長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『アポロ 10号1/2 宇宙時代のアドベンチャー』

2022-04-13 | 映画レビュー(あ)

 1969年、ヒューストンに暮らす9才の少年スタンのもとにNASAの職員がやって来る。“宇宙船のサイズをどういうワケか子供サイズに間違って作ってしまった。このアポロ10 1/2号で月へ向かってもらいたい”。

 リチャード・リンクレイター監督の最新作はこんな出だしで始まるアニメーション映画だが、胸躍る空想科学アドベンチャーではない。リンクレイターがヒューストンに生まれ、当時9歳であった事を知らなければジャック・ブラックによって延々と昔語りが続くことに面食らうだろう。本作はリンクレイターが『6才のボクが、大人になるまで』の撮影中、はてこの年頃の自分はどうだったかと振り返った際に着想を得たエッセイ映画なのだ。近年、アルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA』、ケネス・ブラナー監督の『ベルファスト』と映画作家が自身の半生を振り返った半自伝的映画が相次いでおり、リンクレイターがあくまで大冒険を夢見る小学4年生の視点で振り返っているのがユニークだ。そう、この年頃は毎夜未知への冒険を夢想しながら眠りについたではないか。先の2監督はモノクロームで回顧したが、リンクレイターにとって現実と妄想、記憶を描くフィルターは『スキャナー・ダークリー』『ウェイキング・ライフ』で培ってきたロトスコープアニメである。これまでの2作に比べると突飛なアニメーション表現は抑えられているが、ナラティヴを思えばリンクレイターにとって理にかなった表現手法である。

 コロナショックによって映画産業の一形態が急速に終わりを迎えつつある現在、作家たちが同時多発的に自身の半生を振り返る“最後の映画”を撮り始めているのが興味深い。キュアロンとブラナーに加え、ptaの『リコリス・ピザ』にスピルバーグも『The Fabelmans』を準備している。それらは彼らの年代から自ずと人種問題や紛争に揺れた1969年前後を舞台とし、激動する2020年代の“参照点”となっている。リンクレイターによるこの回顧録も格差社会と黒人差別をないがしろに宇宙開発を急いだ政府に対する批評的な視線が織り込まれているが、その語りの上手さは観る者の個人史を引き寄せて、誰もが魅せられる事だろう。


『アポロ 10号1/2 宇宙時代のアドベンチャー』22・米
監督 リチャード・リンクレイター
出演 ジャック・ブラック、ビル・ワイズ、リー・エディ

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