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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『バービー』

2023-08-28 | 映画レビュー(は)

 マテル社提供でバービーを実写映画化、という報せを聞いた時は臆面もないハリウッドの企画制作にゲンナリしたものだが、その後主演がリアルバービーなマーゴット・ロビーに決まり、彼女はエグゼクティブプロデューサーも兼任。ロビーのプロデュースといえば『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』にエメラルド・フェネルのオスカー脚本賞受賞作『プロミシング・ヤング・ウーマン』、NetflixのTVシリーズ『メイドの手帖』と、ラインナップを聞くだけでも“映画作家”として一本筋が通っているのは理解できるというもの。そして監督に抜擢されたのが“インディーズ映画の女王”と呼ばれ、『レディ・バード』『若草物語』で監督としての才能も発揮したグレタ・ガーウィグだ。おまけに共同脚本にはガーウィグの実生活のパートナーでもあるノア・バームバックがアナウンスされ、いよいよどんな映画か全く見当もつかなくなった。果たして映画が公開されてみれば全米では同日公開となったクリストファー・ノーラン監督作『オッペンハイマー』との相乗効果もあって、今年ナンバーワンの大ヒットを記録。ついには配給ワーナー・ブラザースの歴代興行収入記録1位作『ダークナイト』すら抜き去る歴史的大成功となった。

 マテル社がこれまで発売してきた幾種類ものバービー達が暮らす“バービーランド”は、バービー1人ひとりに役割があり、彼女らの主権で成り立つ理想郷のような場所。ここでは肉体労働者から医師、物理学研究者から大統領に至るまでありとあらゆる職種が女性で占められている。では男たちは何処に行ったのか?バービー人形のボーイフレンド、という役割で開発されたケンに職業はない。サーファーボーイという設定上、常にビーチで遊ぶばかりのホームレスで、しかも彼らには性器が造形されていないから恋人関係も性交渉も存在しない。当然、ここには死という概念もなければ老いもない。しかし子どもたちの乱暴な遊びによって破壊されてしまったバービー(ケイト・マッキノン演じる)は“へんてこバービー”と呼ばれ、街の外れに追いやられている。全てが真っピンクのバービーランドはいやこれディストピアじゃないのか!?

 ガーウィグとバームバックの脚本はまるで二重三重の梱包の如く用意周到だ。ひょんなことから人間世界へ向かったバービーとケンは、そこで驚くべきカルチャーギャップに直面する。人間世界は男女の立場がバービーランドと全く逆。男性上位社会にショックを受けたケンはさっそくこの思想をバービーランドに持ち込むのだが…。認められたい、愛されたいばかりに暴走していくケンの哀れは終幕、涙すら誘うほど。いやいや、そもそも虐げられ、顧みられることのない悲哀は現実で男女逆じゃん!と気付かされるところに本作のクレバーな魅力がある。演技派であるマーゴット・ロビー、ライアン・ゴズリングはサマーシーズンのコメディ映画で自身のキャリアを更新する快投ぶりで、お人形さん演技に次第に血を通わせていくロビーの巧みな演技プランはもちろんのこと、『バビロン』に引き続きスクリーンに愛された泣きの芝居を堪能する映画でもある。あらゆる場面をさらうチャーミングなゴズリングは、助演エントリーならオスカーも十分に狙えそうだ。

 ガーウィグの演出はあともう1本コメディをやれば、おふざけシーンも大いに弾けそうなぎこちなさがあるものの、ギャグの志向が意外やサタデー・ナイト・ライブにある事は発見だ。マテル社社長役でウィル・フェレルが降臨。近年、“俺たちシリーズ”(注:日本で勝手に名付けている)が冴えない印象のフェレルにガーウィグは最大限のリスペクトを捧げ、フェレルも胸を貸して大いに笑わせてくれる。一部で指摘されている『バービー』と『俺たちニュースキャスター』の構造的類似は頷ける話で、『シャン・チー』の百倍は楽しそうなシム・リウとゴズリングがノリノリで大暴れするクライマックスは『俺たち〜』の大乱闘シーンとまるっきり同じノリ。そういえばあの映画にはベン・スティラーも出ていた。スティラーといえばバームバックの分身とも言うべき存在。ケンにはバームバック映画特有の“自分が思っていたよりも早く大人になってしまったことへの悪あがき”も託されている。

 本当の自分らしさとは地に“踵”を着けて歩いた先にあるのではないか?自分には役割もなければマーゴット・ロビーみたいな美貌もないし、歳も取りすぎてしまったと思う人も少なくないだろう。だがバービーが人間社会で最初に美しいと感じたのはバス停に座る老婆だった。彼女こそアメリカ映画界の衣装デザインの巨匠、アン・ロスである。大地に根を張り、誰にwokeさせられるでもなく、時間と共に培った知恵を持って生きることこそ、本当の自分らしさと美しさがあるのではないだろうか。


