千艸の小部屋

四季折々の自然、生活の思いを、時には詩や創作を織り交ぜながら綴りたい。

創作 淑乃は今 十

2015年04月30日 | 日記

                       その十              







「こんばんは。連休が近づきましたね。宿は、五月三日に宿泊が決まりました。三日、あるいは四日にでもお時間いただければと思います。三日は、上越新幹線で越後湯沢着が九時五十三分です。在来線に乗り換え、六日町駅着は十時四十九分頃でしょう。宿からの迎えの車がありますのでそれに乗ればいいのですが・・・淑乃さんのご都合をお聞かせ下さい」
 村越からのメールに、誰も見ている訳ではないのだが、緊張の色を隠せない淑乃だった。胸の鼓動は高鳴り、返信を打とうと思うのだが落ち着けない。
 どうして、こんなにドキドキしているのだろう。小娘じゃあるまいし、そう自分を叱咤するのだが・・・



 呼吸を整えるためにガラス窓を開けた。
 心地よい夜風が入ってきた。
 雪解けも進み、春は一挙に魚沼に訪れた感がする。



 村越数馬と再会できたのが、夢の中の出来事のような気がしてくる。
 春の夜風を頬に受けながら、ふと思い出した言葉があった。

 命の力には、外的偶然をやがて内的必然と観ずる能力が備わっているものだ。

 古い手帳を探った。あった。北鎌倉東慶寺墓所小林秀雄眠る。Mと。のみ。
 言葉の持つ意味を深く考えた訳ではなかった。

 この思想は宗教的である。だが、空想的ではない。
 小林秀雄、文芸評論家、批評家、編集者、作家とある。

 漠然とだが、村越とつながっていた何かを感じる。



 遠い日、二人で歩いた鎌倉が蘇る。
 村越はやさしい眼差しで淑乃と会話し、淑乃も村越の心を全身に受けとめながら、幸せな思いで歩いたのだった。

「こんばんは。春風があたたかくなりました。このまま行きますと春らしい連休になりそうですね。お宿と乗車券がとれてよかったですね。とても楽しみです。越後湯沢までお迎えにあがってもいいのですが、あまり出しゃばらないことにします。せめて、六日町駅のお迎えは私にさせていただけませんか。その方が私は嬉しいのです。三日も四日も私は時間がたっぷりあります(笑)帰りの新幹線は私に送らせて下さい。遠慮なさらないで下さいね。詳しいことは、お出でになったときにランチでも食べながらお話しましょう。とっても楽しみにしている淑乃より」

 メールを打ち終えて、胸の高鳴りがまだ修まらないことに気がついた。
 村越への気持ちは、あの頃封印してしまう他に術はなかった。
 村越以外の男性に、恋をすることも、出会うこともないだろう。近づこうとした相手には、そうはさせまいと身を交わした淑乃だった。つまらない女と映っただろう。それでよかったのだ。

 風呂上がりにドライヤーで髪を乾かしながら、繁繁と鏡に映った自分を見る。 年相応の魅力に乏しいひとりの女がいる、はずだった。だが、違っていた。恋をしている女がいた。恋する瞳を持った、ひとりの女がいた。

 携帯メール音が鳴った。
「こんばんは。嬉しくて、お電話にしようか迷いました。時間を考慮してメールにしました。嵐が来ても、土砂降りの雨になっても、嬉しいです。淑乃さんとゆっくりお話できる嬉しさは、言葉で上手く表現できません。天にも昇る気持ちでしたね。本当にありがとう。お言葉に甘えて、五月三日、午前十時四十九分、上越線六日町駅に下車しますので、よろしくお願いいたします。僕は舞い上がっているかも知れませんので、後で気がついたことは何でも言って下さい。数馬より」

 舞い上がっているのは私です。でも、お会いしたときはきっと冷静に装うでしょう。高橋淑乃はそんな人間、いえ、女です。

「こんばんは。五月三日、六日町駅でお待ちしています。とっても楽しみにしている淑乃です(^-^)」
 と、簡単なメールを打つ淑乃だった。
 布団に入ってからも、なかなか寝付けなかった。









 あれから、一週間が過ぎ、二、三週と日時が経過して行った。
 村越とのメールのやりとりは続いたが、本当のところ淑乃は落ち着けないでいた。



 多恵から電話があった。
 筍が宅急便で届いたから、お裾分けしたいと言う。
 「昭和の日」の祝日に出かけた。
「多恵姉さん、こんにちは」
 家には稔も恵太もいなかった。
「淑乃ちゃん、こんにちは。あったかい日が続くね」
「兄さんや恵ちゃんは?」
「釣り堀よ。あったかくなってから最近よく行っている。ニジマスだけどね。恵太って父さん思いの子だね。子供の時から、父さんの相手してくれる」
「ホントね。恵ちゃん、やさしい子だから」
 稔と恵太のあり方を微笑ましく思う。
「茨城から、筍がどっさり届いたんだよ。食べ切れなくて、近所にもお裾分け。淑乃ちゃんの分は若竹煮にしといた。食べてくれる?」
 一人で筍を前にして、持てあましている淑乃を考えてのことだろう。
「わあっ、嬉しい。多恵姉さんの味付けは凄く美味しいんだから」
「そう?ありがとね」



 お茶を入れながら、多恵は聞いた。
「ところで、会社の人だった男性、いつ来るの?」
 多恵に言ってなかったのだ。
 村越と会ってから、多恵に話すつもりだった。
「多恵姉さん、ごめんなさい。お会いしてからお話するつもりでした」
「淑乃ちゃん、これからはまっすぐ自分を生きなさいって言ったつもりよ。淑乃ちゃんね、隠しても顔に出ているの。言及するつもりはないけれど、その人が好きだったんでしょう。神奈川にいたときからよね。淑乃ちゃんは、祖父ちゃん、婆ちゃんの介護のため、その人をあきらめた。何にも話してくれなかったから、おおよその検討はつく。その人はいくつなの?」



 多恵の探りを黙って聞いていた淑乃だったが、
「村越数馬さん、多恵姉さんと同じです」
「そう、私と同じ・・・きっと、その人も淑乃ちゃんを好きだったのね。うう~ん、聞いていて涙が出るよ。いい話しだ」
 多恵は、ポロポロ涙をこぼし始めた。
 淑乃の両目からも涙が溢れた。



「よ~し。分かった。恋に終わりはないんだよ。いくつになっても恋する気持ちは不変だよ」
 多恵は思った。涙している淑乃は、可愛くって、愛しくって、抱きしめてあげたい素敵な女性になっている。抱きしめてあげるのは、村越数馬という人だ。

                              つづく  





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