ひとり語り 劇車銀河鐵道 いちかわあつき

 ひとり語りの口演や、絵本の読み語りなどの活動をしています。
 何処へでも出前口演致します。

西瓜と熱中症。

2012-07-31 16:33:58 | Weblog
 猛暑です。メディアは毎日全国の最高気温、どこが一番だったかを報じ、どのくらいの人が熱中症になって搬送されたか、などがニュースになります。

 異常気象とか温暖化がいわれはじめたころから、このような報道の過熱化が進んでいったんでしょうか? それは何時ごろだったかわかりませんが、そんなに遠い昔のことではないように思います。

 エアコンが普及して、家庭でも夏には冷房が当たり前になって(我が家にはありませんが・・・・・・)夏はまた一段と暑くなったような、気がします.というか、そうなんじゃないかなぁ。
 ずっと暑ければ、そしてそれが当たり前でどうしようもなければ、それなりに慣れもしますし、涼を求める工夫に本気に取り組みます。
 しかし、クーラーを一度知ってしまった以上、もうなかったことにはなりません。
 それを求め、それが当たり前になる。エアコンのない生活なんて考えられない、となるわけです。

 実際、エアコンの冷房機能がガンガン効いたところに長時間いるのも大変ですよ。まあ、それも慣れでしょうけれど・・・・・・。

 さて、話かわって西瓜の消費量って、今どうなんでしょう。10年20年前と比べて、増えているんでしょうか? 減っているんでしょうか?
 
 私の子供の頃は西瓜は夏野菜の代表格のひとつで、しょっちゅう食べていた記憶があります。キュウリやトマトと肩を並べるくらいにです。
 そりゃ、キュウリやトマトに比べたら値段が高かったのは一緒ですが、今ほどじゃなかったです。真夏になって大量に出始めれば、値段もグンと下がっていました。

 この頃は下がりません。高いまま。昔の大玉の値段が今の小玉くらいでしょうか?
 それに今の子供には、昔の子供のような、西瓜に対する執着心がない。喜んで食べない、中には嫌いなんて子もいて、ええ~? ですよ。
 わたしなんざ、西瓜の大玉がもらえるんで、夏祭りに参加してたくらいでしたから。

 昔の人は、夏野菜さえしっかり食べていれば暑気あたりしないといったようです。
 殊に西瓜。出来れば塩を振って食すのが、夏野菜の基本です。トマトに砂糖なんて、いくら美味しくても邪道です。

 西瓜を食べて汗が引いた、という経験はありませんか?
 わたしゃ専門家じゃありませんから、詳しいことはわかりませんし、間違ってるかもしれませんが、水を飲んだりするよりも、西瓜やトマト・キュウリに塩振って食べた方が、熱中症対策には効果的なんではないかと、思う次第でありまして。

 いや、あくまで素人考えですから、あれなんですけど西瓜食べて脱水症状にはならないと思います、普通の健康体の身体ならば・・・・・・。

 というわけで、西瓜と熱中症、その消費量と発症件数が、何か比例反比例の関係にあるんじゃないかと思ったもんで、記事にしたんですが・・・・・・あれ、いつの間にか落語口調になってますねぇ、どうも。

町の映画館が・・・・・・。

2012-07-30 16:42:00 | Weblog
 今日あるところで打ち合わせをしていて、映画館の話になって盛り上がったので、今日は映画館の話をしようと思います。

 私の町にあった最後の映画館が閉館したのは、中学生の頃でしたから、今からもうかれこれ30数年、もう40年にもなんなんとします。

 最後の上映映画がなんだったのかは覚えていませんが、私がその劇場で最後に観た作品はスティーブ・マックイーン主演の「栄光のル・マン」だったと思います。
 さしてめまぐるしいストーリー展開などなく、ル・マン24時間耐久レースに出場しているレーサー役のマックイーンがポルシェ(だったかな?)を走らせ、時折オルガ・アンデルセンという女優さんとの会話シーンがはさまれ、淡々と進んでいく映画でした。が、これがもうマックイーンのカッコいいのなんの!!。

 そんな風に酔いしれて本編を見終わり、映画がエンドロールになった時、私の斜め前の席に座っていた中学校の先輩にあたるN君という少年が、大きな声で出演者やスタッフの名前をたどたどしく読み始めました。
 まあ、英語が読めるんだぞ、と自慢したかったのか? とにかくアルファベットを見ると音読する癖がついていたのか、飛ばし飛ばしでしたが、かなりの量の人の名前を拾って読んだのでした。
「この野郎、黙っとれ」と地元の言葉で喉元まで出掛かりましたが、相手は先輩でもあることだし、ぐっと我慢して映画館を後にしました。

