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スチールギタースペシャル

2006-12-17 23:28:58 | 日記・エッセイ・コラム

2  ハワイで、アレン・アカカとボビー・インガノのスチールギター生演奏を聴いた。そつのない演奏で、それなりにうまいとは思ったが、若い頃に、これがスチールギターだと言われて、「やってみないか」と誘われたら、断っていただろう。ハワイで1、2を競うプレーヤでも、感じるものは少なかった。心の琴線にふれるというものではなかった。インガノに至っては、誰だか知らないで聴いていた。演奏終了後に「どんなチューニングでやってるの」「なるほど、7弦だったんだ」なんて気軽に聞いたくらいだ。名前は知っていたが、このおじさんだとは思わなかった。もっとも、私より若い人だが。
 帰ってから数ヶ月後、テレビのハワイ特集。タレントが、現地で自炊のパーティーをやるため、食材を調達するコーナーに出てきたスーパーのおやじが、どうも見た顔だなと思っていたら、夜はスチールギタープレーPhoto_26ヤーになると紹介された。「インガノさんは‥‥」とのナレーションで気が付いた。「あれがインガノ様だったのか」
 以来この話は、
 「ハワイベスト3のスチールギタープレーヤーに、日本ベスト1784のプレーヤーが、コーチしてきた」とおもしろおかしく紹介している。
 日本の1784番はもちろん適当な数字だ。日本にスチールギタープレーヤーが何人いるか分からないが、このくらいの数字ではなかろうか。
 
 私の学生時代、他の学校で「これは上手だ」というプレーヤには、あまり、お目にかかったことがない。わずかに、N大のペダルスチールギタリストと、山梨の人(山梨大か?はっきりしない)のバッキーコピー名人がいたくらいだ。W大のナレオハワイアンズは、既にスチールギターがなく、ドン・ホーとジ・アリースのスタイルになっていた。既にスチールギターは斜陽の楽器だったように思う。東京K大やK立女子大のクラブから、私のところに教わりに来ていたくらいだった。

 最近の、リタイア組の人を初めとするバンドブームは、ハワイアンバンドにも波及して、当時はどこに隠れていたんだというくらい、スチールギターの巧みな人が多いので驚いている。テクニックは、アカカにも、インガノにも負けないと思う。ただ、二人のレパートリーの広さと、演奏の確実さは、やはり本場のプロだとは思うが、得意な曲を弾かせたら、もっとうまい人はたくさんいそうだ。

 私は、大学3年になろうという時に、友人から「スチールギターがやめちゃって、ハワイアンが潰れそうだから、やってくれないか」と誘われたことがきっかけだった。彼はベースをやっているのだが、ハワイアンなんてとんでもないと思っていたから、当然断った。
 「なんで俺が灰田勝彦の音楽なんだ」
 「楽器編成は、牧伸次のウクレレと和田弘のスチールギターなんだろ」
というのが本音だった。
 ところが、大橋節夫とハニーアイランダースのLP「スチールギタースペシャル」を聴いてそのイメージを一新。スチールギターの単調なメロディーに、ギターやウクレレがバックでリズムを刻むのがハワイアンバンドと思っていたのが、そうではない、感情のこもった音楽2_1 が聞こえたのだ。ハワイアン曲ではないが、「引き潮」「キャラバン」「別れの曲」「ドナウ川の漣」などジャズやクラシックからの編曲。たった1曲挿入されていたハワイアンの「ナニ・ワイメア」が、またすごかった。
 強弱のメリハリが効いたスチールギターと、単なるバッキングではない、杉本いわおのウクレレと中村順一のギターが浮かび上がる演奏は、収録されている曲全てが新鮮だった。まず何曲聴いても飽きが来なかった。後に、バッキー白方、ポス宮崎の演奏も聴いたが、何曲も聴くと飽きて、下手をすると居眠りしていた。バッキーさんのテクニックとセンスは「すごい」と思うし、しばらくは乗って聴いているが、それだけなのだ。
 「オッパチ(大橋の愛称)のは、ハワイアンじゃない」という批判もあったが、ハワイアンじゃないところに惹かれたといっても良い。
 バッキーファンの中にはオッパチをバカにする人もいる。ハワイアン歌謡というジャンルの「倖せはここに」がオッパチの音楽全てだと思っていたら大間違いだ。もっとも、杉本いわおが抜けてからのハニーアイランダースは、「クリープを入れないコーヒーなんて」だったが‥‥。
 「スチールギタースペシャル」との出会いがなければ、今、ハワイアンをやっている私がいなかったことだけは確実だ。ということは妻のフラダンスもないだろう。もしフラを始めると言ったら「灰田勝彦はやめてー」と言っていたかも‥‥。
 
 大橋節夫さんは今年、天寿を全うされた。 


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