『バービー』23・米
監督 グレタ・ガーウィグ
出演 マーゴット・ロビー、ライアン・ゴズリング、アメリカ・フェレーラ、ケイト・マッキノン、シム・リウ、マイケル・セラ、ウィル・フェレル
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『ハート・オブ・ストーン』

2023-08-19 | 映画レビュー(は)

 やれやれ、どっちを向いてもスパイだらけだ。『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』でジェームズ・ボンドを引退したダニエル・クレイグの後釜を狙っているワケでもないだろうに、昨年の『グレイマン』、同じくルッソ兄弟プロデュースによるTVシリーズ『シタデル』に続き、今度はワンダーウーマンことガル・ガドットが諜報機関を超えたスパイ組織“チャーター”の凄腕スパイ、コードネーム“ハートの9”として登場する。『ザ・フラッシュ』でのワンダーウーマン客演も記憶に新しいガドットだが、祖国イスラエルでの兵役経験もあるだけにフィジカルアクションこそが彼女の本領。『ハート・オブ・ストーン』では巻頭早々、パラシュートでの山岳滑走から市中でのカーチェイス、銃撃戦に近接格闘、高高度からのスカイダイビングとあの手この手のシチェーションで八面六臂の活躍を見せる。

 製作を『ミッション:インポッシブル』シリーズのSKYDANCEが手掛けていることから、ガドット版MIシリーズを標榜していることは大いに想像がつくものの、残念ながら『ハート・オブ・ストーン』は『デッドレコニング』でもなければ哀しいかな、ガル・ガドットもトム・クルーズではない。ほぼ全てのアクションシークエンスに過剰なまでに施されたCGがTVゲームっぽさを増すばかりで、ここにはトムが到達していたスラップスティックなまでの活気は皆無。時折、ハードなスタントシーンにユーモアを込めようとする素振りはあるものの、尽く不発に終わっている。ガドットもクールなアクションヒロイン以上の魅力を得るには至っていないのだ。

 おそらくNetflix夏の目玉作品として大金が掛けられているであろう本作は、皮肉にも直前に劇場公開された『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング』の破格の面白さとトム・クルーズの偉大さを逆説的に証明し、いつもの“B級Netflix映画”の枠に収まってしまった。いやはや、困ったもんである。


『ハート・オブ・ストーン』23・米
監督 トム・ハーパー
出演 ガル・ガドット、ジェイミー・ドーナン、アーリヤー・バット、ソフィー・オコネドー、マティアス・シュヴァイクホファー、ジン・ルージ、ポール・レディ
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『ハズバンズ』

2023-08-10 | 映画レビュー(は)

 映画冒頭、4人の中年男たちの楽しげな写真が映し出されていく。彼らは長年の親友同士だったのだろう。ところがその内の1人が急逝。遺されたハリー、ガス、アーチーの3人は葬儀の帰り道、途方に暮れてしまう。

 人生、先が見えてきたミドルエイジクライシスの3人が、ヤケになって狼藉を繰り返す。ジョン・カサヴェテス監督の第5作『ハズバンズ』は今でこそ多くの亜流コメディを生んだ原点だが、2023年の今見直すとよりトラジックで暴力的だ。3人は葬儀後、二日二晩遊び歩いて、勢い任せになんとアメリカからロンドンへと渡る。社会的にそこそこ成功した彼らにコントロールできるのは、金にモノを言わせた性欲だけ。カサヴェテスは彼らのロンドン軟派旅行を執拗に撮り続け、男たちの無様な悪あがきに同世代の筆者は何ともバツが悪くなる。ベン・ギャザラ、ピーター・フォークにはまだ愛嬌があるものの、自らも出演するカサヴェテスには何やら狂気めいた雰囲気があり、彼が男の弱さを率先して引き受けていたことがわかる。“アメリカンインディーズの父”カサヴェテスの代表作の1本だ。


『ハズバンズ』70・米
監督 ジョン・カサヴェテス
出演 ベン・ギャザラ、ピーター・フォーク、ジョン・カサヴェテス

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『パターソン』

2023-05-25 | 映画レビュー(は)

 ニュージャージー州パサイク郡パターソンに暮らすバス運転手パターソンを主人公にしたジム・ジャームッシュ監督の2016年作は、有名無名を問わず、人間が創作とは無縁でいられないことを描いた珠玉の小品である。その行為は必ずしも外に開かれている必要はない。パターソンは運転の合間に詩を書き留めていくが、他にノートを見たことがあるのは妻だけで、彼女はしきりにこれを世に出すべきだと訴え続ける。妻はと言えば部屋の模様替えや、マーケットに出すカップケーキ作りに余念がなく、これも立派な創作行為の1つだろう。ジャームッシュはそんな2人の1週間を淡々とスケッチしていく。一見すると職場と家を往復する変哲もない毎日だが、いやパターソンは耳を澄まし、日々の中に啓示的とも言えるインスピレーションを見出している。バスを利用するパターソン市民たちの何気ない会話、行きつけのバーのマスターとの雑談。時おり起こる非日常的な事件もまたパターソンを大いに刺激する。詩作をする少女との出会いはこの映画の最も美しい場面だろう。アダム・ドライバーはそんな市井のアーティストを肩肘張ることなく自然体で演じ、『スター・ウォーズ』からインディーズの代名詞ジャームッシュ映画にまで溶け込むオルタナティブである。おっとりした妻を演じるゴルシフテ・ファラハニはイランからフランスへ亡命した気骨ある才媛だ。

