長内那由多のMovie Note

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『アンビリーバブル たった1つの真実』

2020-01-31 | 海外ドラマ(あ)

最近、SNS上でしばしば見かける「ハリウッドはポリコレを気にしてつまらなくなった」という言説。人種の多様性や、マイノリティのエンパワメントを描いた作品がここ数年で増えたのは確かだが、それが作品の質を落としているというのは見当違いだろう。MCU『スパイダーマン:ホームカミング』やNetflix『13の理由』といった学園ドラマで多様な人種が登場するのは現地で当たり前の光景であり、ようやく人種の多様さが視覚化されただけの事だ。『ゲーム・オブ・スローンズ』でほとんどの男たちが死に絶え、女性君主が台頭していく展開が#Me tooの時流と一致したのはポップカルチャーの持つ時代精神と言ってもいいだろう。

Netflixのリミテッドドラマ『アンビリーバブル たった1つの真実』を見ていると、ポリコレ的正しさが作品の面白さを損なわない事を改めて実感できる。実際の事件に材を取ったこの作品は凶悪な連続レイプ犯を追う熱い刑事ドラマであり、第1話冒頭で警察に保護される被害者マリーの視点から理不尽な現実を告発する社会派ドラマでもある。


第1話は心して見てほしい。舞台は2008年。冒頭、レイプ被害に遭ったマリーは警察に通報し、保護される。男性の警察官がかけつけ、念入りに聴取を行った後、今度は男性の担当刑事が現れ、事件の詳細を密室で再び聴取する。ようやく女性が現れたのは病院の検査での事だ。犯人はあらゆる痕跡を消し去っており、刑事達は心身共に疲弊したマリーの曖昧な言動から虚報ではないかと疑いの目を向け、マリーもなし崩しに同意してしまう。

第2話はこれと対の構成が取られている。時は変わって2011年、やはりレイプ事件の通報を受けた女刑事(メリット・ウェバー)が現場に駆け付け、捜査に当たる。彼女は被害者が「ごめんなさい」と口をつけば必ず「あなたは悪くない」と言う。家に帰れば幼い子供が2人おり、すぐさま玄関脇の金庫に銃をしまう。さり気ないが、この演出はシーズンを通して徹底される。“正しい”ディテールが話を損なう事なく、この刑事の人物像を造形していくのだ。
 演じるメリット・ウェバーも絶品である。人一倍小さな声で話すが、誰よりも腰が据わっており、生活感がある。こんな現実感ある女刑事は日本のTVドラマでまずお目にかかれない。


『アンビリーバブル』はこうした実直さを持ちながら、毎話アッパーなクリフハンガーで終わる構成を取っており、連続ドラマとしてのフックも十分で驚く。第3話からはここに刑事としてトニ・コレットが合流。『ヘレディタリー』といい近年、目を見張る充実ぶりのベテラン女優が胸のすく快投だ。男2人がバディを組めば何かと湿っぽいエピソードが持ち出されるが、女が2人揃えば寄り道もせず犯人に迫り、実に頼もしい。

実際の事件を基にしているだけにスリリングなアクション等、過剰な娯楽的脚色は皆無だが、その“外し”と誠実さが本作の魅力であり、クリエイター陣はスタミナある演出力でサスペンスを持続する事に成功している。メディアリンチに晒されるマリーと、じれったいまでの歩みながら着実に犯人に迫る刑事2人の物語が交錯する終盤は圧巻だ。悲痛な事件にカタルシスがもたらされ、2人は真なる刑事(トゥルー・ディテクティブ)へと成長を遂げる。難役を見事にこなしたマリー役ケイトリン・ディーヴァーは同年『ブックスマート』にも主演。近年類を見ない特大ブレイクスルーとなった。

 時代によって価値観が変わるのは当然のことである。そのスピードはNetflixはじめグローバルなターゲットを持つ新たなプレーヤー達によってさらに早くなっている。僕たちが常に意識をアップデートする事で社会はより生きやすく、何よりポップカルチャーを楽しめるようになるのではないだろうか。


『アンビリーバブル たった1つの真実』19・米
監督 リサ・チョロデンコ、他
出演 ケイトリン・ディーヴァー、メリット・ウェバー、トニ・コレット

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