奈良市内 ならまちに行く用事があって、ふと思い出した。
お水取りのメインイベント会場:東大寺二月堂の前にある開山堂の椿は良弁椿、
別名のりこぼしと言われています。
前行の別火で祭壇を飾る造花の椿を作りますが、これは二月堂下の開山堂の下に咲く奈良
三銘椿の一つ「糊零し(のりこぼし)」を型どった物で2月23日の「花ごしらえ」で連行衆によっ
て作られます。
奈良市内にある老舗の和菓子屋さんは挙ってこの時期、この椿に因んだ菓子を作ります。
ならまちに行ったついでにその椿を手に入れようと少し歩いてみました。
まず最初に脇戸町にある中西与三郎さんを訪れました。
<誰となく独白南無観世音 折から名残り雪>
誰もつぶやいてなかったけど・・・南無観世音。
一個380円
こちらの椿は南無観椿と言いかなり有名だったのですが
残念ながら臨時休業でした。 (どうも御不孝があったような感じでした。)
そこで餅井殿商店街の方へ向かって下御門(しもみかど)町のアーケードに入りました。
こちらも有名な老舗:鶴屋徳満さん
こちらでは「春告げるお水取り、二月堂の椿樹は御行を清楚な佇まいで見守ります。この名
椿にちなんで生まれました。」 と 開山 良弁椿(ろうべんつばき)
三個入り1,470円
3月12日の深夜、二月堂の本尊に供える閼伽(仏様に供える香水)を二月堂下に建っている
「閼伽井屋(あかいや)」の若狭井(わかさい)から汲み取る行事でこれを修二会全体を現す
「お水取り」になっています。
お水取の行は若狭井(閼伽水)から汲みあげた聖水を御仏にささげます。
「この清らかさをお菓子にイメージしてみました。」と言うことで 閼伽の水(あかのみず)
というのも期間限定(~3月末)で販売されていました。
最初の修二会で、毎夜の神名帳の奉読に応じ全国津々浦々の八百万ノ神が競って二月堂へ
来堂し、行法を祝福しましたが、若狭ノ国(福井県小浜市)の遠敷明神(おにゅうみょうじん)
だけが日本海の沖で魚釣りをしていて、3月1日東大寺に来られず、修二会も後2日で終わろ
うかとする12日になってから、やっと来ましたが、うっかりサボった罰として、詫びのしるしに
若狭の水を献上する事になり、二月堂下の大岩の前で一心不乱に祈って折ると、岩がパックリ
と割れて、割れ目から白と黒の二羽の鵜が飛び立ち、甘泉がこんこんと沸き出しました。
現在そこに閼伽井が掘られ、その閼伽井を若狭井と名付ました。
3月12日、13日、14日の「後夜」の終わりにある「達陀」と呼ばれる火の行法で、練行衆が
「火天役」と「水天役」の1対になり、鈴、錫杖(しゃくじょう)、法螺貝の音に合わせ、踊る様に
して勤めますが、とりわけ「火天役」は堂内で大松明を振り回し、それこそ人々の煩悩を焼き
尽くさんばかり、相対する「水天役」は水を撒き、それは実に華麗(かれい)かつ幻想的な
行事で、最後に「火天役」の持つ大きな松明が礼堂に引き出されて、三度上下した後、ドンと
ばかりに床板に打ち据えられると、人々は、凄まじく飛び散る火の粉に一瞬息を呑みます。
もうお水取り・・・春はそこまでというところですね。
今日もまだ寒いとのうわさですが!
今朝も冷えましたね。
お天気はいいので陽射しに期待したいです。
「和食」が世界文化遺産に登録されましたが、「和菓子」の美や技も含めて欲しいです。
でも、私が知っているのは良弁杉。
おどろおどろしい絵を書く、江戸から明治にかけての絵金の屏風絵。
翼を広げて飛び立つ鷲を必死で追いかける夫婦の手がとても印象的です。
本物の屏風絵は、鷲が飛び出しそうで
夫婦の叫び声が聞こえて来そうで、
数ある屏風絵の中でも最高の傑作だと思います。
お借りした絵です。
http://www.muian.com/muian04/Ekin007.jpg
良弁は、奈良時代の華厳宗の僧侶で東大寺を開山された方。(通称;金鐘行者)
東大寺二月堂の西,四月堂の北並びにある開山堂の内陣に国宝良弁僧正座像が安置されており、その前にあるので良弁椿。
丹沢大山国定公園内に在り755年の大山寺開山に良辯僧正が入山、最初に水行をおこなったことから良辯滝。
近江の国の子供に恵まれない夫婦が一心に観音様に願って出来た赤子が鷲にさらわれ二月堂の杉の木へ、鷲が食べようとすると後光が射して諦めたのを見ていた僧侶がぶら下がっていた赤子を助けて育ったのが良弁。
三〇年後に赤子を探していた母親と再会したのもその杉の下で名づけられたのが良弁杉。
想像の世界で描かれた絵でも、まるで今見て来たような迫力と色使いですね。
僕も凄まじいと思いました。