 思えば3歳の折、東宝のゴジラ映画をここで観たのを皮切りに、夏休み・冬休み・春休みの子供向け映画は欠かさず観ました。
 怪獣映画の併映が、クレージー・キャッツからドリフターズへと代わっていくのも劇場で観ています。

 小学校の2年生ではじめて観た外国映画「禁じられた遊び」。映画を観て感動するという初体験でした。
 高学年になってからはもうこの映画館の最後の常連で、「男はつらいよ」の3本立てとか、洋画邦画取り混ぜてお小遣いの続く限りには足を運びました。
 昔は入れ替え制なんてなかったので、2回3回と観ることが出来て、半日映画館にいるなんてこともあったと思います。

 今でもひとつ不思議に思っていることがあるんですが、子供向けの映画の上映のときにも、次回上映予告で、大人向け映画、時にはピンク映画の予告編を流していたことです。
 股間に毛の生え揃ってもいない少年どもが、いっせいにどよめきの声を漏らしました。
 まあ、それが観たさに、2回も3回もっていうこともなかったとは言い切れません。

 大人たちが厳しいようで、わりと抜けていたっていうか、昭和っていうのは、やはりおおらかな時代だったんですかね?


放屁の話。

2012-07-29 13:52:43 | Weblog
 放屁、つまりオナラを放つということなんですが・・・・・・。
「出物腫れ物ところ嫌わず」という言葉があって、我慢するのは身体に悪いから出しましょうということなんでしょうか? 「男はつらいよ」の寅さんが言いそうなセリフですねえ。
 寅さんはこんなことも言ってましたね。
「俺が芋食って、お前の尻からぷっと屁が出るか?」なんて・・・・・・。

 しかし、公共マナー、場所柄をわきまえて放屁はしたほうがいい。

 これはまだ私が10代の後半、進路・将来について悩んでいた頃の話です。

 私が父の使いで、隣町にあった某時計店を訪ねていった時のことでした。
 父の仕事は、時計や機械などの修理・工作をする技術者で、細々としたお店を営んでいました。が、高度成長期にはその店も営みつつ会社勤めをしている時期もありました。

 さて、その時の使いの内容は忘れましたが、何かを届けにいったのかもらいにいったのかどちらかだったと思います。
 私は兎に角落ち込んでいて、とてもナーバスな気持ちで、その町を歩いていたと思います。
 これから自分はどうやって生きて行けばいいのか、くらいを真剣に考えていたように思います(10代の後半の少年として)。

 使いを終えて、たそがれたその町をとぼとぼと歩いて駅へと向かう道すがら、路地にある一軒の家の中から、大きなオナラの音が響いてきたのでした。
 おそらくは仕事から帰ってきたお父さんが、くつろいだ瞬間に出した一発だったのでしょうか?
 それだけのことなら、そんな風に想像して、私はその場を立ち去ったでしょう。
 しかし次の瞬間、その家の中から楽しそうな家族の笑い声が、溢れるように聞こえてきたのです。私はその場に立ち止まり、しばし動けないでいました。
 涙までもがあふれて来るのでした。

 我が家にそんな団欒のひと時は、ありませんでした。父の放屁に笑える家族なんてものはなかったのです。
 けれど、これこそが幸福なんだと私は直感的にかんじたのだと思います。

 来たときよりも少し明るい面持ちで、帰りの汽車に乗って帰ったことを、私は今でも思い出すことがあります。
 あの路地の黒いトタンの壁と、その軒に差す夕日の赤が、まぶたの裏にはっきりあります。

コンバット・マーチとダラダラの夏。

2012-07-28 13:43:04 | Weblog
 ラジオ体操のやけに朝からテンションの高い明るい声とリズムに始まり、朝ごはんを食べてひと息つく間もなく、せかされるように机に向かわされてひらく夏の友。

 涼しいうちにといわれはするが、涼しいのも束の間のことで、すぐに温度計はグングン水銀を上に伸ばして、最早プールへ行くしかなくなる午前、アイスキャンディーを食べているときだけの至福。

 ゴムぞうりをはいて、学校のプールへ行く道の途中で、すでに溝や小川に足を浸からせながら横道寄り道の、5分の道を15分・・・・・・。

 ろくに泳がないプール。浸かっているか、仲間がいれば鬼ごっこするか、鐘が鳴らされて上がる時間も、すばやく上がらないで叱られて・・・・・・。

 水から上がれば気だるい午後のはじまり。冷麦に腹を膨らませれば、ゆっくり回る扇風機のもとに寝転がりウダウダ無駄に費やす時間。テレビから流れてくるコンバット・マーチの単調なリズムに、まぶたは閉じる方向に運ばれていき・・・・・・。

