欧米文化で代替できる物があまりなく、日本人であるからこそ禅の文化を取り入れて掘り下げられないかというように考えさせられる。
そして寺院には枯山水などの庭園があり、外界と連続した場所で良く修行は行われる。
「禅の修行は深山幽谷の大自然の中でおこなうことを理想としています。やむをえず室内や市中で修行する時は理想とする大自然を再現する必要がありました。(引用:
にわそら)」というように、精神的に高みに行く際には外界との関わることが必須と考えられている。寺院の中に篭もって修行すれば事足りるのであれば良いのであれば大自然や庭園など考えなくてもいいはずである。
別にリスニングルームで修行する訳でもなんでもないのだが、外界と空間の連続を絶って部屋に篭もるだけでは心を豊かにできる空間にはならない気がしている。
音響的に悪いとは言われている窓も必要最小限で効果的に使い、窓の向こうの景色に禅庭の考えを応用したものを取り入れると良い部屋になるかも知れない。
引用:エコトピア
また日本の文化に茶道というものがあり、茶室という茶を作り喫茶するための専用部屋が存在する。喫茶と一緒に音楽を聴くのであれば茶室のエッセンスをリスニングルームに取り入れるのも良いのかもしれない。
ただ茶室の要素を取り入れられるのは限定的かもしれない。茶室は質素を旨としており、狭い空間を良しとするが、リスニングルームが響きの為にある程度広い空間を良しとするという反対の趣向をしている。
茶室を参考にするからと言って畳を敷いて地べたで正座したりあぐらをかいたりしながら鑑賞するわけにもいかない。それなりの大きさのスピーカーは基本的には椅子で座って聴くことを想定して作られている。
内装の雰囲気であったり、先ほどの庭を見るための窓として茶室の地窓という考えを取り入れると良いのではというところあたりを取り入れられればという感じだ。
引用:pinterest
いずれにしろ一般的なリスニングチェアであるリクライニングチェア+オットマンでは喫茶はしづらい。リクライニングチェアは残しつつも、喫茶しやすいテーブルとチェアを設置できるよう工夫した方がいいのかもしれない。
和の真髄を特に理解している訳では無いのでエッセンスを取り入れるなどと言える訳もなく、上っ面だけにはなり、和風というか和モダン風どまりであろう。
専用室で和モダン風に設計している事例があまりない。上記の理由で和モダンと相性良さそうに思えるのでデザインを考えてみると面白そうだ。
リスニングルームは木材を多く使いがちで野暮ったくなったり、ルームチューニング材ゴテゴテだと異形な視覚的効果になりがちだが、木材が多いから悪いとか幾何学的な壁材が悪いというより最終的な内装としての仕上がりを考慮してないのが良くないのだと考えている。
視覚的に配慮しつつ理論的に音響的な空間を考えてみるのも面白そうなので考えてみようと思う。