その言語に触れる機会をどれだけ持てるかが鍵
よしっ、バイリンガルに育てるぞ、いやいや夫の母語はスペイン語だから、トライリンガルに! 長男が赤ちゃんのときには、当たり前のことのように、そう思っていました。ところが蓋を開けてみると、そうそう思うようにはいきませんでした。バイリンガル教育が成功するかどうかは、それらの言語に接する機会を、いかに多く持てるかにかかっています。英語社会で暮らす家の場合は、日本語に接する機会をいかに整えられるかということ。日本語メディア、日本語での読み聞かせ、日本コミュニティーでの活動や日本へ帰国するなど、日本語に囲まれる環境をできるだけ多く整える。
いくつもの言語を操る人々の例として、スイスなどのヨーロッパやインドなどのアジアの国々の話を聞くことがあります。「だから人間というのは、いくらだって多言語を操ることが可能なのだ!」と。それでもそれらの例は、周りに多言語が溢れている環境だからこそ、可能になっているということ。日常的に親戚やメディアを通じて多言語に触れる生活をしているからこそ、バイリンガル、トライリンガルになり得る。
また大脳の上側後部にウェルニッケル野というのがあり、ここで言語中枢神経が開発され、その中枢は異なる言語によって区分けされていると言います。そしてその区分けが開発されるには、つまり特定の言語を操ることができるようになるには、通常その言語を母国語とする人々が話すスピードで、何千時間も聞きこむ必要があるといいます。その中枢の情報蓄積を元に、聞く、話す、読む、書くという順番で発達していくくと。日本語に接する機会の少ない家の子供達が、聞くことはできてもなかなか思うように話せないというのも、納得がいきます。
National Clearinghouse for bilingual Education の“If your child learns in two language”によると、日常会話習得にはだいたい一・二年、学習言語習得に関しては五年から七年ほどかかると言います。これは異なる言語を母国語としつつ、英語社会で英語に囲まれ学ぶという状況でのことです。その言語に囲まれて暮らしたとしても、言語取得にはこれほど時間かかると言います。
とにかくその言語に囲まれる機会をできるだけ多く持つこと、まずは聞き、そして使う状況を作り出すこと。
・様々な例から学ぶ
日本語をうまく操れる子供さんの家庭を訪ねると、家の中が日本だなあと感じます。日本のテレビが流れ、日本の物に囲まれ、親御さんも日本語以外なるべく話さず、そして日本に定期的に帰り、日本が近い。こうして子供さんは日本語も英語も達者なバイリンガルに、勉強以外でも音楽やスポーツや様々な分野にも大活躍。実際に周りにも見られるバイリンガル教育成功例。
一方、両言語ともどっちつかずの中途半端になるというケースを聞くこともあります。英語がなかなか入らない、こちらで生まれ暮らしながらも高学年になっても英語補助クラスに通っている。確かに同じような環境にあっても、言語をうまく操れる子となかなかそうはできない子がいるなと、我が家の子達を見ていても思います。
そういった場合は一度、一つの言語に絞りとことんまでその言語をマスターしてから、他の言語に取り組んだ方がいいと、今はこちらの大学をリタイヤされた日本語教師の方に教えていただいたことがあります。その方は、娘さんが小学校中学年から一切家の中でも日本語を用いるのを止め(両親日本人)、大学に入ってから日本に留学することで、日本語が使えるようになったとおっしゃってました。また言語学を専攻する知り合いにも、他言語は生まれたときから日常会話程度に聞かせるようにし、学習言語は一つの言葉に絞り、小学校高学年くらいから他言語にも力を入れていくという方法だと、どっちつかずにもならずバイリンガルにもなり得るよと教えていただいたことも。
その子の様子と、中途半端にならないよう親がどこまで環境を整えられるかを見つつ、対応を変えていくことの大切さを教えていただきました。
・家庭内では日本語のみで受け答えさせる?
