長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ベルファスト』

2022-04-10 | 映画レビュー(へ)

 英国が誇るシェイクスピア俳優、演出家であるケネス・ブラナーが北アイルランドはベルファストでの幼少期を映画化した本作は、アカデミー賞7部門ノミネートをはじめ彼の最高傑作として高い評価を獲得した。2007年の『スルース』以後、ブラナー作品の撮影を手掛けてきたハリス・ザンバーラウコスによる美しい構図のモノクロームと、ヴァン・モリソンによる音楽を得た本作はブラナーの記憶が紡がれる“エッセイ映画”だ。時は北アイルランド紛争が激化する1968年。日々の生活と紛争の暴力に両親は如何にして子供たちを守るかと心を砕くも、9歳の主人公バディの目線はまだ幼い。クラスの女の子に淡い恋心を寄せ、近所のお姉ちゃんとは駄菓子屋で万引きする。おじいちゃんとおばあちゃんはいつも話が楽しく、優しい。なんとも愛らしい子役ジュード・ヒルが無邪気に駆け回る姿は、観る者のいつかの個人史を引き寄せる事だろう。モノクロームのエッセイ映画と言えば、アルフォンソ・キュアロン監督がやはり自身の少年時代を描いた『ROMA』が先行するが、両親に対して冷ややかなキュアロンに対しブラナーは父親役にジェイミー・ドーナン、母親役にカトリーナ・バルフという美男美女を配し、眩いばかりに彼らへの愛を謳っているのが微笑ましい。
 
 そんな少年時代に戦争という暴力が押し寄せてくる。街は破壊され、同じ国の中で異なる宗派が憎み合うよう仕向けられる。日常が変貌していく光景は奇しくも本作の日本公開と時を同じくしたロシアによるウクライナ侵攻を彷彿とさせ、ブラナーの個人史は2022年に同時代性を獲得して静かな迫力を帯びる。近年、『シカゴ7裁判』『ユダ&ブラック・メシア』『セバーグ』『サマー・オブ・ソウル』『スモール・アックス』といった1968〜69年を描く作品が相次ぎ、対立と連帯、政府の腐敗という激動する2020年代の“参照点”とされているのが興味深い。
 
 『ベルファスト』がその普遍性を高めているのはブラナー自らが手掛けた美しいダイアローグにある。アカデミー助演賞にノミネートされたシアラン・ハインズ、ジュディ・デンチらが演じる祖父母の含蓄に富んだ言葉が素晴らしく、中でもデンチによる終幕のセリフは観る者の心を強く揺さぶる。短い出番ではあるものの、デンチは晩年を代表する名演ではないだろうか(ちなみにハインズは69歳、デンチは87歳である)。
 そして“去った者、残った者、命を落とした者たちへ”という献辞に、僕たちは今もなお故郷を追われ、物語になることなく命を奪われていった多くの人々を思わずにはいられないのである。
 

『ベルファスト』21・英
監督 ケネス・ブラナー
出演 ジュード・ヒル、カトリーナ・バルフ、ジェイミー・ドーナン、シアラン・ハインズ、ジュディ・デンチ

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『ナイトメア・アリー』 | トップ | 『レア・セドゥのいつわり』 »

コメントを投稿

映画レビュー(へ)」カテゴリの最新記事