ひとり語り 劇車銀河鐵道 いちかわあつき

 ひとり語りの口演や、絵本の読み語りなどの活動をしています。
 何処へでも出前口演致します。

朗読コンサート

2009-02-27 09:55:55 | Weblog
 一昨年の秋より、「日本語を楽しむ朗読コンサート」なるものを有志の方々と「ふぐるま」という会をつくり開催しています。
 
 今年も4月5日(日)午後2時から馬籠ふるさと学校(旧神坂小学校)交流室を会場に、第三回目を催すことになりました。

 どなたでもご参加いただける朗読会です。好きな文章、詩、自作の創作作品でもかまいません、10分以内のものを朗読していただけます。
 人前で朗読するのは恥ずかしいといわれる方が多いと思いますが、おそらく学生時代を通して、人前で音読した経験のある方がほとんどだと思います。
 得意苦手はありますが、人前で朗読することによって新たな発見、新しい自分探しの扉を開くキッカケがつくられるかもしれません。
 またお話を話す聴く、という行為は、人と人とのコミニュケーションの原点であり、深い喜びをもたらすものです。
 わかりあう喜び。わかちあう喜び。つながる喜び。貴方も言葉を磨き合ってみませんか?
 参加費は500円。グループでの群読も可能です。
 また、聴いてくださる観客の方は入場無料です。

<詳しい問い合わせ>℡0573-66-6564(市川)迄。 

文学としての語り。

2009-02-25 15:33:08 | Weblog
 2月なのに、菜種梅雨のような雨の日が続きます。気温もやや高く、上着を着て歩くと、ちょっと暑いかな、と思えるほどです。

 こう雨模様の空ばかりでは、日課の散歩もままなりません。家の中で机やパソコンの前で仕事をこなしているばかりでは、不健康です。といって、1時間もストレッチしていても・・・。

 歩くという行為は、思考力を高める行為でもあり、散歩中にめぐらす諸々の想いに、良いひらめきや詩が生まれたりもします。また、頭を空っぽにして、風に吹かれ、風景の中に溶け込む貴重な時間も、散歩の醍醐味です。

 さて、その散歩の途中に思いついたことを、つらつら話してみましょうか。まあ、他愛も無い思い付きではありますが。

 私は「ひとり語り」というスタイルの仕事をしています。これまでにもいろいろ書き込んできたので、このブログを読んでくださっている皆さんには、今更ご説明には及ばないと思いますが、ようは文章で書かれた物語を声という音に変換して、つまり活字を生きた言葉にかえて、聴き手の方々にお伝えすることを仕事としています。
 それは演劇や朗読、または一人芸としての落語や講談とどう違うのかといえば、文章表現されたものを、その原作の持つ特性を極力生かし、生身の人間の肉体、あるいは感情を通して表現に至るかたち。これを「ひとり語り」と、私は読んでいます。
 いわば立体文学ともいえる、新しいジャンルではないかと一人ごちています。
 もちろん、井の中の蛙、田舎者の私は、独り善がりにそんなことを考えているわけで、すでに久しく第一線でやられている方々が世におありかとは思いますが、一応自分ながらに自分の語りにオリジナリティーを感じているわけです。
 もともとおめでたく出来ているので、こんなことを平気で書いたりするのですが、より多くの方々に私の語りを聴いていただき、ご批評願えれば、目も覚めるというものでしょう。またその真偽も、問えるといえましょう。

2月22日は宮澤賢治を語らせてもらいました。

2009-02-23 22:50:38 | Weblog
 劇車「銀河鐵道」という名称で、ひとり語りの活動を始めて今年で14年目。
 つい気付かないところで、守りに入り現状の維持に努めていくようになり、活動も何時か、言葉のうえではチャレンジを唱えながら、知らず知らずひとつの繰り返しに陥っているのではないか・・・。

 そんなことを考えはじめていたところでの「宮澤賢治を語る」と題した口演は、私を原点に立ち返らせてくれた仕事でした。
 14年という年月を積み重ねれば、当初出来なかったことや見えなかったものが多少は出来、多少は見えてくるようになるものです。しかしそれに甘んじて、それに満足してしまうような自分では駄目なわけです。もちろん、言葉のうえでは何時も勉強、精進を心がけようと言い聞かせますが、唱えるだけでは先へは進めません。
 そしてここで賢治作品に対峙し、向き合わせてもらったことで、今現在の自分の力の無さ、弱さを浮き彫りにさせてもらえたのです。
 もちろん、それは私自身の問題で、私はその日のお客さまに対しては、精一杯の気持ちを、出来るだけのものをお観せしようとしたわけですが、そうであるが故に更なるものを、強く感じさせられたということなのです。