 タタミ、廊下とひんやりと冷たい場所を求めて芋虫のように移動する、長い昼下がり。
とりとめのない夢を見て汗かきながら眠る。

 やがて目を覚ませば夏の夕暮れ、どこか遠くで雷鳴が轟き、寝ぼけ眼でそれを聞く。もうどうにも骨抜きな、クラゲのような小学生の夏の1日。

 これが40年前の、小学生の私の、夏休みの日常だったような・・・・・・。

眠れない夏の到来か・・・・・。

2012-07-27 12:45:31 | Weblog
 猛暑、熱帯夜で眠りも浅いなんていう方もあるかもしれませんね。
 そこへ持ってきて、いよいよロンドン・オリンピックがはじまります。

 いやいや、サッカーはもう開会式前から始まっていて、なでしこも勝ちましたし、男子もスペインに大金星の勝利でスタートしました。

 昨晩のような試合が続いたら、興奮してすぐに眠りにつくのも難しい状態になってしまいかねません。そうなるともう、慢性の寝不足となってしまいます。

 その点、残念なことに年を幾分か取ってくると、それほど過剰な興奮というものはしなくなりますから、そこそこで止められます。
 ああ、ここが限界だなと判断すれば無理せず寝ますし、無茶苦茶テンションが上がるということもない(私だけか?)。

 もともと絶対にファナティックになるということがないので、悪くいえば「乗りが悪い」ということになりますが、さにあらず。

 こんな仕事(語りや芝居やetc・・・・・・)してますと、結構熱くなくちゃ出来ないところがありまして、ようするに本番という虚構の世界の中で、テンションが上がるんです。
 日常は、わりと冷めている。これが、バランス感覚というものなのかもしれません。

 そんなこといってもスポーツ観戦好きですし、好きなチーム、日本の選手(ならずとも)しっかり応援しますよ。そう、無理ない程度にです。

 くれぐれも、睡眠不足にはご注意を! お仕事に差し支えてはいけませんよ。

もう炎天のウォーキング。

2012-07-26 09:44:15 | Weblog
 近頃ウォーキングが出来ていないと書いた翌日から、何とか時間を割いて歩こうとやっていますが、今朝は8時半すたーとになってしまったので、もうかなり日差しが強くて汗だくになりました。

 それでも、まだ気温は30度を越えてはいなかったとは思います。

 いたるところの家の軒に、ゴーヤの棚が作ってあって、勢いよく葉を茂らせ実を成らせているのもあれば、我が家のゴーヤのようにひょろひょろと伸びて、花は咲けど実の成らないゴーヤもありました。
 鉢植えのキュウリや朝顔などを眺めながら駅前まで来ると、なんだか騒がしいではありませんか。

 何のことかと思いきや、今日は国体の炬火リレーが行われているのでありました。
 しかし、ちょうどスタートしてしまった後で、見えませんでした。

 家に帰りついて動きが止まると、またいっそうに汗が噴出して朝着たばかりのTシャツを着替えることになりました。

 明日はもう少し早くに歩くことにしようと思います。ああ、でも明日は仕事か?

ミョウガの初収穫。

2012-07-25 09:30:55 | Weblog
 今朝は5時に起きて、畑の草むしりやまだ収穫出来切れていないものを取り入れました。

 まずは自生していたジャガイモを堀りだして見たら、それはメークインで2株くらいだったのですが、かなりの量を収穫しました。
 次にこのごろ採っていなかった大根を4本引き抜き、キュウリに水をやり朝顔とオクラの苗にも水遣りをしてから、そのまわりの草を少し抜きました。

 それからミョウガの群生しているところでの、ミョウガ採りです。10個ほど採れたのですが、今年のミョウガは少し痩せていて、ふっくらしていません。

 本来が秋ミョウガなので、本格的な収穫はこれからですが、さあお昼に早速これを薬味にそうめんでも食べましょうか・・・・・・。

映画「渚にて」を観る。

2012-07-24 22:11:07 | Weblog
 1960年、私が生まれた年に公開されたアメリカ映画です。
 スタンリー・クレイマー監督、ゲレゴリー・ペック主演、エバ・ガードナー、アンソニー・パーキンス、フレッド・アステアなどが共演しています。

