農文館2

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イネモドキに降参? 抵抗!

2018-08-22 13:13:25 | 日記
 度々田んぼのイネモドキについてはお伝えしてきましたが、気温が多少下がり始めた先週半ば頃からイネモドキは一斉に実をつけ始め正体を露わにしてきました。根元を見ないと稲と見分けがつかなかった段階では、ある程度まで除去できると思っていたのが、それが全く見当違いであることが判明したのです。見渡せば田んぼのほぼ全域がイネモドキに覆われ,稲が日陰者にされていることが一目瞭然となってきました。更に加えて、これまで倒伏することのなかった稲が,背丈の高いイネモドキに煽られ重なって、4箇所約3メートル四方の範囲で倒伏していました。

 今の体調を考えると,これはもう降参するしかない、と一瞬思いました。米作りを初めて18年、とうとう年貢の納め時のようにも思いました。でもしかし、されど18年、降参するにはちょっと待て、侵略されていない稲はまだ多少は残っている上、稲刈りまでには1ヶ月以上時間がある、無理せず、体調に合わせてイネモドキと付き合ってみよう、と思い改めました。一騎当千ならぬ四面楚歌、頼りなきか細き老骨一身を叱咤激励、やれるところまでやってみようと思っています。

 それにしても18年、これほどのイネ科の雑草・イネモドキの大群に襲来されたのは初めてです。恐らく収穫は去年の半分ほどいけば良しといったところでしょうか。6月末から7月一杯、除草しなかった結果なのか、それとも酷暑続きの影響なのか、確かなことの一つは、除草剤を一切使っていないことだけでなく、未だ充分に熟知していないわが有機農法にあったような気がします。それこそ無駄な抵抗と知りながらも降参できない理由なのかもしれません。

 確かなことはもう一つ、コスト=お金をベースにした現代合理主義の物差しで計れば、非効率的、非合理主義この上ないと言うことです。ちなみに月中から今日まで6回(6日)田んぼに入っていますが、山で言うと、1合目にきたのかな、の感じです。

 

尾畠さんと鷹取山のおじいさん

2018-08-18 08:48:44 | 日記
 2歳の子供さんを救出した尾畠さんの無私のボランティヤ活動のニュースを見ていて、30数年前のことが蘇りました。横須賀の鷹取山の麓に住んでいたころのことです。休日には必ずといっていいほど、娘康花と鷹取山を散策するのが日課となっていました。登山客が未だ来ていない早朝のことでしたが、正に尾鼻さんと年齢が同じくらいの方が、いつも一人で黙々と山道のゴミ拾い整備をしていたのです。鷹取山は東京に近いハイキングコースであった上、当時はロッククライミングの練習場としても名が知られ、多くの人が訪れてきていました。当然鷹取山は汚れ痛むわけです。鷹取山のおじいさんも“稼ぎ”ではなく本当の仕事をしていたのです。尾鼻さんの活動をめぐって、こういう人が国民栄誉賞、大分県民賞をという声が何人もの方々から上がっていましたが、僕たちは鷹取山のおじいさんの姿を目にしながら、「立派だね、本当に偉いのはこういう人だね」と同じような話をしたことが昨日のことのように目に浮かんだのです。

 人によっては,ボランティアといっても交通費や食事代ぐらい出すべきだという声も聞きますが,尾鼻さんも鷹取山のおじいさんもそれには無縁の人でした。久方振りに清々しいニュースに触れ、過ぎ去りし日を想い起こしながら、大きな力を頂いた気持ちになっています。路傍の片隅にはこうした立派な方々が他にもきっといるに違いない、と思いながら、康花が亡くなる二月前に残した「私の人生 人の為に何もしてこなかった」という詩の一節が重なりました。

 

