長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ザ・フラッシュ』

2023-06-29 | 映画レビュー(ふ)

 できることなら過去に戻ってトマト缶の場所を置き換えたいと思っている関係者は少なくないだろう。コロナ禍を耐え抜き『トップガン/マーヴェリック』を大ヒットに導いたトム・クルーズからの大激賞(同じくスティーヴン・キングも大絶賛のツイートをしたが、なるほどキングっぽいプロットである)、テスト試写からさけばれていた“ヒーロー映画史上最高傑作!”という謳い文句に、業界内外を問わず期待値を上げた人は多かったハズだ。ところが主演エズラ・ミラーの度重なる逮捕騒動を受け、本作は主役不在のままプロモーションを慣行。またDCEU(DCエクステンデッドユニバース)はジェームズ・ガンによって“DCユニバース”へと仕切り直されることが確定しており、本作が後続作品に繋がらない“見なくても大丈夫な映画”と認識された可能性も少なくないだろう。なによりライバルMCUもフェーズ4では不振が相次ぎ、スーパーヒーロー映画ブームの地盤沈下がいよいよ目に見えてきた最中の公開である。蓋を開けてみれば前評判とは程遠い批評、観客評価に留まり、全米興行成績は当初の予想値1億ドル超を大きく下回る6000万ドルに終わってしまった。

 字数を割いたが、そんなノイズに劇場鑑賞をためらっているようなら、まずは映画館へ駆け込んでもらいたい。『ザ・フラッシュ』はDCEUの中でもとりわけ愉快痛快な1本。鬱陶しいザック・スナイダー作品から時を経てようやく辿り着いた到達点の1つと言っていいだろう。フラッシュの高速移動はMCUのクイックシルバーと丸かぶりの特殊能力ながら、あの手この手の演出で実に楽しく、エズラ・ミラーはボケ(いつも口が開いている!)もツッコミも1人でまかなう2馬力2倍速ぶりで映画のチャームを一手に担っている。『IT』2部作で豪速球のホラー演出を見せたアンディ・ムスキエティ監督がここでは何ともユーモラスな手腕を発揮してくれたのは嬉しい驚きで、144分をものともしない手さばきはさっそくジェームズ・ガンから次期バットマン映画の監督指名を受けたようだ。そして30年ぶりにバットマンを再演する偉大なるマイケル・キートンのカリスマに、人生初のアメコミ映画が1989年の『バットマン』だった筆者は感無量である。1992年の『バットマン・リターンズ』を最後にバットマン役を卒業したキートンだったが、このユニバースにはあれから30年間バットマン=ブルース・ウェインとして生きてきた時の重みがあるのだ。

 そう、『ザ・フラッシュ』は『マン・オブ・スティール』に始まるDUEUの総括であるのと同時に、ワーナー・ブラザースで展開されてきたアメコミ映画数十年の歴史の総括でもある。フラッシュが限界を超えたスピードで走ると、そこにはかつてのクリストファー・リーヴ版から果ては90年代に盛んに製作が報じられ、実現する事のなかったニコラス・ケイジ版のスーパーマンまで様々なユニバースが走馬灯のように過ぎ去っていく。スーパーヒーロー映画ブームは終わるのか?今後もMCUはセコセコとマルチバースを拡大・膨張させ、ジェームズ・ガンがDC映画を継続していくが、スーパーヒーロー(=作品)同士のクロスオーバーに腐心し、作家にも観客にもパーソナルな存在ではなくなった現在、ブームは頭打ちの感が否めない。奇しくも同時期に公開された『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』は『ザ・フラッシュ』とほぼ全く同じ構成、テーマの映画であり、マルチバースという“システム”を否定し、個人の物語として収束していく所にジャンルの終焉を思わずにいられなかった。『ザ・フラッシュ』の興行的惨敗を受け、ジェームズ・ガンの舵取りは決して容易いものではなくなったが、ガン自身もそんなアメコミ映画の時勢は大いに承知しているだろう。DCの次なる一手に注目したい。


『ザ・フラッシュ』23・米
監督 アンディ・ムスキエティ
出演 エズラ・ミラー、サッシャ・カジェ、マイケル・キートン、マイケル・シャノン、ロン・リビングストン、マリベル・ベルドゥ、カーシー・クレモンズ、ベン・アフレック

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