3月27日(土)で、NHKの朝ドラ「ウェルかめ」が終わり、月曜から新しいドラマ「ゲゲゲの女房」が始まったのですが・・・・・・。
「ウェルかめ」は全編を通しての視聴率が最低だったそうで、そのことだけが話題として上っています。また「ゲゲゲの女房」の方も、これまでの初回最低視聴率の記録を持つ「どんと晴れ」の記録を塗り替えての低視聴率だったそうです。
今時の人の動向を考慮して、総合テレビでの放送を午前8時からに変更しても、それはかえって裏目だったということでしょうか?
視聴率の高低は取りざたされても、内容の良し悪しはあまり話題には上らないようで残念です。
先週で終了した「ウェルかめ」も全編通して観ましたが、悪い内容ではなかったと思います。時々作者がなにがいいたいのか、創り手の思いがぜんぜん伝わらないで、内容的にも破綻して、観られたものでないドラマも時にありますが、そういうこともなく一本筋の通った展開を観せてくれたドラマだったと思います。
今回始まった「ゲゲゲ・・・・・・」にしても、オーソドックスながらいい滑り出しなのではないかと思えますし、私たちの世代の、水木しげるマンガで育ってきた世代にとっては、時折登場する妖怪のアニメーションに、儲けたような気持ちにさせられるのですが・・・・・・。
「おしん」(バブル期前の放送でしたか?)という、朝ドラ至上最高の視聴率? を稼ぐようなお化けドラマはもう登場しないと思いますが、視聴率でどうのこうのいうのは、殊にNHKの番組ではあまり意味のないことに思えるのですが。
視聴率という物差しで何かを計るよりも、朝のあの時間にドラマを観るという習慣も余裕も薄れて、朝ドラを観て1日がスタートするようなひとつの文化が崩れかけているということの本質をどう捉えるかのほうが大事なのかなと思います。
いいもの、質の良いものを創っても、観られなければ仕方がないという意見がありますが、それならば中味がどうであれ視聴率のよいものを創ればいいというのでしょうか? ほんとうにそれでいいのでしょうか?
民放のドラマは高視聴率を上げるとその作品は映画化され、大きな商業ベースに乗っていくということが半ばパターかされつつあります。
それを悪いというつもりはありませんが、しかし、それが内容の伴った質の良い作品かといえば、必ずしもそうはいえないのが現状です。
では、いいもの質のよいものとは何かということになると思いますが、創世記にテレビに携わり、そうして映画でも演劇でもないテレビドラマというものを創り上げてきた先駆者の方々は、少なくともいいものを視聴者に提供しようと汗を流された人たちがたくさんおられたのではないでしょうか? 今現場で活躍しておられる現役の方々は、はたしてその先輩たちに胸の晴れるようなドラマを、創られているか疑問です。
もちろん、その思いを引き継いだものがまったくないわけではありません。が、残念ながら長年テレビドラマというものを観てきたいち視聴者としては、嘆息を漏らさざるを得ないのが正直なところです。
だからこそ、視聴率に左右されずに、いいものを創って世に送り出そうとされているスタッフ関係者、俳優のみなさんにはエールを送りたいのです。
テレビも文化であり、ドラマも文化なのではないですか? 当然商業ベースに乗っからなければいけないのですが、だからといって安き低くきに流れてもいいとはいえないと思えるのですが、どうでしょうか?
私はあくまでいち視聴者に過ぎませんが、40年近くテレビというものをちゃんと見てきたものだと思いますし、何よりドラマというものが好きな1人だと自負しているので、こんな記事を書いてしまったわけです。
「ウェルかめ」は全編を通しての視聴率が最低だったそうで、そのことだけが話題として上っています。また「ゲゲゲの女房」の方も、これまでの初回最低視聴率の記録を持つ「どんと晴れ」の記録を塗り替えての低視聴率だったそうです。
今時の人の動向を考慮して、総合テレビでの放送を午前8時からに変更しても、それはかえって裏目だったということでしょうか?
視聴率の高低は取りざたされても、内容の良し悪しはあまり話題には上らないようで残念です。
先週で終了した「ウェルかめ」も全編通して観ましたが、悪い内容ではなかったと思います。時々作者がなにがいいたいのか、創り手の思いがぜんぜん伝わらないで、内容的にも破綻して、観られたものでないドラマも時にありますが、そういうこともなく一本筋の通った展開を観せてくれたドラマだったと思います。
今回始まった「ゲゲゲ・・・・・・」にしても、オーソドックスながらいい滑り出しなのではないかと思えますし、私たちの世代の、水木しげるマンガで育ってきた世代にとっては、時折登場する妖怪のアニメーションに、儲けたような気持ちにさせられるのですが・・・・・・。
「おしん」(バブル期前の放送でしたか?)という、朝ドラ至上最高の視聴率? を稼ぐようなお化けドラマはもう登場しないと思いますが、視聴率でどうのこうのいうのは、殊にNHKの番組ではあまり意味のないことに思えるのですが。
視聴率という物差しで何かを計るよりも、朝のあの時間にドラマを観るという習慣も余裕も薄れて、朝ドラを観て1日がスタートするようなひとつの文化が崩れかけているということの本質をどう捉えるかのほうが大事なのかなと思います。
いいもの、質の良いものを創っても、観られなければ仕方がないという意見がありますが、それならば中味がどうであれ視聴率のよいものを創ればいいというのでしょうか? ほんとうにそれでいいのでしょうか?
民放のドラマは高視聴率を上げるとその作品は映画化され、大きな商業ベースに乗っていくということが半ばパターかされつつあります。
それを悪いというつもりはありませんが、しかし、それが内容の伴った質の良い作品かといえば、必ずしもそうはいえないのが現状です。
では、いいもの質のよいものとは何かということになると思いますが、創世記にテレビに携わり、そうして映画でも演劇でもないテレビドラマというものを創り上げてきた先駆者の方々は、少なくともいいものを視聴者に提供しようと汗を流された人たちがたくさんおられたのではないでしょうか? 今現場で活躍しておられる現役の方々は、はたしてその先輩たちに胸の晴れるようなドラマを、創られているか疑問です。
もちろん、その思いを引き継いだものがまったくないわけではありません。が、残念ながら長年テレビドラマというものを観てきたいち視聴者としては、嘆息を漏らさざるを得ないのが正直なところです。
だからこそ、視聴率に左右されずに、いいものを創って世に送り出そうとされているスタッフ関係者、俳優のみなさんにはエールを送りたいのです。
テレビも文化であり、ドラマも文化なのではないですか? 当然商業ベースに乗っからなければいけないのですが、だからといって安き低くきに流れてもいいとはいえないと思えるのですが、どうでしょうか?
私はあくまでいち視聴者に過ぎませんが、40年近くテレビというものをちゃんと見てきたものだと思いますし、何よりドラマというものが好きな1人だと自負しているので、こんな記事を書いてしまったわけです。