配偶者が日本語を話さないとしても、「母親とは日本語のみで」というメソッドをよく聞きます。それでも、家のように、日本語メディアにはほとんど触れない生活、日本語の読み聞かせは小さな頃から少しずつ続けているけれど、日本語は私以外からほとんど聞かない、日本へは諸事情により十年以上帰っていないといった、日本語に接する機会がほとんどない状況では、このメソッドもかなり無理があると学びました。
子どもたちがその日体験し読み聞きし学んだことは、全て英語で入っています。周りの情報をスポンジのように吸収する子供達の英語力に比べ、母親との会話だけによる日本語力では、語彙も言い回しの発達も圧倒的に違います。その言語に触れる機会が少ない環境で、その言語のみを用いることを強いるのは、複雑な思考を赤ちゃん言葉のみで話すようにと促すようなもの。「日本語のみで」メソッドを用いるには、豊かな日本語に普段から触れているという前提が必要だと感じています。
「バイリンガル教育を!」と張り切っていた私も、この現実を前に、方向転換することになりました。私自身は日本語で話しかけ続けながらも、「こんなことが書いてあった!こんなことを知った!」と興奮して話す子どもたちを前に、「それらの知識をより調べ深めること」を、「それらを日本語で表す練習」より優先していくように。
それでも日常会話まで英語に引っ張られないよう、その「切り替え」がこれからの我が家の課題です。
・今の我が家に何ができるか?
その言語にできるだけ触れられる環境を整えられるのが理想なのですが、もし家のように難しい場合は、「バイリンガル」に拘るよりも、まずは一つの言語で複雑な思考が可能となるほどの言語力を身につけてから、その上に第二外国語として他言語を乗せていくというのも、一つの手だろうと、先達から学んでいます。
まずは日常会話を英語に引きずられない、日本語メディアも少しずつ生活に取り入れ、私以外に日本語に触れる機会を増やし、ママが日本語で言う内容は理解できるけれど日本語を話すには口が回らないという子供達に「話す練習」を。あと、日本に帰るための貯金(笑)。
できることを、こつこつと。
よしっ、バイリンガルに育てるぞ、いやいや夫の母語はスペイン語だから、トライリンガルに! 長男が赤ちゃんのときには、当たり前のことのように、そう思っていました。ところが蓋を開けてみると、そうそう思うようにはいきませんでした。バイリンガル教育が成功するかどうかは、それらの言語に接する機会を、いかに多く持てるかにかかっています。英語社会で暮らす家の場合は、日本語に接する機会をいかに整えられるかということ。日本語メディア、日本語での読み聞かせ、日本コミュニティーでの活動や日本へ帰国するなど、日本語に囲まれる環境をできるだけ多く整える。
いくつもの言語を操る人々の例として、スイスなどのヨーロッパやインドなどのアジアの国々の話を聞くことがあります。「だから人間というのは、いくらだって多言語を操ることが可能なのだ!」と。それでもそれらの例は、周りに多言語が溢れている環境だからこそ、可能になっているということ。日常的に親戚やメディアを通じて多言語に触れる生活をしているからこそ、バイリンガル、トライリンガルになり得る。
また大脳の上側後部にウェルニッケル野というのがあり、ここで言語中枢神経が開発され、その中枢は異なる言語によって区分けされていると言います。そしてその区分けが開発されるには、つまり特定の言語を操ることができるようになるには、通常その言語を母国語とする人々が話すスピードで、何千時間も聞きこむ必要があるといいます。その中枢の情報蓄積を元に、聞く、話す、読む、書くという順番で発達していくくと。日本語に接する機会の少ない家の子供達が、聞くことはできてもなかなか思うように話せないというのも、納得がいきます。
National Clearinghouse for bilingual Education の“If your child learns in two language”によると、日常会話習得にはだいたい一・二年、学習言語習得に関しては五年から七年ほどかかると言います。これは異なる言語を母国語としつつ、英語社会で英語に囲まれ学ぶという状況でのことです。その言語に囲まれて暮らしたとしても、言語取得にはこれほど時間かかると言います。
