長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『バビロン』

2023-04-05 | 映画レビュー(は)

 幕を開けよ!酒を持て!宴の始まりだ!1920年代ハリウッド黄金期を甦らせるデイミアン・チャゼルの189分にも及ぶ狂騒『バビロン』は、期待に反して批評も興行も振るわなかったがそんな事はどうでもいい。アカデミー監督賞と創作的自由という、世の映画監督の欲する全てを手に入れたこの若き才能は、8500万ドルをかけた本作でおそらく望む画の全てを撮っており、ハリウッドの砂漠に骨を埋めてもいいと思っているはずだ。猛り、時に右も左もわからなくなる撮影リヌス・サンドグレンや、チャゼル映画の生命線とも言うべき音楽ジャスティン・ハーウィッツら常連スタッフ陣も才能を遺憾なく発揮。3時間を破竹の勢いで駆け抜けるチャゼルの豪胆には驚かされるばかりである(しつこくてクドい場面はもはや彼の“味”だろう)。時に露悪的で破廉恥な振る舞いに眉をひそめる人も多い様子だが、無害で安全なものなんて芸術ではない。ジーン・ケリーの歌声に『バビロン』の映像をモンタージュし、さらには映画史における49の重要なフィルムを繋げたクライマックスはチャゼルの思い込みの強さに面食らうが、聞けば編集段階で付け足されたシーンだと言う。本作を“映画愛”という言葉で評するのはとんだ見当違いで、『バビロン』は美しくも怖ろしい聖林魔窟に対する見果てぬ夢であり、あのラストシーンは劇中映画同様、困難を極めた挙げ句に用意された後付けに過ぎないのだ。

 真のクライマックスはスターの座から瞬く間に転げ落ち、ドラッグと借金で身も心もズタボロになったマーゴット・ロビーがハリウッド裏通りの暗黒に吸い込まれていく瞬間だ。ハリウッドがサイレントからトーキーへと移行したことで多くの俳優たちが時代の潮流に取り残され、また産業の巨大化によって発生した保守化がヘイズ・コードという自主規制を生み、現在よりも遥かに進んでいた業界のダイバーシティを破壊した。あまりに苛烈な栄枯盛衰の物語には淫靡で俗悪な逸話もつきまとい、「ハリウッドには何かある」という妄想が時代を超えて多くの人を魅了してやまなかったのだろう。一糸しかまとわぬ姿で『バビロン』という狂騒の宴に殴り込むマーゴット・ロビーは新たな代表作となる激烈なパフォーマンス。そしてサイレント時代のスター、ジャック・コンラッドを演じるブラッド・ピットはキャリアの集大成と言ってもいい味わい深さだ。豪胆で破天荒な1920年代のタイラー・ダーデンであるコンラッドはハリウッドバビロンの王者だが、彼はThe Artistになることも叶わず、時代の変遷から取り残されていく。終わりゆく時代を体現したブラッド・ピットは『バビロン』の最高の美点である。

 『パワー・オブ・ザ・ドッグ』『PASSING』など、1920年代を参照点にした2020年代の映画はもっと作られブームを形成するのではと考えていた。しかし、どうやら『バビロン』の熱量が早くもとどめを刺したようだ。失敗作と評されようが、今後チャゼルのキャリアにおいて重要な位置を占めていく映画になるだろう。


『バビロン』22・米
監督 デイミアン・チャゼル
出演 ブラッド・ピット、マーゴット・ロビー、ディエゴ・カルバ、ジーン・スマート、ジョバン・アデボ、リー・ジュン・リー、トビー・マグワイア、ルーカス・ハース、マックス・ミンゲラ、キャサリン・ウォーターストン、エリック・ロバーツ、サマラ・ウィーヴィング、オリビア・ワイルド、オリビア・ハミルトン

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