 時は1964年、近未来の世界(公開当時の)。核戦争が勃発し、北半球は全滅。南半球オーストラリアあたりだけがいまだ放射能汚染されておらず、米海軍原子力潜水艦が避難先としてメルボルンに逃れてきます。その潜水艦の艦長が、グレゴリー・ペック演ずるタワーズ艦長です。しかし、残された時間もさほどにはありません。

 米ソ冷戦の真っ只中、キューバ危機などのあった時代です。まさにその中で描かれた核の恐怖なんですが、物語は死へ向けて淡々と静かに進んでいきます。
 核爆弾の炸裂も建物の破壊も、悲惨な場面は何ひとつありません。

 私は数年前からこの映画に強い関心を持っていて、一度見たいと思っていたのですが、近くのレンタル屋さんにはなくTUTAYAでようやく見つけました。

 今はあの頃のような、核戦争がいつ起こってもおかしくはないという状況ではありませんが、しかし核の脅威はひとつも解消されていません。それどころか、あらゆる危険と背中合わせに原子力は世界に拡散しています。
 誰がどう理由付けしようとも、原子力はハイリスクな物であり続け、そうでなくなる見通しは先送りのままです。平和という言葉が躍れば躍るほど、冷たい風が吹き抜けていく。
 前に、原爆投下はまさに秩序の破壊だったと唱えたアメリカの学者がいましたが、人類は原子力の前で、モラルや魂を失ってしまうもののようです。

 しかし私はここで一歩引いて、この映画を冷静に見つめ、この状況下で人はどうあるべきかを考えてみたいと思っています。
 ニヒリズムにもナショナリズムにも陥らない世界の眺め方というのかな? その視点で今考えてみたいことがあるのです。

 


最近、巷で見かけた謎のコトバ。

2012-07-23 16:33:37 | Weblog
 梅雨が明けて、いきなり猛暑が押し寄せて、この週末は急に涼しくなって、そうしてまた今日あたりからジワジワと夏らしさがぶり返してくる気配です。

 私は月に何度か、日本で一番暑い町になり、最高気温が他所の町にとられると、なぜだか悔しいという雰囲気の漂う近隣の町に出かけていくのですが、そこで二つほど不思議な言葉に出くわしました。

 まずは、軽のワゴン車というのかな? 車種はよく分かりませんが、うしろの窓のところに白い字で「8月2日の女性に会いたい」と書かれてあって、町中を走っていた車に遭遇したことです。
 それはいったい何を意味しているのでしょうか?

 その当事者同士にはわかる暗号のようなものか? いつかの8月2日に何らかのことがあって、その時の氏素性のわからない女性を捜しているのか?
 何方か、ご存知の方があったら教えてください。なんか気になります。

 それからもうひとつ。この季節いろんな施設のロビーや、保育園幼稚園などに七夕飾りが置いてありますよねえ。
 この辺はわりと、旧の7月7日あたりに七夕祭りをしたりするのですが、とある公民館のロビーにあった短冊のひとつに「といれになりたい」と書かれた1枚がありました。
 すべてひらがなでそうあって、書き間違いなのか何なのか、何度も眺め直して見ましたが、どうしても「といれになりたい」としか読めませんでした。
 マジックインクの大きな字で、子供の字だとは思いますが、これもどんな思いで書いたのかが知りたいところです。

 これは言葉ではないですが、今日たまたま車を走らせていたら、国道19号線のある場所の脇の歩道で、自転車を止め地面に座り込んでお祈りをしている外国人の男性の姿を見ました。
 午後の暑い日差しの下で行われている祈り。どうしてもその時間、その場所で行わなければならなかったんでしょうね。

 道を散策していて不思議な光景や謎の言葉に出くわすことって、皆さんはありませんか? 私はここのところ、何かしらよく出くわします。ブログには書けないようなことにも遭遇しました。まあ、そんなにたいしたことでもないんですが・・・・・・でも書けない。

歩かない夏

2012-07-22 17:31:00 | Weblog
 十数年来習慣になっていたウォーキングを、近頃出来ていません。
 一度その時間を違うことに当てだすと、なかなか組み込めないというか、割り込めなくなってくるもので、どうしても歩く時間をつくれません。

 随分前には口演先ですら、時間をつくって歩いていたくらいなのに。
 ストレッチや体力づくりも、一時期に比べると多少希薄な取り組み方になっています。

 それに今日は暑いから、今日は寒いからという理由で億劫になるということもないではありません。人は怠けはじめると、楽な方へ楽な方へと行きがちなのです。

 ここは今一度引き締めて、やる気を引き出さなければいけませんね。
 怠ければ落ちていくだけという、年齢的なこともありますからね。頑張ろっ!!