2011年の東京電力福島第1原子力発電所事故から早くも8年半以上経ち、未だに多くの被災者が苦しんでいる一方、多くの国民から忘れ去ろうとしている。
来年2020年には東京五輪が開催され、人々の頭から一層遠のくことであろう。しかし、原子力規制委員会は今年9月の定例会合で、東電福島第1原発事故の原因調査を再開する方針を正式決定した。今更何をしようとしているのかと思ったが、ようやく現場の放射線量が低下したことや廃炉作業が進み瓦礫が除去され、再調査が可能となったからだそうだ。
2013~2014年の当初の調査では高線量で立ち入れない建物もあり、原子炉格納容器から放射性物質が漏れた経路や原子炉を冷やす機器の動作状況態などは未解明だったようであり、これから詳細な調査が行われるのだろう。また、事故前に東電が取り組んできた事故対策が、本当に真摯に実施されていたかについても踏み込むようだ。
失敗学を提唱し、先の事故調査委員長をと務めた畑村氏は、特に非常用復水器の動作状態を指摘している。非常用復水器とは、異常な事象が発生して通常の系統による原子炉の冷却が出来なくなった時、原子炉圧力の異常な状態を元に戻す働きをする重要な設備とのことだ。
1号機では、津波に襲われた2011年11日午後3時半ごろから交流、直流とも電源が失われた。しかし、事故処理にあたる東電本社や福島第一原発の幹部らは、電源を失った後非常用復水器が作動していないにも拘わらず、作動しているものと考えていたという。
この認識不足により、冷却機能を失ったことへの対処が遅れ、炉心溶融を早めた可能性があるとして調べるようだが、再調査でこの事実が判明したところで、新たな訴訟問題は発生しないだろう。
東京地方裁判所は9月19日、福島第一原子力発電所の事故をめぐり、業務上過失致死傷罪で起訴されていた東京電力の旧経営陣3人に無罪判決を言い渡した。判決理由は、旧経営陣3人が巨大な津波の発生を予測できる可能性があったとは認められない、と難解な日本語で表現をしているが要は想定外の事故であったとの判断だ。
当時は旧経営陣も安全神話にどっぷり浸かり、原子力発電所の仕組み等説明されても頭に残っていなかったに違いない。増して非常用復水器など頭の片隅にも無かったであろう。このような平和ボケ状況では、ちょっとした非日常的な事件でも想定外の出来事と片づけられてしまい、先の判決も当然の帰結かも知れない。
さて、この再調査で明らかにされるべき点は、炉心融解に至る技術的な問題の解明は当然として、慣れから来る平和ボケへの防止策だ。
人間は危険な状態にあっても、日々平穏に過ごせるとそれが当然と思い、危険な状態を忘れる。”天災は忘れたことにやって来る”、は、人間の本質をついている名言だ。人間は誰でも緊張を持続することは困難であり、平穏な現状が続くとすぐに慣れ、緊張感の無い怠惰な生活、すなわち平和ボケ状態に陥る。
このような平和ボケ状態に陥らないようにするためにはどうすべきか、事故前の東電の取り組姿勢を明らかにすることにより、将来への事故対策のヒントが得られるであろうか。2019.11.09(犬賀 大好-547)