 永遠にだって見ていられる本作を締めくくるのは『ミステリー・トレイン』を下車して27年、永瀬正敏である。創作行為が人生を彩り、人を突き動かす。“白紙にこそ大きな可能性がある”というセリフに、ハリウッドから遠く自身の作りたい映画を撮り続けてきたジャームッシュ老境の達観が見て取れた。2010年代ジャームッシュ映画のベストと言っていいだろう。


『パターソン』16・米
監督 ジム・ジャームッシュ
出演 アダム・ドライバー、ゴルシフテ・ファラハニ、ウィリアム・ジャクソン・ハーバー、バリー・シャバカ・ヘンリー、永瀬正敏
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『バビロン』

2023-04-05 | 映画レビュー(は)

 幕を開けよ!酒を持て!宴の始まりだ!1920年代ハリウッド黄金期を甦らせるデイミアン・チャゼルの189分にも及ぶ狂騒『バビロン』は、期待に反して批評も興行も振るわなかったがそんな事はどうでもいい。アカデミー監督賞と創作的自由という、世の映画監督の欲する全てを手に入れたこの若き才能は、8500万ドルをかけた本作でおそらく望む画の全てを撮っており、ハリウッドの砂漠に骨を埋めてもいいと思っているはずだ。猛り、時に右も左もわからなくなる撮影リヌス・サンドグレンや、チャゼル映画の生命線とも言うべき音楽ジャスティン・ハーウィッツら常連スタッフ陣も才能を遺憾なく発揮。3時間を破竹の勢いで駆け抜けるチャゼルの豪胆には驚かされるばかりである(しつこくてクドい場面はもはや彼の“味”だろう)。時に露悪的で破廉恥な振る舞いに眉をひそめる人も多い様子だが、無害で安全なものなんて芸術ではない。ジーン・ケリーの歌声に『バビロン』の映像をモンタージュし、さらには映画史における49の重要なフィルムを繋げたクライマックスはチャゼルの思い込みの強さに面食らうが、聞けば編集段階で付け足されたシーンだと言う。本作を“映画愛”という言葉で評するのはとんだ見当違いで、『バビロン』は美しくも怖ろしい聖林魔窟に対する見果てぬ夢であり、あのラストシーンは劇中映画同様、困難を極めた挙げ句に用意された後付けに過ぎないのだ。

 真のクライマックスはスターの座から瞬く間に転げ落ち、ドラッグと借金で身も心もズタボロになったマーゴット・ロビーがハリウッド裏通りの暗黒に吸い込まれていく瞬間だ。ハリウッドがサイレントからトーキーへと移行したことで多くの俳優たちが時代の潮流に取り残され、また産業の巨大化によって発生した保守化がヘイズ・コードという自主規制を生み、現在よりも遥かに進んでいた業界のダイバーシティを破壊した。あまりに苛烈な栄枯盛衰の物語には淫靡で俗悪な逸話もつきまとい、「ハリウッドには何かある」という妄想が時代を超えて多くの人を魅了してやまなかったのだろう。一糸しかまとわぬ姿で『バビロン』という狂騒の宴に殴り込むマーゴット・ロビーは新たな代表作となる激烈なパフォーマンス。そしてサイレント時代のスター、ジャック・コンラッドを演じるブラッド・ピットはキャリアの集大成と言ってもいい味わい深さだ。豪胆で破天荒な1920年代のタイラー・ダーデンであるコンラッドはハリウッドバビロンの王者だが、彼はThe Artistになることも叶わず、時代の変遷から取り残されていく。終わりゆく時代を体現したブラッド・ピットは『バビロン』の最高の美点である。

 『パワー・オブ・ザ・ドッグ』『PASSING』など、1920年代を参照点にした2020年代の映画はもっと作られブームを形成するのではと考えていた。しかし、どうやら『バビロン』の熱量が早くもとどめを刺したようだ。失敗作と評されようが、今後チャゼルのキャリアにおいて重要な位置を占めていく映画になるだろう。


『バビロン』22・米
監督 デイミアン・チャゼル
出演 ブラッド・ピット、マーゴット・ロビー、ディエゴ・カルバ、ジーン・スマート、ジョバン・アデボ、リー・ジュン・リー、トビー・マグワイア、ルーカス・ハース、マックス・ミンゲラ、キャサリン・ウォーターストン、エリック・ロバーツ、サマラ・ウィーヴィング、オリビア・ワイルド、オリビア・ハミルトン
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