核廃絶と北方四島、そして沖縄問題の底流(下)。

2018-08-13 10:53:50 | 日記
 それにしても、「保守」とか「右翼」だと称しながらも、彼らはどうしてこれほどまでにアメリカに従属することに甘んじているのでしょう。本来、保守とか右翼は多義的とは言いながらも、基本的には愛国主義に根差していると思うのですが、どうも実態は限りなく曖昧で、疑問を抱かせられるところが多々あります。そのため、せいぜいカッコ「 」つきにしか映らないことが間々あります。その典型が、1972年の沖縄返還後、46年もの間米軍基地の存続に目をつぶっていること、更には他のどこの国も認めていないような差別的な地位協定に、「保守」はともかく、右翼までが撤回の声を上げていない不思議さです。安倍さんのトランプ詣でを、まさか外交的成果などと勘違いしているとは思いたくありませんが、愛国主義を何よりも大事にする右翼がこの体たらくとすれば、一般国民は推して知るべし、ということになるでしょう。愛国主義よりも経済優先! 寄らば大樹! それが今日の実情を物語っているということになるのでしょう。嫌韓嫌中は、アメリカ・コンプレックスがなせるストレス解消と言ったら言い過ぎになるのでしょうか。根本的な問題の解決の底流には常にアメリカがあるということを、「宙ぶらりん」の駄目大人はともかく、若い方々には歴史認識しておいて欲しいものです。

 と言って小生、誤解を恐れるわけではありませんが、決して嫌米、反米ではありません。むしろ親米です。職業柄、経済学者のサミュエルソン、ガルブレイスやドラッカーの著作は座右の書でしたし、メルビル、ホイットマン、ソロー、マークトウェイン、ヘミングウェイ、ベローやカポーティ―らのアメリカ文学者からは多くのことを学びましたし、何よりもハリウッド映画大好き人間で、エリア・カザン、フレッド・ジンネマン、J.フォード、J.ヒューストン、J.スタージェス、シドニー・ルメット、W.ワイラー、B.ワイルダー、S.キューブリック、アーサー・ペン、サム・ペキンパー、オリバー・ストーン、M.チミノなどなど、少年時代から今日に至るまで、監督の名前を挙げたらきりがないほどです。最近ではクリント・イーストウッドもその一人に加えることができます。蛇足ながらイーストウッド作品『マジソングンの橋』,『グラン・トリノ』は上述の文脈からも推薦します。


 ところで近じか自民党の総裁選があるそうですが、安倍さんの「モリカケ」問題をめぐって常づね思い浮かんでいた言説がありました。それは指導者の資質と倫理観について、イギリスの歴史家ギボンが大著『ローマ帝国衰亡史』(岩波文庫全10巻)の中で述べていることです。本著はローマ帝国の栄光と衰退の不可避性を多面的な視座から書き下ろしたもので、栄光には歴代の指導者たちが嘘をつかなかった、嘘が禁じ手であったことがローマ市民の信頼を勝ち得、帝国が維持されたことを叙述しています。日本の衰亡? とローマ帝国の衰亡と比ぶべくもないことを承知の上で、あえて2000年近く前のローマ市民の社会意識の一端をご参考まで引用します。
 
 「彼等は、「偽誓の罪」こそ現世または来世においてもっとも確実に復讐の神々により罰せられるということを、もっとも強固
 な社会の結紐として重視した。」と。


核廃絶と北方四島、そして沖縄問題の底流(上)

2018-08-11 11:42:37 | 日記
 8月9日は、6日の広島に次いで長崎に原爆が落とされてから73年目になります。毎年思うことでもあり、口にもし文章にもしてきたことですが、唯一の被爆国として核廃絶を訴えながらも、一方でこの二つの原爆を落とした当のアメリカの核の傘に依存している現状に説得力のないことは自明です。かつて、日中戦争に絡めてドイツとの戦後処理の違いについて中国の瀋陽師範大学で講演した際、、アメリカの原爆投下と日米関係に触れながら、「人の噂も七十五日」、日本人の忘れっぽさを多少弁護する意識もあって、良くも悪くも「水に流す」という国民性に繋がっていることとの関係性を話したことがありました。