 口演の中で、賢治作品は自分の心を映す鏡だと申しました。全くそうでした。私の姿は映し出されました。
 この場において何をどうとはいえません。が、その答えはこれからの私の活動、語りやあらゆる表現、創作の中に見出されてゆくものであるのです。
  
 私は変わらなければなりません。

季節の移ろいと鳥

2009-02-18 15:34:00 | Weblog
 まだ寒い日がつづきますけど、朝のいつもの散歩道には、少しづつ景色に変化があらわれて来ています。

 今朝はモズの飛ぶのを見ました。はじめは遠目にヒヨドリかと思いましたが、近づいてみるとモズでした。ヒヨドリは、もう少し行った公園の桜の枝に止まっていました。

 今朝の散歩は、時間が遅かったので見えませんでしたが、早朝人がまだ活発に動き出す前に、せわしくはじまる鳥の時間という一時があります(まあこれは僕が勝手にそういってるんですけど)。
 スズメやカラスやトビ、また様々な野鳥たちが活動を始める時間です。季節が移ろいゆくなかで、鳥たちの生活のあり様も微妙な変化がもたらされていきます。やがて、北へ帰って行くわたり鳥たち、そして南から帰ってくるツバメたちが町に姿を見せ始めると、春も本番ということになります。

山にはまた雪が・・・。

2009-02-17 15:24:47 | Weblog
 4日ぶりくらいの更新になります。いや、実は昨日更新しようとしたんです。かなりの長文を書いて投稿をクリックしたら、画面がID登録のところになってしまい、元に戻ろうとかしてるうちに、文章が消えちゃいました。もう一度打ち直す気力と時間がなくて、昨日はあきらめてしまいました。こんなことってあり?

 更新していない日々は、なんか初夏のような日もあったり、そしてまた冬に逆戻りです。
 まあ、これが普通なのでしょう。恵那山はまた薄っすら新しい雪を被りました。
 山にはまた雪が降っても、なかなか里には降りません。もうスタッドレスタイヤ脱いじゃおうかなとも思いますが、でも万一また寒波がやってくるやもわかりませんので用心のためもう少しはいていることにします。なんといってもこのあたりは山間地ですので・・・。

 ホームセンターなんかでは、ジャガイモの種芋がもうとっくに売り出されていますが、まだまだ植え時は先のように思います。
 むかしは種まき時を、朴の花の咲く頃にしていたといいますから、かなり遅霜を用心していたようです。今は田植えにしても何にしても早く行われ、刈り入れも早い。
 季節を先取り、情報も何も先々を争う。
 先を争うといって、話しが変わりますが、選挙の当確って速く出すぎません? 出口調査なんて止めましょうよ(ああ、総選挙は何時なんでしょう)。
 現代人は待つことが苦手になりましたね。お湯だって瞬間に沸いちゃうのが出ましたでしょう。今にお湯入れた瞬間に食べられるカップメンなんていうのが売り出されたりして・・・待つことも案外楽しいんですがね。といって行列するのはあまり得意じゃありません。やっぱり世間とはちょってずれているんでしょうか?

「灰色の空に・・・」

2009-02-13 11:44:01 | Weblog
 灰色の空に飛ぶ鳥はなく
 小雀が枯れ枝に群れて鳴く朝
 春近い予感はあれど
 山の雪まだ融け切らず
 それでも薄物の上着に袖通して歩く朝

 如何ほどの力みもなく気概もなく
 五体を投げ出すように風に晒せば
 道は自ずとその先を招く
 急ぐことをせず また立ち止まりもせず
 この世をば歩く この朝

 灰色の空に憂く心写らず
 ただ晴れてある空のみを想う 

(時々は、詩も掲載していこうかと・・・)

2月8日放映のNHK日曜美術館

2009-02-10 11:32:18 | Weblog
 この日、この番組で放映された、北海道東川町の写真家、飛騨野数右衛門さんに、大変な感動を覚えました。
 14歳の中学生の時、初めてカメラを手にして撮影してより、80年余市井の写真家として、町の記録を撮りつづけられ、自らの出征時にはポケットにカメラをしのばせ、中国大陸に向かう船の中の兵隊たちなどを撮影した飛騨野さん。
 また、町の出征兵士や戦死者の合同葬儀の写真。時代時代のご自分の家族、子供たちの様子が生き生きと写真に収められていて、またそのすべての作品が素晴らしく、そしてそのすべてが歴史的にも民俗学的にも第一級の資料であると思えました。いえ、そんな意図によっては撮影されていないことは充分承知していますが、もう何ともいえず、画面に釘付けになりました。
 東川町にとって、飛騨野さんとその写真は、何にも代えがたい宝だと思います。人々の記憶の奥底に眠っていた物語を、呼び覚まし語らせる、その写真たち。
 本当は、こうして世に出ることはご本人にとって、不本意なことだったかもわかりませんが、それによって知ることの出来た幸福を、今感じています。出来うればたくさんのたくさんのその写真を、拝見したく思います。が、北海道での展覧会へはいけません。何とかならないかな?