とにかくその言語に囲まれる機会をできるだけ多く持つこと、まずは聞き、そして使う状況を作り出すこと。
・様々な例から学ぶ
日本語をうまく操れる子供さんの家庭を訪ねると、家の中が日本だなあと感じます。日本のテレビが流れ、日本の物に囲まれ、親御さんも日本語以外なるべく話さず、そして日本に定期的に帰り、日本が近い。こうして子供さんは日本語も英語も達者なバイリンガルに、勉強以外でも音楽やスポーツや様々な分野にも大活躍。実際に周りにも見られるバイリンガル教育成功例。
一方、両言語ともどっちつかずの中途半端になるというケースを聞くこともあります。英語がなかなか入らない、こちらで生まれ暮らしながらも高学年になっても英語補助クラスに通っている。確かに同じような環境にあっても、言語をうまく操れる子となかなかそうはできない子がいるなと、我が家の子達を見ていても思います。
そういった場合は一度、一つの言語に絞りとことんまでその言語をマスターしてから、他の言語に取り組んだ方がいいと、今はこちらの大学をリタイヤされた日本語教師の方に教えていただいたことがあります。その方は、娘さんが小学校中学年から一切家の中でも日本語を用いるのを止め(両親日本人)、大学に入ってから日本に留学することで、日本語が使えるようになったとおっしゃってました。また言語学を専攻する知り合いにも、他言語は生まれたときから日常会話程度に聞かせるようにし、学習言語は一つの言葉に絞り、小学校高学年くらいから他言語にも力を入れていくという方法だと、どっちつかずにもならずバイリンガルにもなり得るよと教えていただいたことも。
その子の様子と、中途半端にならないよう親がどこまで環境を整えられるかを見つつ、対応を変えていくことの大切さを教えていただきました。
・家庭内では日本語のみで受け答えさせる?
配偶者が日本語を話さないとしても、「母親とは日本語のみで」というメソッドをよく聞きます。それでも、家のように、日本語メディアにはほとんど触れない生活、日本語の読み聞かせは小さな頃から少しずつ続けているけれど、日本語は私以外からほとんど聞かない、日本へは諸事情により十年以上帰っていないといった、日本語に接する機会がほとんどない状況では、このメソッドもかなり無理があると学びました。
子どもたちがその日体験し読み聞きし学んだことは、全て英語で入っています。周りの情報をスポンジのように吸収する子供達の英語力に比べ、母親との会話だけによる日本語力では、語彙も言い回しの発達も圧倒的に違います。その言語に触れる機会が少ない環境で、その言語のみを用いることを強いるのは、複雑な思考を赤ちゃん言葉のみで話すようにと促すようなもの。「日本語のみで」メソッドを用いるには、豊かな日本語に普段から触れているという前提が必要だと感じています。
「バイリンガル教育を!」と張り切っていた私も、この現実を前に、方向転換することになりました。私自身は日本語で話しかけ続けながらも、「こんなことが書いてあった!こんなことを知った!」と興奮して話す子どもたちを前に、「それらの知識をより調べ深めること」を、「それらを日本語で表す練習」より優先していくように。
それでも日常会話まで英語に引っ張られないよう、その「切り替え」がこれからの我が家の課題です。
・今の我が家に何ができるか?
その言語にできるだけ触れられる環境を整えられるのが理想なのですが、もし家のように難しい場合は、「バイリンガル」に拘るよりも、まずは一つの言語で複雑な思考が可能となるほどの言語力を身につけてから、その上に第二外国語として他言語を乗せていくというのも、一つの手だろうと、先達から学んでいます。
まずは日常会話を英語に引きずられない、日本語メディアも少しずつ生活に取り入れ、私以外に日本語に触れる機会を増やし、ママが日本語で言う内容は理解できるけれど日本語を話すには口が回らないという子供達に「話す練習」を。あと、日本に帰るための貯金(笑)。
できることを、こつこつと。