長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『アンダン 時を超える者』

2020-08-02 | 海外ドラマ(あ)
※このレビューは物語の結末に触れています※

 統合失調症の女性を主人公にしたSFアニメ…こんな企画まで通ってしまうのだからPeakTVの充実たるや。主人公アルマは交通事故をきっかけに亡き父の姿が見えるようになる。父は時空を超える力で自分の死の真相を探ってほしいと言うのだが…。

 『アンダン』の大きな特徴は俳優の動きをトレースしてアニメーションを付ける“ロトスコープ”という撮影技法だ。日常描写にアニメ演出を施す事で、世界がぐにゃりと歪むような効果があり、2000年代にはリチャード・リンクレイターが夢の階層を無限に彷徨う哲学アニメ『ウェイキング・ライフ』と、フィリップ・K・ディック原作『スキャナー・ダークリー』という彼ならではの実験精神に満ちた傑作をモノにしている。

アルマのタイムトラベルはタイムマシン等の機械を使わず、その精神だけが時空を超えるものであり、やがて僕らはこれが夢か現か、はたまたアルマの狂気なのかわからなくなっていく。ロトスコープはそんな心の曖昧さを表現するにはピッタリの技法なのだ。

 幼い頃のアルマには精神疾患に苦しんだ祖母がおり、「いつか自分も同じようになるのでは?」と恐怖を抱いていた。個人的な話だが、統合失調症の家族を持つ者が医学的根拠がないにも関わらず遺伝を恐れる事は、ある。近年、メンタルヘルスをテーマとした作品は多く、NetflixのTVシリーズ『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』やアリ・アスター監督の『へレディタリー』といったホラー作品では文字通り“呪い”として描かれ、『ユーフォリア』『最高に素晴らしいこと』といった青春モノでは恋人との別離よりも切実な問題とされていた

 『アンダン』はテーマと手法が合致した作品であり、ロトスコープの必然は物語が終盤に近付くにつれて明らかとなっていく。これは人生に疲れ、亡き父を想うアルマの心の旅であり、家族や恋人の協力を得て病いを受け入れるまでを描いたパーソナルな物語なのだ。

 アルマ役は『アリータ』で主人公のモーションキャプチャーを演じたローサ・サラザール。今回も所謂“中の人”だが、台詞回しには『ロシアン・ドール』のナターシャ・リオンを思わせるキレがあり、ぜひとも生身の芝居が見てみたい人だ。父親役のボブ・オデンカークは今や名優の貫禄である。

部屋の電気を消して、できれば静かな夜更けにじっくりと見てほしい。このドラマはきっとあなたを新たな覚醒に誘うだろう。


『アンダン 時を超える者』19・米
製作 ラファエル・ボブ・ワクスバーグ、ケイト・パーディ
出演 ローサ・サラザール、ボブ・オデンカーク、アンジェリーク・カブラル



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