 周知の通り、73年目の今年、国連で核兵器禁止条約が採択されましたが、日本は賛同しませんでした。もとよりNATO諸国同様、アメリカの核の傘の下にあるというのが最大の理由なのでしょう。あるいは遠くない将来、日本も核兵器を持つべきだとする考えがあってのことなのかもしれません。事実、岸信介、佐藤栄作元総理をはじめ保守本流の政治家たちは核兵器の保有を否定してはきませんでしたし、今日、安倍総理の支援団体、櫻井よしこさんを看板とする日本会議が、安倍さんに核兵器保有を検討すべきと提案もしています。

 つまり、本音と建前、建前と本音、どちらが本音なのか、どちらが建前なのか混乱してしまいそうですが、この曖昧さが日本の特徴なのかもしれません。こんな実情を抱えながらもう一つの戦後の懸案問題があります。ロシアとの北方四島返還交渉です。これも言って見ればダブルスタンダード、二股膏薬、上手くいくはずない、と言うのが小生の従来からの持論であることは、少なからずの方々知ってのことかと思います。ロシアに敵対する日米安保だけでも交渉を難しくしているのに、さらに日本に核保有の懸念ありとすれば、ロシアにとっては返還など問題外と言うことになるでしょう。伝えられるところによると、ロシアは近年、択捉、国後での軍事基地化を積極的に進めているそうです。安倍さんをよいしょするマスコミは、安倍さんとプーチンさんとの会談の回数を評価して楽観的な見通しを垂れ流してきましたが、プーチンさんの深謀遠慮を初め、どれほどロシアについて取材分析して記事にしているのか、今さら問うことすら馬鹿馬鹿しいほどです。その意味では、マスコミのみならず野党,「識者」までがトランプさんと「仲良し」する安倍さんに期待を込めているようですが,アメリカの現実を直視するならば、「巧言令色仁なし」というより「利」もないような気がします。

 札幌に在住した6年余、北方四島問題が北海道民にとってどれほど身近で切実な問題であるかを肌身で感じたのはそんな遠くのことではありません。厳しく自省すれば、東京からすれば「よそ事」だったのかもしれません。広島も長崎も「よそ事」、そして同じ文脈上にある沖縄も、そして地方の衰退も「よそ事」のなせる結果と言うことになるのでしょう。

 

「康花銅版画展―生と死の衝動」に寄せられた声

2018-08-04 08:59:33 | 日記
生きるエネルギー、命の光を感じた

* ありがとうございます。今ここに自分がいることに、康花さんに出会えたことに、、、
  康花さんが生きた証は,たくさんの人の心の中に生きつづけると思います。
  メッセージとともに!
  私の娘も平成27年に白血病で一生を終えました。33歳でした。
  娘も,康花さんも,立派に天寿を全うしたと確信します。
  この美術館が在ることは、とても意味深いことと感じます。
  愛が一杯の時を過ごさせていただきました。
  有難うございました。(女性T.H.)

* すごい!
   生きる、エネルギーを、強く感じました。
   今まで知らずにいました。多くの友人に、康花さんのこと、美術館のこと伝えたいと思います。
   (60代女性)

* 大満足です。作品では「変身」、「夜」が心に残りました。
   有難うございました。また来ます。(男性20代)

* ルドンの作品に似たようで、どの作品の中にも死を意識したメッセージや
   思いが込められているのが伝わりました。
   すでに絶命されているのが非常に残念です。
   もっと多くの作品を目にしてみたかったと思う反面、
   限りあり、残りも余り多くないという命や人生を意識して、
   作品を制作されたことを思うと、
   これらの作品が、これからも多くの人の心に留まるのだろう
   と思いました。(男性30代)

* とても胸の中がもやもや、むずむずしています。
  心に残ります。特に「幻葬」は。(女性40代)

* 暗い作風の中に康花さんの人生観を見つけることが出来た。
  また来ます。(女性20代)

* 康花さんの人生と作品に触れる良い機会でした。
  数々の作品に共通して印象に残ったのは「目」でした。
  キラキラと光りながらも、こちらを見透かすように、そして
  とがめるように、あるいはあきらめたように、視線を投げかけている「目」。
  思わず目をそらしそうになった。
  生きた絵を初めて観ました。(C.N.) 

* 息を止めて、人の孤独を感じ、命の光を感じました。
  有難うございました。(女性50代)