長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『her 世界でひとつの彼女』

2020-10-27 | 映画レビュー(は)

 これまで奇抜な脚本と映像表現で映画ファンを魅了してきた奇才スパイク・ジョーンズ監督。一転『her』は見る者の琴線に触れる、成熟の1本だ。独創的なSF世界に誰もが失恋の痛みと人を想うことの幸福を噛み締めるだろう。

 ライアン・ジョンソン監督の『LOOPER』しかり、この時期のSF映画のトレンドは上海の様子で、とてもロケとは思えない街並みが未来のLAとして謳われる。ここでアーケードファイアの浮遊感ある音楽に包まれ、失恋の痛みに揺蕩うのは『ザ・マスター』から解脱したホアキン・フェニックスだ。無気力でぼんやりした彼は手紙の代筆を生業としているが、千の言葉を知っていても胸の傷は癒えない。失恋とはかくもつらい体験だが、これだけ強く物事を想うのはどんなに稀な事か。恋している人も、恋のブランクがある人もジョーンズの柔らかなタッチに自身を省みるだろう。

 ホアキン扮するセオドアは話し相手にと話題の最新OSをインストールする。サマンサと名乗るその人工知能はウィットに富み、溌剌として、打てば響くように言葉を返し持ち主の話し相手となってくれる。セオドアは日々、このアプリを携帯しているうちに恋に落ちてしまう。

 そりゃOSがセクシーでハスキーなスカーレット・ヨハンソンの声をしていたら無理もない。ヨハンソンは声だけで映画に恋の高揚をもたらし、その非凡な才能を証明している。

 常に携帯電話に目を向け、イヤホンで耳を閉ざしたセオドアを内に籠もった人と言い切るのは簡単だ。サマンサがあまりにも魅力的で、少しでも関係をリアルにしたいと願う1人と1体の姿は完全に本気の恋愛である。でも恋の魔法はいつか解ける。突然、OS達がマトリクスの彼方に消えてしまった時、セオドアはようやく妻との別れを昇華し、心を開く。SFとは常に人間が自身と向き合う自己探求のジャンルであった。恋の成就だけがハッピーエンドじゃない。人は人を想い、時に失恋が降り積もって、豊かな人生を形作っていくのだ。


『her 世界でひとつの彼女』13・米
監督 スパイク・ジョーンズ
出演者 ホアキン・フェニックス、スカーレット・ヨハンソン、エイミー・アダムス、ルーニー・マーラ、オリヴィア・ワイルド


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