 この番組の取材中に94歳で亡くなられたという、飛騨野数右衛門さんに心よりの哀悼を申し上げます。

賢治に浸る日々

2009-02-08 09:42:39 | Weblog
 毎日賢治の作品を読み、詩を音読しながら朝の散歩道を歩いていて、昨年読んだ伊勢英子著「ふたりのゴッホ」に思いを寄せました。
 ああ、本当にゴッホの描いた絵と賢治の詩はよく似ている・・・。
 もしかしてこの二人は、同じ眼でこの世界を見ていて、また同じものが見えていたんじゃないのかと。
 ことに「春と修羅」という詩は、ゴッホの絵そのもののように思われてなりません。
 もちろん賢治の詩には絵画的要素に加え、音楽的な広がりもあり多面的に派生していく世界観が散りばめられていますが、ゴッホの絵にもそれに近いものを感じます。
 三次元の風景に加えて、異次元空間の風景も同時に眼に見える現実を、どう理解し納得させていくか、その最大の拠りどころが芸術であり、宗教であり、また科学であろうかと・・・。
 私のような凡夫には、想像の域のことに過ぎませんが・・・。

立春。

2009-02-05 11:08:59 | Weblog
 暦のうえでは、昨日2月4日が立春でした。ですからまあ旧暦でいえば春なんでしょうが、新暦ではまだ冬なわけです。ですから例年からすると2月はもっとも寒い月という感覚が僕にはあります。
 ところが、この昨日今日本当に春めいて暖かいです。
 温暖化とかが喧しくいわれるこの頃ですから、取り立ててどうということもないのでしょうけれど、やはり冬は寒いほうがいいのかなと・・・。
 いえ、年々歳をとるにつれて寒さはこたえますし、出来れば暖かいほうがいいんですよ。けど、四季折々のメリハリを感じて生活に機微と変化をもたらしていったほうが、本来の日本人の身体に影響する機能というものは、健全なんじゃないかと思うんです(そう、日本人の身体感覚は旧暦の暦、月の満ち欠けの陰暦のほうがあってるんじゃないかと)。
 いや、正直いって寒いのは苦手で、ストレッチを怠るとすぐからだは硬くなって血行が悪くなり、肩も凝るし、出来れば渡り鳥のように、冬は南に飛んで行って、春になったら帰ってくるみたいなのがいいんですけど、それでもこの冬の寒さに耐えて春を待っているんです。
 だから、この暖かい陽気は楽なんですけど、それでも敢て冬は寒いほうがいいと強がってみせてるんです。
 

 

節分

2009-02-03 14:52:59 | Weblog
 子供が鬼の面を作ってきて夜豆まきをしたのも、もう一昔前のこととなりました。最近では豆まきも、福豆を歳の数だけ食べることも、久しくやっていません。

 近頃では節分となると、恵方巻きという寿司の太巻きが流行って、スーパーやコンビニで騒がしく宣伝しています。
 どうも関西方面を発祥とする風習のようで、その年の恵方、つまり今年の干支なら牛から割り出して、良いと定めた方角を向いて、その太巻き寿司をいっきに食べるんだとか・・・。
 因みに今年の恵方は、東北東だそうです。東北東ってどっちだったっけ? なんて、思わず辺りを見回してしまいますが、正確に向かないと駄目なもんでしょうか?
 商業ベースに乗っかって、わざわざやるまでもないと思っていましたが、老母がその恵方巻きを予約注文して、振舞ってくれるというので、今夜は家族で実家に赴くことになっています。
 いわしの干物など手土産にして・・・。

 昔ながらの風習や慣習を、面倒がらずにやっていくのも、家族再生の為にはいいことかもしれませんね。今のかたちで今風に工夫して、まずは家庭から、人と人との繋がりを創り出して行きたいものです。

 なんて、今年も節分について書きましたが、どうも去年も同じようなことを書いています。ブログのサザエさん化が進んでいるようです。