2014年の春闘から政府が産業界に対し賃上げを求める ”官製春闘”が始まった。春闘は元々労働組合が集団で経営者側に賃上げを要求する戦いであったが、2008年のリーマンショック以来労働組合の弱体化が進み、春闘の盛り上がりは無くなってしまった。
2012年発足した安倍政権は異次元金融緩和を行い市中にお金を流布させ景気浮上を狙ったが、企業はその金を投資に回すことなく、また従業員に還元することなく、内部留保として蓄えただけであった。
さて今年消費者物価の前年比上昇率が41年ぶりに4%台に達する中、実質賃金の前年比減少が続いている。春闘に向けて連合は5%程度の賃上げを求める方針を決定し、岸田文雄首相はインフレ率を上回るよう企業に要請した。政府主導の官製春闘そのものだ。
それが功を奏したのか、春闘の集中回答日の3月15日、大手企業では満額を含む近年にない高い水準の回答が相次いた。例えば自動車総連に加盟する主要12社、電機連合加盟の大手電機12社はそろって労組側の要求通り満額回答を出した。
国際教養大学の山内客員教授は、日本には同調圧力があると指摘し、賃金を上げるべきという発想が政府中心に企業の利害関係者間で共有され、プレッシャーとなって機能し、経営者も賃上げ方向に動かざるを得なかったと分析するが、正にその通りであろう。
しかし、この勢いが中小企業や非正規雇用で働く人にまで波及するのか、そして、長年の賃金の停滞から脱却し、持続的な賃上げとなるのか、物価上昇と賃金上昇の好循環が実現されるのか、今後の動きが注目される。今年4月初めに退任する黒田日銀総裁も常々言っていたが、2%物価上昇の定着には持続的な高い賃上げの実現が必要だが、異次元金融緩和の手段をもってしても実現できなかった。
黒田総裁の狙いは、市中にお金を流布して投資を促進し、好景気を呼び寄せることであった。そこでの好景気は、企業が儲かり賃金上昇があがり消費が盛んになりそして物価上昇がある状況を作り出そうとするものであろうが、現在の状況は景気以前に物価上昇があっての政府主導の賃金上昇だ。
持続可能な賃上げはまず好景気が無くては望めない。好景気の実現は投資資金のある無しには関係ない。これは異次元金融緩和の失敗が証明している。日本のGDPは世界で第3位と言いながら、その成長率は世界の主要国が伸びているのに対し2000年以降低迷している。その原因は賃金の伸びが無いからだとの解説もあるが、その背景には日本の技術レベルの低下もあるだろう。
科学技術指標2022によれば日本の世界における科学技術レベルは相対的に低下しつつある。貿易で稼いできたイメージが強い日本だが、近年では、投資収益や配当、利息で得られる金融収支の方が貿易収支よりも多くなっているのが昨今の日本の特徴となっているようだ。技術による貿易立国から金融立国へといつの間にか変化しているのだ。この状態では技術立国を標榜する日本に好景気はやってこない。2023.03.29(犬賀 大好ー901)