長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ホワイト・ノイズ』

2023-03-18 | 映画レビュー(ほ)

 アルフォンソ・キュアロンの『ROMA』に始まり、ケネス・ブラナーの『ベルファスト』、ptaの『リコリス・ピザ』、リンクレイターはロトスコープを用いた『アポロ10号1/2 宇宙時代のアドベンチャー』、そしてスピルバーグが『フェイブルマンズ』と昨今、多くの監督が自身の少年期を題材にした私映画を発表している。ブロックバスターは劇場公開、それ以外の映画はストリーミング配信といったように映画産業がドメスティックな激変を遂げ、映画芸術が終わろうとしている昨今、映像作家としての原体験をスクリーンに遺したい想いもあっての事だろう。そんな“私映画”ブームに背を向けたのが、『マリッジ・ストーリー』で自身の離婚体験まで映画化した私映画作家ノア・バームバックだ。今回はドン・デリーロの小説『ホワイト・ノイズ』を脚色した初の原作モノで、予算は8千万ドル。これまでの自作を全て合わせてもまだ足りないビッグバジェットだ。近年、Netflixのお抱え作家として作品を撮り続けてきたバームバックだが、さすがに株価大暴落、選択と集中に経営方針を切り替えた現在のNetflixでは2度と通らないであろう大規模プロジェクトである。

 当然、これだけの予算があれば今までの作品にはない画が実現し、こんな引き出しもあったのかと驚かされた。ロル・クロウリー(『The OA』)によるカメラは全てのシーンがピタリと決まり、何とこれまでのバームバック作品からは想像もつかない大爆発シーンまである。バームバックはスケール感あるシネアストでもあったのだ。とは言え、化学物質の流出事故により死を意識する主人公のミドルエイジクライシスは、アダム・ドライバーとグレタ・ガーウィグという『フランシス・ハ』以来の共演となるバームバック映画のアイコン2人によって、コロナ禍を体験したバームバック自身の死生観としても読み取れる。

 デリーロによる原作小説は1985年に書かれたもので、コロナ禍を批評した作品ではない。だが、パンデミックというフィクションでしか起こり得ないと思っていた体験をした今、本作で描かれる出来事はどれも私達にとって馴染み深い光景だ。カタストロフが始まればある者はタカをくくり、一方では陰謀論者が幅を利かす。筆者はデリーロ作品を読んだことはないが、2003年の時点でリーマン・ショックを予見していた『コズモポリス』が異才デヴィッド・クローネンバーグによって映画化されており、『ホワイト・ノイズ』との間にはどんな映画監督が撮っても共通する“デリーロ映画”とも言うべき空気が通底していると感じた。

 『マリッジ・ストーリー』に続く新作としてNetflixの2022年の勝負作と期待が集まったものの、難解なデリーロ原作が広く理解されることもなく、映画は不発に終わった。とはいえ、いよいよ脂の乗ってきたドライバーと勝手知ったるバームバック映画で女優復帰を成し遂げたガーウィグの共演は本作の宝である。特にガーウィグの得難い個性に、実生活でもパートナーであるバームバックが如何に心酔しているのか窺い知れた。『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』での監督としての評価の確立も嬉しいが、今後ぜひ俳優業も継続してほしいところである。


『ホワイト・ノイズ』22・米
監督 ノア・バームバック
出演 アダム・ドライバー、グレタ・ガーウィグ、ドン・チードル、ラフィー・キャシディ、ラース・アイディンガー
※Netflixで独占配信中※
 

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